歓楽
2年前の201X年12月24日午後17時30分
ここは鐘木市。この町は古来より小さな鐘を木々に吊るすことによって魔よけの効果があるとして、現在でも小さな鐘を木々に吊るしているところが多くみられる。風の煽りによって鐘が小さくかわいらしい音を鳴らすため、小さな観光の地として有名であった。ここでは木吊鐘が観光の土産物としても有名になっていた。
そんなこの街ではクリスマスで賑わっていた。木々に吊るされた鐘がクリスマスの風景として引き立って、クリスマスに相応しくなっていた。
そんなクリスマスで賑やかになっていくそんな街中に、1人の少女が多くの人が歩く歩道を歩いていた。
彼女の名は“氷上 夢楽”。この物語の主人公の一人である。髪は肩甲骨まで長い栗毛と若葉色の瞳をした。可愛らしい童顔をしていた。彼女は来年で中学2年生になろうとしていた。
「早くケーキ屋さんに行ってケーキを受け取らなくちゃ。ああ、ケーキが楽しみだなぁ」
どうやら彼女は家族から、頼まれたケーキを取りに行ってたようだ。
彼女の家でもクリスマスの準備を行っていた。豪華なごちそう、心楽しむ遊戯や踊り、期待に胸ふくらますプレゼント。彼女にとってクリスマスは楽易と至福の時であるのだ。それらを思い浮かべていると待ち切れなかったのか。立ち止まって、妄想を浮かべはじめたのだ。
「……あっ、いけない。早くケーキを取りに行かなくちゃ」
妄想を打ち切り、少し小走りになって移動し始めた。
今日この時、楽しみに待ったクリスマスが彼女の幸福の日から悲哀の日になるとは、彼女はしらなかった。
そして、大切な人との運命的な出会いと別れもこの日であることもまだ知らなかった。
夢楽がクリスマスケーキに期待を胸一杯に膨らませながら移動している一方で、どこかの建物の内部で男が何やら怪しい行動を取っていた。
「フー、フー、も、もうすぐだ。あと少しで、もう少しで始まる」
何やら興奮しているようだ。息が荒く、無精髭を伸ばしたままで目は血走っていた。
まるで薬物中毒者のような危険な状態であった。
「これが始まれば、俺はこの、この、この世界の支配者になれる。イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ。ヒャーハハハハハハハハハハ!!!!! 」
男は狂気の笑いと共に両腕を上げた。手には王冠らしきものを持って。
一方の夢楽は未だにケーキ屋さんについていなかった。
「ううー、このままじゃあ時間がかかっちゃうよ。」
流石に遠かったのか早くケーキを貰って家に帰りたくなってきた。どうしようと考えていた時だった。
「……あっ」
途中のわき道をみて気が付いた。
「そうだ、確かここを通れば近道だったはず……でも」
近道しようとしたが何やら戸惑っているようだ。
「この脇道の左の建物って、確かあれだったよねぇ」
どうやら夢楽が戸惑っていた理由は、わき道にある左の建物が問題らしい。
実はここにあやしげな男性老人が住んでいたのだ。おかしげな行動に理解不能な言語、あまつさえ世界が滅ぼされる預言すらも言い出したのだ。そのため周囲の住民は不気味が悪がられていた。それに加え昼夜問わず、大きな音と声が響いていたため、近所迷惑が絶えなかった。この周辺では迷惑で怖い人としてよく聞かれていた。しかし1カ月前に道端で倒れたところを発見したが、もうこの世からなくなってしまった。
それからこの建物から不気味な音が聞こえることと、彼の霊が彷徨っているとうわさが流れていた。
(ううぅ~、怖いな。ここを通るのも)
さらに夜であるため、さらに恐怖心が洪水のように溢れてきたのだ。
(う~、ええい! ここはガンバだ! 夢楽。ファイト!! )
ケーキの欲求が勝り、今まで怖がっていた道を怯えながらも走って通り過ぎて行った。
しばらくして、夢楽はやっとのことでケーキを購入することができた。
後は帰って楽しいクリスマスを送るだけだった。夢楽は早く帰りたくて仕方がなかった。早く帰ってケーキやチキン、いろんな料理が食べたかった。
そんな時、夢楽はまたあの恐怖の近道ルートに目を配ってしまった。ここをまた通れば時間は短縮できる。でも怖い。どうするか考えた結果。
「…ええい! 背に腹は代えられない!! 」
食欲のほうが勝った。今はなんとしてもクリスマスを楽しんで料理を食べることだけだった。そのためなら夢楽は度胸を張って、前進した。
「怖くない怖くない、全然怖くなーい」
やっぱり怖いものは怖い。それが人の普通の心理である。また建物の横をすぎようとした時だった。
……て……
「ひっ!!!!! 」
今何かが聞こえた気がする。夢楽は周りを見たが誰もいない。
もしや幽霊? 冬真っ盛りの低気温のはずなのに汗が流れてきた。
いや、気のせいだ。今時幽霊なんていないはずだ。ここをさっさと通り過ぎようとした時だった。
…は……て……
「いひゃあああああああああああああああああああああ!!!!! 」
やっぱり、やっぱり何かいる。あまりの恐さに我慢が出来ずに叫んで逃走してしまった。
逃走してからしばらくして、家の付近まで走った。
「はー、はー、こ、怖しんどいわぁ」
安全圏までついて疲れたので息を整えていた。
その後、夢楽は何事もなくケーキを無事に家まで届け帰った。今日の夕食を家族みんなで、クリスマス楽しんだ。
夢楽の家族は父と母、3歳年上の兄と祖父の5人家族である。
家族と一緒にケーキを食べて、ゲームやダンス、いろんなことを楽しんで、今日のクリスマスと氷上家の1日は終わった。
・・・・・・・・・一人だけ覗いては。
201X年12月24日午後23時15分。
氷上家の家は全ての電灯が消え、真っ暗な静寂に染まっていた。皆が深い眠りに入っている。……はずだった。
ある部屋の布団がもぞもぞと動いていた。布団から顔が出てきた。……夢楽だ。夢楽がまだ寝ずに起きていた。
「……もうみんな寝ちゃったかな? 」
夢楽は家族が寝ていることを確認すると、素早く、静かにパジャマから私服へと着替えた。
「誰も起きてませんよねぇ? 」
抜き足差し足、そろりそろりと慎重に廊下を渡り、玄関までたどり着く。玄関の戸の鍵をゆっくりと開けて、戸を滑らすかの如く、音を立てずに外へと出た。後は外から鍵を閉めれば一先ず安心だ。
(……よし! 脱出成功!! このまま広場までレッツゴー!!! )
と心の中で成功を歓喜しながら町の広場まで、はしゃぐ思いをこらえながら走っていった。
運命の時までもう迫ってきている。
「も、も、ももも、もうじ、時期だ。もう時期でこの世界は……こここここここここのおれれれれれれれれれのもももも者ののののののののになれるるるるるるるる」
こじんまりとした部屋でただ一人、あの男がさらに口から泡を吹き、壊れたラジオのようなしゃべりかたで、床に這いつくばんで暴れた。
「ブリリリリリリリリリリリリ!! ウェーヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェ! アブュルフベベベベベベベベベベベベベ!!! 」
もはや狂気の塊だ。男は狂気に歓喜するかのごとくに笑った。消えていたはずの電気ランプが、押してもいないのに勝手に点滅し始めた。その光に男の影は人の形ではなく巨大な鼠の影が映っていた。
201X年12月24日午後23時50分。
鐘木町の広場は人混みができていた。人々は何かのイベントを見にやってきたのだろう。子連れの家族がいればカップルも集まっていた。
実は今日この場所でクリスマスパレードを行われようとしていた。このイベントは25日の午前0時になるとサンタの人形や仮装した妖精たちが、大きな1本道を行進するパレードがひらかれ、御祭のようになるのだ。
夢楽は今日のパレードが楽しみで、家族に行きたいと聞いてみたら、夜中だし行くのも面倒だ。といって家族全員に断られてしまった。だから1人で誰にも気づかれずに内緒でやってきたのだ。
町の広場に着いた夢楽は、人ごみの中を無理やりにでも入り、先頭に立とうと考えていた。ぎゅうぎゅうに押しつぶされながらでも、楽しみにしていたクリスマスパレードを、どうしても楽しみたかった。親の寝ている隙に家を出るのにどれだけ苦労したか。ここで引き返すわけにはいかなかった。
今夜は楽しいクリスマス。自分だけでも盛り上がろうとしていた。
201X年12月24日午後23時57分
「ウリュブアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!! ついにににににこのときぐわあクゥウィトィアアアアアアア!!!!! 」
狂気と化した男が血走った眼でもはや何を言っているのか、理解できないくらいの歓喜と狂気に王冠を手にとって吼えた。
201X年12月24日午後23時59分
いよいよこの時がきた。夢楽が楽しみにしていたパレードが開始されるのに待ち切れなかった。
そして、カウントダウンが始まった。
201X年12月25日午前00時00分
「キタアアアアアアアアアア!!!!! 」
午前00時になると同時に男は、王冠を頭の上に乗せた。
………
……
…
何も起きない。もしかしたら今までのは戯言ではなかったのか。確かに狂気の落ちてしまった。この男に正常な判断はできないだろう。
………その時だった。
男の体は次第に背中が風船のように盛り上がり、服を破り、両腕は筋肉が膨らみ、指先は前述には似つかない細く鋭く、器用に動かした。頭部は人の形から獣の様な形へと変貌した。前歯が生え、小さな耳に真っ赤な両目。灰色がかった白い毛が体中に生えてきた。
そこには男の姿がなかった。そこにいたのは巨大な鼠一匹だった。
それと同時に眩い光が部屋全体を覆い尽くし、外までにも漏れ始めた。
201X年12月25日午前00時02分
パレードが始まって、夢楽は楽しんでいた。巨大なバルーン人形が行進し、サンタや妖精に仮装した人たちが踊り、会場の人々は大いに盛り上がった。それにつられるかのように、木に吊るされた鐘も楽しむかのように音を鳴らした。
パレードが盛り上がっている時だった。遠いところから眩い光が街全体を覆い尽くした。ビルや街灯の明かりの数だけでも周囲は明るいのに、その時の光は世界を白く変えるようだった。
この光が“氷上 夢楽”の運命を狂わす合図であることに気付かなかった。