14 召喚獣と召喚物
ぼちぼち砂煙が晴れてきた。
しかし、槍の投擲……魔力で操作しているから発射だな。思ったよりも勢いよく飛んでいったなぁ。自分でも驚いている。
「さて……。じゃあロベルタさん、封印を……」
皆は驚いたような顔をしている。
目の前に、いきなり大きな槍が出てきたんだ。当然だろう。盾に槍……。召喚獣ってなんだろうね……。
いや……。なんか様子がおかしいな。俺の槍に驚いた訳じゃない? 龍を倒した事に驚いている訳でもない?
「アキ! 危ない!」
自分の力に自惚れていなかったと言えば嘘になる。
誰よりも大きな魔力に、成しえるのが困難な創造の召喚。これらを駆使して活躍していた俺は、やはり自惚れていたんだろう。
それが、見たこともない強大な存在である龍を前にしても。
油断だ。
生死を確認する事は出来なくとも、その魔力の有無は感じ取れていたはずだ。それを創造した槍の性能に任せ、怠った。
マリアの声を共に、大きな音と魔力が近くで爆発しているのを感じ取れた。
これまでなんど見てきて、そして防いできた龍の動作――ブレスだ。
「しまっ……!」
気づいた時には遅かった。盾は出したままだ。だけどもう正面に構えている余裕はない。
……終わりなのか。
ブレスならば、苦しむ事もなく死ねるだろう。それが唯一の救いだろうか。
そんな俺の前に、諦めてしまった俺を守るかのように、マリアが現れたのだ。
「アキは……ワタシが守る」
「よせ、マリア!」
イージスの盾でやっと防げるブレスだ。いかにマリアが召喚獣といえど、生身で受けては……。
「マリアお姉様?! 氷よ、お願い!」
俺の前に立ったマリアの前に、カタリーナが氷の壁を出現させた。龍のブレスは炎だ。氷ならば相性はいいはず。
だが、それは力量が似たレベルの場合だ。
龍の炎のブレスの前では、常人の氷の魔法では、文字通りに焼石に水だろう。
一瞬だった。氷の壁が持ちこたえたのは、ほんの一瞬だった。
だが、その一瞬の間に、女神が降臨した。
大きな槍が現れた。
それを出したのは、ワタシの主だ。
これまで見たこともないほどの大きな槍。あの盾と対になるくらいの、あの龍にさえ届きそうな槍。
アキはその大きな槍を、龍目掛けて飛ばした。
あまりの速さに、ワタシですら最後まで追いかけられなかったけれど、龍に当たった事は分かった。
そして龍の気配が小さくなっていくのも感じた。
倒した……のよね?
それでも信じられないというのが本音だった。
龍と言えば、最強最悪の存在。いかにアキが優れた召喚士であろうと、まだ倒せるとは思っていなかった。
隙をついて、放り投げてでもアキだけでもここから逃がそうと思っていたくらい。
それなのに……。でも何か嫌な予感がする……。確かに、槍は龍に刺さった、はずよね。それでもこの不安は何?
勘。確証は無かった。それでもワタシは分かった。
龍はまだ生きている……!
「アキ! 危ない!」
勘が確証に変わった瞬間。龍の魔力とうめき声が大きくなってきた瞬間。
守るべき人のため、その身を盾とすべくアキの前へと。
あのブレスの威力を見れば、それは無謀な事。
召喚獣は、主のために戦う。その身を盾にしてでも主を守る。……たとえ、それでその身が滅びようとも。
その身の前に、氷の壁が出来る。カタリーナ……。こんなワタシを慕ってくれて、ここまで着いてきてくれた。それだけで嬉しい。
ワタシを慕ってくれる人がいる。
ワタシを守ってくれる主がいる。
……ワタシが守るべき主がいる。
――ワタシは消える訳にはいかない。
アキのあの盾はまだ生きている……。
カタリーナが作ってくれた氷の壁は一瞬で消え去って、ブレスがこちらに向かってくる。
そう、一瞬。
一瞬の時間さえあれば、十分だった。
ワタシも盾も、アキの魔力で召喚されたもの。姉妹ともいえるし、同一とも言える。あの盾だって、主を守りたいはず。
「盾よ! ワタシとアナタの主を守るために、力を貸して!」
想いは通じる。盾がワタシに力を貸してくれる。
「守護聖母マリア、ただいま推参!!」
全身に煌びやかで立派な武具を身に着けた女神。
それは俺が良くしる人物であり、そして理解出来ない現象だった。
「な……んで。俺はマリアに盾を装着させてない。なんで勝手に……」
召喚獣ならば意思を持ち、主の命令の範囲で自由に行動をすることは可能だろう。
しかし、単なるモノとして召喚されたイージスの盾には意思はなく、単なるモノでしかないはずだった。
そのはずのモノが、マリアの呼びかけに応じてマリアを変身させた。
「いや、それよりも……。その姿だと 耐えられない。逃げるんだ!」
盾そのものだった時よりも、武具の状態では数段は劣るであろう盾。ブレスを受けては、その武具も装着者も無事では済まないだろう。
しかし、時は既に遅し。
ブレスが俺の前に立つマリアに直撃したのだ。つまり、それは死の直前。
そのはずだった。
「くっ……。やっぱりきついわね……。でも……この盾とワタシなら……」
武具となっているイージスの盾は、武器の片手剣や全体への防具のために、その防御力は落ちている。
しかしそれは、武具のみの性能で比較をした場合の話だった。
確かに性能は落ちるが、それは使い手でフォローも出来るし、使い方によっては壁のようだった盾の時よりもより強固な盾にもなる。
「長いわね……。いつまで続くのよ、これ……」
まるで最初から一人の召喚獣だったかのような、召喚獣同士による相乗効果。
「もう少し……。……これで!」
目の前にある光景は、昌人にとっては信じがたいものだった。
防ぎきれるとは思っていなかった。己も、大切な人の死も覚悟した。
「ふぅ……。まだいける。まだ大丈夫よね」
それでも、マリアはブレスを防ぎ切ったのだ。
「アキ、大丈夫?」
「あ、あぁ……。マリアこそ、平気なのか? それよりも、どうやったんだ?」
「……アキを守りたいって思ったら、この盾が応えてくれたのよ。さすがはアキの召喚ね」
……良く分からない説明だ。俺がした同じ召喚なら、ありうるのか?
「お二人とも。よく分かりませんが、まだ戦いは終わっていません」
隣にいたロベルタさんも無事のようだ。
それよりも、そうだ。まだ龍は生きているんだ。あの槍でも駄目だったのか?
大きな槍が現れました。
それを出したのは、多分アルルのご主人様のアキヒト様。
その槍は、龍目掛けて飛んで行きました。
速い……!
獣族のアルルでさえ、目を凝らしてやっと見える速さです。龍目がけて飛んで行った槍は……龍に当たりました。
ううん。正確には、直前で尻尾で逸らされて、尻尾に刺さっただけ。
それでも龍はともて痛そうだった。これまでのどのダメージよりも大きなダメージ。
それでも、龍はまだ倒れてはいません。
お返しとばかりにブレスを吐く龍。
それらの光景を、少し離れたところからアルルは見ています。
「アキヒト様……!」
龍のブレスでさえ、アキヒト様は防いでしまいます。
マリア様は、強い武具を有しています。
カタリーナちゃんは弓と魔法で遠くから攻撃出来ます。
アルルは……殴るだけ。殴る事しかできません。その攻撃も、龍には全然通じません。
アルルは何も出来ない……。アルルは力がない……。
奴隷であるアルルに優しいアキヒト様。ちょっと怖い時もあるけど、いつも綺麗なマリア様。奴隷なアルルとお喋りしてくれるカタリーナちゃん。
みんなのために、アルルも何かがしたい。役に立ちたいとずっと思ってきました。
……あの槍。これまで、どんな攻撃も通じなかったのに、あの槍は刺さりました。
あの槍が使えれば……。アルルもアキヒト様の力になれます!
そうとなれば、あの槍を引き抜かなくちゃ……。
龍の動きは早くはないけれど、それでも近づくのは難しいです。
あのブレス攻撃はもちろん、爪での攻撃に尻尾の攻撃、それに普通に大きいから体当たりでも痛いではすまないでしょう。
幸い、アルルにはあまり注意をしていないみたいです。アキヒト様とマリア様の方に注意が向いています。
……なんとか尻尾まで辿り着きました。大きい尻尾なので、アルルが掴まっていても十分な大きさです。
槍を引き抜かないと……。
「……すごく、硬い」
すぐに引き抜けると思っていましたが、ものすごく硬いです。
足を思いっきり踏ん張って、思いっきり力を入れて引っ張っても抜けません。
「早く…早くしないと」
近くにいればいるほど危険度は増します。早く引き抜いて、体勢を立て直したいのに……。
槍をぐりぐりしますが、抜けません。龍の皮膚が硬いのもありますが、抜けないように引き締めているみたいな感触です。
何回もチャレンジをしていると、地面――尻尾が揺れ始めました。
「だめ……!」
アルルを振り払おうと、龍が尻尾を振り回しています。槍をぐりぐりされるのは痛かったのでしょうか。
槍に掴まり、振り落とされないようにします。それでも槍は無事です。
そうこうしているうちに、揺れが治まりました。……諦めたのでしょうか?
……違いました。龍は諦めていません。もっと確実で、もっと簡単な方法を思いついたようです。
龍の顔がこちらに向き、腕を……爪を振り上げています。
「やだ……。槍を……。お願い、アルルもアキヒト様のお役に立ちたいの!」
槍を離して逃げればよかったのでしょう。
でも、ここで逃げたら、自分から逃げてしまう気がして逃げる事が出来ませんでした。
「アキヒト様を守る、力が欲しいの!」
龍の腕が、振り下ろされました。
ご意見ご感想があれば嬉しいです。
が、豆腐メンタルなのでお手柔らかに……




