08 思惑と復活
「ここ、ですか?」
打ち合わせの後、隊長と虹隊の隊長、長老のハハリさんとカティさんと共に、ハハリさんの案内で龍が封じられている場所まで来たのですが、書物で読んだものよりも広い印象を受けました。
龍が封印されている所は、エルフの里からそう遠くない位置です。
封印から、エルフの里では龍の状態を監視するため、かつ安全のために近すぎず遠すぎずの位置に里を開き直したらしいのですが、これほどの痕跡を残す龍相手に、近い遠いが関係あるでしょうか?
龍は抉れた地面―― まるで何かが勢いよく落ちたかのようにクレーター状になっている穴の中央にいるようです。
この穴は、かつての封印の際に龍が暴れて出来たとされています。
龍がこの穴を作ったとするならば……考えたくはないですが、封印出来ていなかったら、今の私達はおろか世界すらも無くなっていたでしょう。
穴の中央へは階段が続いています。管理監督のため、エルフの皆さんが作ったようです。
確かに、階段が無ければ降りるにしても登るにしても、そのままでは難しいくらいの勾配です。
階段を降りていくと、段々と龍が見えてきました。
何か祠のような物がある訳でもなく、そのまま晒されています。
封印された龍と知っていなければ、龍を象った大きな石像に見えますが、実際は封印され石化状態にある龍です。
雨風で劣化し、ボロボロにでもなりそうですが、長い年月に経た今でさえ、何の綻びもないそうです。
「これが……本当に封印されているんですよね?」
近づくにつれ、威圧感が増してきます。
「はい。ですが色も魔力も段々と濃くなってますじゃ」
封印が弱まっているかどうかは一目瞭然らしいです。
まず表面の色が石の色から龍本来の色へと戻ってくるそうです。石の色はまだ分かりませんが、毎日見てると分からない変化にも思えます。
分かりやすいのは魔力です。ただの石だったはずの龍に、大きな魔力が集まってくるそうです。
これだけの魔力。普通の魔物クラスでは無いのはすぐに分かります。
封印状態でこれほどとは……。早く封印しないとですね。
「隊長、お願いします」
私の役目はバックアップです。
四神隊の隊長は、召喚士としては一流です。
ただ、こういった外部との連携などの、召喚以外の事に関しては不得手というか、関心が無いようです。
召喚士としての実力は本物ですが、私は苦手です。隊長は、召喚獣をまるで道具や兵器のように扱うからです。
確かに、召喚獣は強力で怪我も治りますし、死がありません。それでも、召喚獣は生きていますし、感情だってあります。
それを道具のように使うのは、私には理解出来ません。
隊長が連れてきたメンバーは、みな十分な実力を持ち、隊長と同じ思想を持つ召喚士のようです。
今回の封印の儀式を経て、召喚獣の力をさらに誇示したいのでしょう。
常日頃から、召喚士が最強で虹隊なんか不要!と言っている方々ですから……。
さて、それでは後は隊長に任せて、私はバックアップに徹しましょう。
目の前にそびえる龍の石像。なるほど。確かに大きく強い魔力を有しているようだ。
歴代の召喚士が、苦労をして封印してきたのが手に取るように分かる。
ここには封印の儀式のために来た。普段ならば、こんな面倒な事は避けてきたが、龍が相手となれば話は別だ。
これは私にしか出来ない事だ。
「それでは始めるとしよう」
そう、始めるのだ。
封印の儀式? 手温い事だ。
何故歴代の隊長は封印を行ってきたのだろうか。
何故封印以外の選択肢に気づかなかったのか。
私はこれまでの召喚士とは違う。
そう、始まるのだ。
召喚士の時代。かつてトーダ様が行った改革のように。召喚士の革命を。召喚士の世界を。
そのために、この龍には踏み台になって貰おう。倒してしまえば、封印などという使えない召喚獣など不要になる。
私が選抜した召喚士達ならば、龍などそこらの獣同然だろう。
さぁ、カーニバルの始まりだ。
ここでの俺達虹隊の役目は雑用みたいなものだ。
エルフの皆が来ないように見張り、長老と四神隊の護衛、何かあった場合のフォローだ。
見張りと言っても、そもそもエルフはこんな所にまで来ない。階段を見張っていてもいいが、上にも誰もいないし実質これは何もしない任務だ。
四神隊の護衛も大丈夫だろう。召喚士達は自分達――召喚獣で身を守る。召喚士自体は普通の人間程度の強さだが、召喚獣の強さは本物だ。
何かあった場合のフォローも、必要ないだろう。何かあったという記録は無いし、何百年に一度の行事みたいなものだ。
精々、エルフの長老方の護衛くらいなものだ。
そうは言ってもぼーっと立っている訳にはいかない。これも訓練なのだ。
「隊長。配置完了しました」
「おう。あちらさんも始まるようだ。何もないとはいえ、これも任務だからな。しっかり頼む」
「はっ」
おっと。召喚獣を出してきたな。相変わらずでかくてごついのが多い。
今の四神隊の隊長は、攻撃的な召喚獣が好きなようだし、その部下たちも似たような者ばかりみたいだ。
それにしても……あっちの隊長の召喚獣は強そうだな。というか実際に強いんだがな。
あれとやりあえと言われたら、死を覚悟しないといけないだろう。一個人としては戦いたくはないな。
しかし……。封印の召喚獣など見たことはないが、確か隊長と副隊長が使えるんだったな。隊長が出しているのは、いつもの攻撃用のだし、封印は副隊長がするのか?
予定では副隊長は完全なバックアップで、隊長が封印する手はずになっていたが……。全く、あっちの隊長は実力はあるが社交性や協調性の欠片がない。作戦を変えたなら、こっちにも一言くらい言って欲しいものだが。
……いや待て。隊長ならいざ知らず。副隊長なら報告してくれてもいいはずだ。何故それが無い?
「た、隊長! これは一体どういうことですか!」
自分がバックアップな事も忘れ、私は隊長に詰め寄りました。
「なんだね、ロベルタ君。これからあの龍を倒すのだ。邪魔をしないで貰おうか」
「た、倒すですって? あの龍は強敵です。倒すなんて事、無理です。早くその召喚獣を仕舞って、封印の召喚獣を出してください!」
何を馬鹿な事を。召喚が得意で、自信家だとは思っていましたが、まさか龍を倒そうなどとは……。
いけません。あの龍は、伝説によれば、倒すなんて事が夢物語である存在です。ですから、封印という手法を取ってきたのです。
「行け、私の召喚獣よ。あのでかい蛇を粉々に砕いてしまえ!!」
隊長が指示をすると、隊長の部下達も一斉に召喚獣で龍の石像に攻撃を仕掛けました。
……確かにすごい攻撃です。並大抵の魔物ならば、これだけで跡形も残らないでしょう。
私も一瞬期待はしました。確かに、倒せるのならば、倒した方が安全です。未来永劫、ずっと封印し続ける事が可能かどうかも分かりませんし。
そんな私の期待は、すぐに消えました。
龍の石像は、完璧な姿で――いえ。龍の石像は跡形も残っていませんでした。
「ほぉ。石のまま破壊出来るかと思ったが、さすがに頑丈だな」
先ほどまで石だった龍に、鮮やかな色が戻り、まるで生きているかのように、すぐにでも動きだしそうな……。
「な、なんという事を、なんという事をしてくれたんじゃ! トーダは我らエルフを滅ぼすおつもりか!」
「なぁに、ご老人。我らが召喚士が、あのでかい蛇を倒すのを見ていればよい。さぁ、召喚獣よ。どんどん行くのだ!」
さらなる攻撃を仕掛けますが……。龍は健在でした。
「い、いかん! 完全に目覚める前に、少しでも避難を!」
ハハリさんが避難を促しますが、すでに遅かったようです。
「グギャーーォ!!」
「目覚めてしまったか。石のまま砕かれれば苦しまずに済んだものを……」
一瞬、何が起こったのか分かりませんでした。
大きな音がしたと思ったら、先ほどまで動いていなった龍が、動き始めていたのです。
「まさか……封印が完全に……」
表面は澄んだ綺麗な赤色。まるで大きな建物かのような身体。
そんな龍が、目の前で咆哮をしていたのです。
「……はっ! ハハリさんとカティさんの護衛を。それから誰か、冒険者の方に連絡を。エルフの皆さんを避難させ、本国への連絡を!」
「お、おう。そうだな。……よし、お前とお前の二人で上は任せる。残りはここで護衛だ。いいな!」
少し呆けてしまいました。
まず私達がやらないといけないことは、皆さんの安全を守る事です。それから本国に応援要請を。
そして……封印が解かれたのならば、再度封印するだけです。
そう、封印をすればよいのです。さきほどから行われている隊長達の攻撃も、有効には思えません。
私だけでも、封印を試みないといけません。
「皆さん、それから残りの虹隊の方々も。少しでも龍を抑えて下さい。私が封印を試みます」
「くそ、なんだってこんな事に……。何かあったら、そっちの隊長をぶん殴ってやるからな」
「すみません……。そうですね、いいと思います。……生きていたらの話ですけどね」
生きていれば、です。あの龍相手に牽制するだけでも命がけでしょう。どちらかが、もしくは全滅する可能性のが大きいのです。
「幸い、龍はまだ本調子ではないようです。倒せるとは思いませんが、隊長達の攻撃で出来た隙を狙います。皆さん、お願いします」
作戦、開始です!
ご意見ご感想があれば嬉しいです。
が、豆腐メンタルなのでお手柔らかに……




