01 旅路とイベント
グーベラッハを出発しトーダに向かう俺達。
召喚士の国ということだし、何か便利な召喚獣とかいるかもしれない。それよりも、未だに他の召喚士に出会った事がないので、仲間がいると思うと、少し嬉しい気持ちになる。
トーダまでは遠い。野営をしたり途中の村で補給をしたりする必要があるだろう。
今のところ旅路は順調だ。貴族の子供――元貴族のカタリーナが旅に耐えられるかどうか不安だったけど、杞憂だったようだ。もちろん、細かい点を上げれば俺達の水準とは違い齟齬が生まれているが、大きな問題まではなっていない。
それもこれもマリアの功績だ。どうもカタリーナはマリアの事を憧れというか、もはやアイドル視しているように見える。何かあっても、マリアが注意すればそれで済むのだ。
始めにマリアが料理をするとなった時の騒ぎといったら……。何故マリアお姉様に料理など! と怒っていたが、マリアが治めて文句は出なかった。それどころか、料理を食べてさらにマリアお姉様凄いです! となったくらいだ。
魔物に襲われる事はあったが、アルルとカタリーナが撃破してくれた。この二人は年齢も近いし、仲がいいみたいだ。アルルは奴隷だけど、元々奴隷に対しての抵抗もないようで、アルルが可愛いし強いのもあって、友達になったようだ。
カタリーナの武器は弓と氷の魔法のようだ。氷を矢のようにぶつけたり、攻撃を防ぐ盾のように器用に使っている。弓の命中率もいいようだ。これならダンジョンでも十分やっていけそうと思うが、さすがにお姫様のパーティでは厳しいレベルなのだろうか。
マリアとアルルとは打ち解けているが、どうも俺とは打ち解けてくれないようだ。
一応、俺はこのパーティのリーダーという事になっているので、方針などを決めているのだが……。会話はその時だけだ。雑談なんてものはない。こっちからボールを投げても、打ち返す事なくスルーなのだ。
うーむ。まぁ男は俺一人だし、マリアが俺の事を親しく呼んでいるしで、厄介者扱いになっているのかな? 戦闘面では問題ないので、現状は保留にしておこう。出来れば仲良くなりたいけどね。変な意味じゃなく、パーティメンバーなんだし。
「トーダまでは半分といったところか?」
「そうね。もうすぐ町があるみたいだし、そこで今日は休憩かしらね」
グーべラッハからトーダまでの道中、宿場町という感じの町がいくつか存在している。大きくはないが、宿に食事処と、旅をする上では十分な設備を備えている。
ダンジョンはないがそこそこ大きい町もあり、冒険者の活動拠点となっている所もあるようだ。
そんな町の一つに向かっている途中の道。街道は広くはないが馬車が通るには十分だ。右にはグーベラッハから続く山々が見え、森が広がっている。
森は深い。恐らく魔物も多く生息しているだろう。それに何かの素材になりそうなものも多そうだ。冒険者としては、活動のしがいがある森だろう。
まぁ今の俺達には寄る必要がない。早いところ町に向かおう。
と思ったのだが、何か騒がしい音が聞こえてきた。魔物か?
「どいてどいて~!」
なんか全力ダッシュしている少女と、その後ろの大きな砂煙が迫ってきた。
「その馬車どいて~!」
このままだとこっちに突っ込んでくるコースだ。
「なんだあれ?」
「さぁ……? 何かに追われているのかしら」
「どう、しますか? アキヒト様」
「何か分からないけど、このままだとぶつかる。アルル、少し馬車を脇に移動させてくれ。マリアとカタリーナは警戒しておいてくれ。久々だがJr、あの砂煙が何か分からないけど、こっちに来そうなら止めてくれ」
人が走ったくらいではあんな砂煙は起こらないはずだ。それこそ何人もいるか、サイズが大きいかだ。
Jrは街を出てからでは初めての召喚になる。ゴーレムとしては大きい方ではないが、それでも普通の人間からすれば、増してや子供からすれば巨人だ。
「すごく……大きいです」
オークの時にも見ていたはずだが、間近できちんと見たのは初めてなカタリーナの感想である。
戦闘では俺の支持に従うし、遊撃であるマリアのサポートもしっかりする子だ。真面目であり、俺とは良くも悪くも仕事仲間という所だろう。
「そして助けて~!」
やはり追われている系のようだ。
段々と近づいてくる少女と砂煙。少女はまだ背も小さく幼い。
そして砂煙だが、やはりというか魔物だった。でかい猪のような魔物だ。グーベラッハの山にいたベベファンゴに近いのかもしれないけど、大きさはその比ではない。さしずめ親かその強化系と言った所だろう。
「Jr、あの魔物を止めてくれ。他の皆はその後攻撃で」
俺が召喚しているのはJrだけだ。ベアルカスも召喚していいが、それでは他の召喚獣を出すのが大変になる。
一度に出すのは二匹までにして、その二匹目は状況に応じるようにした。誰かがダメージを受ければ回復のウンディーネを、火力が欲しい場合はベアルカスを、他の支援をしたほうがいい場合は都度召喚する形だ。
まぁよっぽどの事、それこそあの時のオークくらいじゃないとJrかベアルカスだけでも十分に対応できるので、どっちかだけ出すようにしている。
おっと。魔物だった。
「アルル、済まないけどあの少女にこちらに逃げるように伝えてくれないか。それと、あの子が来たら見ていて欲しい」
男の俺が言うよりもアルルが言うほうがいいだろう。少女は冒険者には見えないが、相手に警戒されないようにするためだ。こちらは大きいJrを出しているので、牽制になるだろう。
「分かりました。……こ、こっちに逃げて下さい!」
「わ、分かったわ!」
アルルが大きな声で伝えると、向こうも反応してきた。しかし、猪って真っすぐにしか進めないんじゃないっけ? 急に方向転換をすれば、振り切れるんじゃないだろうか。でも魔物だしなぁ。
そう考えているうちに、少女が俺達の所まで到達した。
「こっちです!」
「あ、ありがとう……。でかい猪が追ってくるのよ。助けて!」
「Jr、頼む」
こんな子が盗賊とかな訳ないと思うが、念のためアルルには警戒して貰うとして、俺達であの猪をどうにかするとしますか。
まぁJrなら問題なく止められると思うが、しかしでかい猪だな。大型バイク……いや、軽自動車くらいはあるな。あんなのが追って来たら、そりゃ逃げるか。
その猪は止まる事もなく俺達の馬車の方向――Jrが待ち構えている所に突っ込んできて、そして止まった。
Jrが真正面から猪を受け止め、その巨体と防御力で止めたのだ。さすがに勢いが凄かったのか、かなり押し込まれてしまっていたが、それでもJrは怪我もないようだ。
一度止まってしまえば、先ほどまでの脅威はない。大きいのは大きいけど、あのオークほどの脅威は感じない。まぁ俺後方支援だしね。
「よくやったJr。マリアとカタリーナ、頼む」
「えぇ、行くわよ!」
「はい、行きます」
マリアはレイピアを片手に、猪に突っ込んでいく。カタリーナは弓ではなく、初手から氷魔法で行くようだ。
マリアの攻撃を受け、猪の表面には傷が増えていく。刺突は使わずに斬撃で攻撃しているようだ。猪も暴れようとしているが、Jrがそれを抑え込んでいるので、攻撃し放題だ。
「マリアお姉様、行きます!」
カタリーナの掛け声と共にマリアが猪から離れる。すると、先ほどまでマリアが居た一帯を、Jrを巻き込まない範囲で氷の矢が降り注ぎ、猪を襲う。
猪は無数の傷と血でいっぱいになっていた。暴れる勢いは幾分落ちたが、それでもまだ猪は元気なようだ。
「Jr、そのまま抑えておいてくれ」
「もう一度……今度は傷の上から傷を付けるわ!」
マリアが先ほど付けた傷を上書きするように、同じ個所を狙って攻撃をする。レイピアは斬撃が苦手で大型には不向きだ。表皮は硬く、また魔物の内部までは遠い。刺突攻撃では、ダメージを与えるのは難しい。
その問題をマリアはクリアしていた。自分とカタリーナが付けた表皮が切れ、内部の肉が見えている傷。そこを狙って今度は刺突で攻撃しているのだ。
恐ろしい……。斬られるのだけでも痛いのに。さらにそこを刺されるのだ。
「行きます!」
既に大ダメージを負っているであろう猪に、追い打ちが掛かる。先ほどの氷の矢よりも、本数は少なく、だけどサイズは氷の槍のような魔法が猪を襲う。これも硬い表皮に阻まれずにダメージを与えているようだ。
それでもなお、猪は生きていた。抵抗する力は乏しいが、さすがは魔物だろうか。このままでも倒せるだろうが……。
「Jr、氷を打ち込め」
最初から猪を抑え込んでいたJrが猪を解放し、先ほどカタリーナが放った氷の槍を押し込むようにパンチを繰り出す。さすがの猪の魔物も、内部に大きくダメージを受けてはひとたまりもない。
四本脚で支えられていたその巨体が、地面へと倒れた。
「ふぅ。マリア、カタリーナ、Jrもお疲れ様」
やはりあのオークよりも数段落ちる魔物だ。それでも、あのオークとの闘いが無ければ苦戦していただろう。レベルアップでもしたのだろうか。
「大きい魔物だったわね」
「やりましたね、マリアお姉様!」
それにしても、この二人の連携が凄い。前衛のマリアが攻撃している間に、カタリーナが魔法準備。魔法が準備出来たら、マリアが離脱し、魔法発動。
テンプレ的な戦法だが、出会って数日という連携とは思えない。もちろん、Jrが抑え込んでいたからというのもあるが。
さて、それでさっきの少女はどうしたかな。
「アルル、さっきの子は?」
「助けてくれてありがとう!」
アルルが返答するまでもなく、さっきの子がお礼を言ってきた。
「いや、あの場合はこっちにも突っ込んできそうだったしな。それで君は?」
「ボクはカティ! トーダの国に向かう途中で、あの魔物に襲われて逃げてたんだ。ごめんね! 人がいるとは思っていなかったけど、でもそのお陰で助かったよ!」
ふむ。元気な女の子だ。帽子を被っているが、動きやすくそれでいて女の子な服装だ。
でもこんな所で一人でいるのはおかしいな。トーダの国というけど、何かのお使いか何かで出て来たのかな?
「一人でか? 街道とはいえ、さすがに女の子一人じゃ危ないだろう」
「森の中なら大丈夫だと思っていたんだけど、ちょうど出た所に魔物がいたから……」
森の中なら大丈夫? 視界も悪いし、森の中の魔物も多いと思うが。
「あー、うん。ボクはエルフなんだよ。だから森の中はボク達エルフの領域なのさ」
そう言い、帽子を取ったその女の子が指差したその先の耳は……長かった。
ファンタジー要素で定番のエルフだ。耳が長く、弓や魔法に長ける長寿の種族、エルフ。それが目の前に! さすがに見たのは初めてだ。
「エルフっているんだ……」
「見たのは初めてかな? あまり人里には行かないからね」
人間とエルフは仲が悪いというパターンのゲームは多い。単に性格が合わないだけなレベルから、忌み嫌い戦争をしているケースのもあった。
だけどこの子は人間である俺に姿を晒すのに、何の躊躇もないように見えた。交流がないだけで、種族間の仲は悪くないのかな?
「そうなのか……。あぁ、見たのは初めてだよ。それで、人里には出ないエルフが、何で一人でこんな所にいるんだ?」
「実はね。トーダまで行く必要があって急いでいたんだ。お兄さん達は?」
「俺達もトーダに向かう途中だよ」
「んー。そうだ! お兄さん達。ボクをトーダまで護衛してくれないかな! お兄さん達強いからボクも安心だし! もちろん報酬は払うよ! 人間のお金は少ないけど、トーダに行けば知り合いがいるし、エルフの道具とかもあるよ! どうかな?」
やはり貨幣は人間とエルフで違うんだな。それにしても護衛か……。
「いいんじゃないかしら? トーダまでは行くんだし、あの子一人じゃ危ないわよ」
「エルフって、初めて見ました……。アルルよりも小さいですが、年上なんでしょうか?」
「マリアお姉様がいいって仰ってますし、それに元貴族として、エルフといえど子供を放置は出来ません」
三人に相談してみたが、みんな問題ないみたいだ。
「その依頼受けるよ。トーダまでよろしくね」
俺としてもこんな所にエルフ娘を一人で置いていくのはどうかと思う。別にエルフだからとか、報酬に釣られた訳ではない。
「ありがとう! お兄さん、お姉さん!」
こうして旅に一人、元気なエルフ娘が加わった。
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