b1 アルルとご主人様
閑話です。箸休めに
私の記憶は他の人よりも少ないです。
気付いたら全身血だらけで、周りには破壊の後がありました。でも私は怪我をしていないみたいです。
……違います。なんとなく、怪我をした記憶があります。死ぬのかなと思ったくらいの怪我のはずです。
それでも、私には怪我はなく、全身ピンピンとしています。なんだかうまく思い出せないけど、それでも身体は平気みたいです。
でも、前の事が思い出せません。自分の名前すらも……。
記憶のない私は、生きていくのに毎日必死でした。
家族は? 家は? 友達は?
思い出せません。倒れていたのはどこかの森の中でしたが、もちろんどこなのか分かりません。
なんとか見つけた道を適当に進むと街がありました。普通なら入る事は出来ませんが、途中で採取した草などを入場料代わりに入れてもらう事が出来ました。
まずは……、生きていくために稼ぐのと、私を知っている人を探す事です。
それからは毎日必死でした。
冒険者になり、採取や簡単な討伐を中心にやっていきました。獣族である私は、身体能力が高いのでなんとかやっていけました。
私の事を知っている人を探しながらの冒険者業は大変でした。他の人とパーティを組むという事は考えませんでした。一人で、頑張って、いつかお父さんとお母さんが見つかって、一緒に暮らしていける。そう思っていました。
ある討伐クエストの最中に、軽いミスをして怪我をしてしまいました。大きな怪我ではありません。命には問題はありませんでしたが、動きに支障が出ました。
毎日その日暮らし状態だったので、回復薬を買うお金もなく、自分を騙しながら自然治癒に任せました。
いつもよりも動きが悪い、なのでクエスト達成も難しい。難易度を下げれば達成は出来ましたが、報酬も少ないため、沢山やらないと駄目です。
沢山やれば報酬は問題ない。でも沢山動くと、怪我が治りません。むしろ前よりも悪化し始めました。
気付いた時には冒険者としてやっていくのに問題が出るレベルになっていました。日常生活にも影響が出ています。
そして私は……自分を売りました。奴隷という商品になり、誰かに買ってもらうのを待つ日々が始まりました。
怪我は、自分を売った時のお金で治しました。怪我をしていると商品としての価値も安くなってしまうと、奴隷商店言われるがままでした。
私は冒険者として、パーティメンバー代わりになる商品です。
それでも、若い女というだけでそういう目的のために買われる可能性もあると、奴隷商店や商品の先輩に色々と教わりました。
まだ若すぎるけど需要はあるだろうというのと、そういう初物は高いということなので、実践はなく、知識と他の人の行為を見せられて勉強をしました。
周りにいる同じような商品が買われたり、戻ってきたりと入れ替わりが激しかったですが、私は買われる事のないままの毎日が過ぎていきました。
冒険者をしていた頃よりも、まともな生活が送れているとも思うようになりました。いっそこのまま……。
そんなとき、私のご主人様が現れたのです。
無事に買われた私。私を買ってくれたご主人様は冒険者でした。
パーティメンバー用という用途でしたが、そういう場合でも宿でご奉仕をすると喜ばれるという先輩の助言の元、覚悟をして付いて行きました。
付いていった先の宿は立派な宿でした。今まで泊まった事のないランクの宿です。ですが奴隷である私がここに入っていいのでしょうか?
ご主人様は気にせず私を部屋まで連れてくれました。おまけに部屋を別にするだとか、ベッドに寝ないとだとか、ただの商品である奴隷にとは思えない扱いです。
ご主人様の事を教えて貰いました。アキヒト様と仰るようです、一緒にいる女性――マリア様は奥方様ではないそうです。正規のパーティメンバーでしょう。
私も自己紹介をしました。と言っても、私の記憶はありません。その事と、店ではアルと呼ばれていた事で終わってしまいます。
ご主人様――どうやらご主人様と呼ばれるのがお嫌なようです。アキヒト様が私をなんと呼べばいいか悩んでいました。奴隷である私を名前で呼ぶのは愚行です。そのはずでしたが、アキヒト様は私に名前をくれました。アルルと。
その瞬間、私の身体に異変が起こりました。光輝いたのです。一体何が? アキヒト様の魔法でしょうか? 違うようです。アキヒト様も驚いているようです。
どうやら召喚獣の契約の時に似たような光が起こるようです。何か分からないかと聞かれましたが、記憶がない私には分かりません。
しばらくすると、光は収まりました。何が起こったのか分かりません。情報が欲しいというアキヒト様に図書館を勧めました。何か分かるのでしょうか?
気のせいか、その時から身体の調子がいいようです。力も感覚も、鋭くなっているように感じました。
何も解決はしていませんが、様子見ということで今日はもう休むそうです。
奴隷である私にもシャワーを使っていいと仰られたので、使わせて頂きました。
……体を綺麗にしないといけません。その時が来たのです。奴隷商店で教わった知識を、冒険者としてではない私の商品としての価値を晒す時が来たのです。
そのつもりで裸をアキヒト様に晒しましたが、とても動揺していました。
……どうやら私は冒険者としてのみで買われたようです。そういう役目はしなくていいと言われました。
……私も初めてでしたし、怖かったので助かりました。
気のせいか、それまでずっと怖い雰囲気をしていたマリア様が、少し穏やかになりました。
……私のご主人様は、変わっているようです。
マリア様が服を買ってくれました。冒険者としてだけなのに、服がいるのでしょうか? ただの奴隷にいるのでしょうか?
良く分かりませんでしたが、アキヒト様ならいいと言うというマリア様に言われるがままでした。
私が買われてから色々と準備が終わり、そしてついにダンジョンに行くことになりました。
冒険者としてダンジョンに行った事はありましたが、それでも奥には行ったことはありません。でも今の私 なら大丈夫という自信がありました。
装備も昔より十分にいいです。アキヒト様もマリア様も、そしてアキヒト様の召喚獣のJrさんにベアちゃんと戦力も多いです。
「向こうに魔物、です。ベベファンゴです」
鼻も耳も、やっぱり昔よりも効いています。これは装備は関係ないはずですが……。能力値が上がったのでしょうか? 冒険証はアキヒト様が管理しているので、私には分かりません。
「えい!」
掛け声と共に、拳を突き出します。それでべべファンゴは吹っ飛んで、そのまま倒す事が出来ました。
やっぱり、力も増しているみたいです。装備がいいとはいえ、昔ならこんな魔物相手に戦うなんて出来ませんでした。
「BUMOOOOO!」
でかいオークがいます。あんなの、勝てっこありません。逃げだしたいです。でもアキヒト様は……アキヒト様達は戦っています。
マリア様は麗しくも勇ましい姿に変身しました。
ただの人間であるマリア様にそんな事が……。どうやら、アキヒト様が何かをしたようです。私達を守ってくれていた盾が小さくなっています。
カッコいい……と共に憧れの感情が出ました。私もいつか……あんな風に戦えたら。
マリア様もJrさんもベアちゃんも戦っています。奴隷である私だけがここにいていい訳がありません。私だって戦えます!
オークに向かいます。怖いです。強そうです。それでも……私の命はアキヒト様に捧げます。勝利のためにこの拳を振るいます。
ベアちゃんとJRさんとマリア様、それにアキヒト様は凄いです。あんな大きなオークを倒してしましました。最後はお姫様でしたが、それでも凄かったです。
昔では考えられませんでした。
私が普通に冒険者として戦っていけるなんて、昔では考えられません。あの頃は、魔物に怯えながら採取をしたり、簡単な街での依頼をしたり、弱い魔物を倒して来たりしました。
そんな私が……あんなでかいオークに攻撃出来るようになったのです。どうしてこんなに変わったのでしょうか? 強くなったのでしょうか?
私も成長しているのです。嬉しいです。出来れば、身体の方も成長して欲しいのですが……。マリア様のような強くて可愛くて何でも出来る女性になりたいです。そうなれば……。
王都を出て他の街に行く事になりました。
王都にいれば、私の事を知っている人がいるかもしれないと昔は頑張ってきましたが、成果は出ずでした。
なら、他の街を探すのもいいのかもしれません。もしかしたら、誰か知っている人に会えるかもしれません。
だから、アキヒト様とマリア様と一緒に旅をしていればいつかは……なんて思ったりもしますが、今の私はアキヒト様の奴隷です。私の事よりもアキヒト様の方が大切です。
奴隷商店で商品として残っているままでもいいと思った時期もありましたが、今は違います。
私のご主人様 、アキヒト様に買われて良かったです!
ご意見ご感想があれば嬉しいです。




