22 攻防と死への秒読み
どれほどの時間が経っただろうか。
二時間? 三時間? それとも一○分だったりするのかもしれない。その中で、姫騎士達は生きていた。
「セバス……。もうよせ。その怪我で動けば……」
大怪我を負っているセバスが、その怪我を押してオークジェネラルの攻撃を捌いている。平常時であれば何の苦労も無い攻撃でも、この状況下では避けるだけで精一杯だった。
オークジェネラルの攻撃は強力だ。オークを象徴する力と、手に持っている鈍器を合わせた攻撃は、単純な振り下ろしでさえもかなりの威力になる。
その衝撃や地面を抉った破片などが、着実にセバスへのダメージとなっている。
「くそ……。セバスが命がけで時間を稼いでくれているというのに、私は何をやっているのだ! この体が動けば、すぐにでもあのオークを叩き潰すというのに!」
姫騎士の体の自由を奪っている毒は強力であった。常人であればすぐに効果が現れ、数日は満足に動けない状況が続く。いくら耐性がある姫騎士といえど、すぐにどうにかなるレベルの毒ではなかった。
それを知らない姫騎士は、セバスが稼いでいる時間の間に、毒が消えるのをただ祈るだけであった。
「カタリーナ……。怪我は……なさそうだな」
少しずつ這いずり、カタリーナの元に辿り着く事が出来た姫騎士は、カタリーナの容体を観察する。
「あの男も、カタリーナは眠っているだけと言っていたか」
外傷は見当たらない。本当に眠っているだけに見える。もしかしたら、姫騎士と同様に毒に侵されている可能性もあるが、それは今のままでは分からない。
「とにかく起こすのが先か。カタリーナだけでも逃さねば……な。カタリーナ、カタリーナ!」
「んっ……。あれ、私どうし……姫様?!」
「よかった、目が覚めたか。体の具合はどうだ?」
「少しぼーっとしますが、大丈夫です。それにしても、なんで姫様が? 確か、いつもの私兵さんが……。そうだ!姫様、大変です。私兵さんが仲間割れを……」
「あぁ、分かっている。狙いは私だ。巻き込んでしまったな。すまない」
起きたばかりのため、無理はさせる事は出来ない。それでも、ここから脱出しなければならない。
「カタリーナ、動けるか? 起きたばかりですまないが、動けるならばすぐにここから逃げるんだ。ここにいては危険だ」
こうしている間にも、セバスとオークジェネラルの攻防は続いている。……セバスの攻撃は無いに等しい。
「一体何が……?」
「私が死ぬのを望んでいる連中もいるという事だよ。さ、早く逃げるんだ」
「姫様……。いえ! 私も姫様のお役に……」
「カタリーナ! ……お願いだ。そなたまで失いたくないのだ。分かってくれ……」
カタリーナは普段から助力を断られてきた。だが、今の状況はいつもと違う雰囲気なのは明白であった。
「姫様……? どこかお怪我でも? それに他の仲間の方はどこに……。まさか、セバスさんだけ……? そんな!」
「私なら大丈夫だ。だから早く!」
事態が動いたのはその時だった。
「くっ。さすがにこの怪我で相手するのは、骨が折れますが……私が抑えていれば姫様は大丈夫……何?」
「BUMOOO!」
オークジェネラルが短く咆哮をすると、倒されていたはずのオークメイジ二体が姿を現した。
「まさか召喚? いえいえ、オークにそんな事は……。ボスだから、という事でしょうか。何にせよ、さすがに三体は厳しい所です」
そう一人ごちながらも、セバスは召喚されたばかりのオークメイジに向かう。
オークメイジの魔法は、威力はそこそこ、速さもそこそこだが、何の対策も無しで挑めば文字通り痛い目に合う。魔法に気を取られている間に、オークジェネラルの攻撃で詰む、というのが冒険者の負けパターンであった。
「だからといって、姫様に魔法を撃たせる訳にはいきません」
オークジェネラルに気を払いつつ、オークメイジの気を引くために接近する。欲を言えば、ここで仕留めてしまえればその方がいい。
オークメイジ側も、自分たちの敵に対して魔法の詠唱を始めている。
「撃たせません…せいっ!」
セバスの拳が詠唱中で無防備なオークメイジの腹部に突き刺さる。セバスは武器を無くしている訳ではなく、元々無手を得意としている。
普段の状態ならば、その一撃でオークメイジを屠るのに十分な力を有しているが。
「倒せませんか……。やはり、この怪我では威力も落ちますか。でも魔法は失敗のようですね。もう一体は……」
腹部を攻撃されたことで、一体のオークメイジは魔法の行使が失敗している。残りのもう一体の魔法はどうなっているのか気になったセバスだが、普通ならば近くにいるセバスを狙うのがセオリーである。今現在、オーク達にとって一番の障害はセバスなのだから。
だが、何故かオークメイジは、持っている杖を姫騎士の方に向けていた。
「いけません。姫様、お逃げください! 魔法が来ます!」
「オークメイジだと? 復活するのか……! しかし、これはまずいな」
いつもは中ボス本体もすぐに倒していたため、取り巻きのオークメイジが復活したことに驚きを隠せない姫騎士であったが、さらに困難な状況になったことは理解していた。
「さすがはセバス。一体を倒すとは……。無茶をするが、残りは一体とデカイのになったか」
実際には倒していないのだが、姫騎士からは倒したように見えた。そのため、事態は少し好転した事に、少し安堵していた。
「いけません。姫様、お逃げください! 魔法が来ます!」
「くそ、もう一体の魔法か。まさかこちらを狙ってくるとは。しかし、逃げようにも逃げられんのだがな」
まだ動ける状況ではない姫騎士は、一応は防御の体勢を取る。オークメイジの魔法なら、防御すればそれなりに耐えられるのは知っていた。無論受けた事はないが、仲間の騎士が喰らって怪我を負っているのは見たことがあった。
「少しならば……耐えられるか」
迫りくるオークメイジの魔法を耐えるべく、防御の体勢を取っていた姫騎士であったが、その姫騎士の前に一人の女の子が立ちふさがった。
「姫様! 危ない! お願い、風の盾よ、姫様を守って!」
カタリーナが姫騎士の前に立ち、魔法を行使した。
風の盾。カタリーナが使える魔法のうち、防御系唯一の魔法であった。風で出来た壁のようなものを作り、攻撃から身を守る魔法だ。練度にもよるが、簡単な物理攻撃から遠距離攻撃、魔法の類を防ぐことが出来る。
オークメイジの魔法に対して、カタリーナが出来る最善の方法と言えた。
「きゃっ!」
それでもオークメイジの魔法の全てを防ぐことは出来なかった。ほとんどは風の盾で相殺されたが、一部は通過しカタリーナを襲った。
「カタリーナ! 私は大丈夫だから……。だから……」
「……いいえ、姫様。私は姫様をお守り出来て光栄です。こんな攻撃、大丈夫です。また来ます! 風の盾よ、姫様を守って!」
カタリーナは各所に切り傷を負っていた。一撃ならば問題なかったが、続けばいつかは大怪我を負ってしまうだろう。
オークメイジも防がれた事に憤っているのか、それともそういう役目なのか。オークメイジの魔法は姫騎士達を襲い続けた。
「カタリーナ……」
オークジェネラルは憤慨していた。
いつも来るニンゲン達と何か様子は違っていたが、それでも今ここには三人のニンゲンがいる。
ならば全員潰してやろうと思った。
立ち向かってきたニンゲンは手強い。動きも早く、自分の攻撃は当たらない。どこか怪我をしているようで、時々動きが悪くなる。その隙を狙って大振りするも交わされてしまう。
最初に呼んだ取り巻きの二匹は、とうに倒されてしまった。少し疲れるが、再度呼ぶ事も出来る。
一発当てる事が出来れば、このニンゲンは潰れるはずだ。でもその一発が当たらない。
オークジェネラルは憤慨している。
疲れるが、取り巻きを呼んだ。呼んだすぐそばから、一匹目はニンゲンにやられ、使い物にならなくなった。もう一匹は、遠くにいるニンゲンに魔法を撃っているようだ。
目の前のニンゲンを牽制して欲しかったが、取り巻きのオークメイジはアホのようだ。
オークジェネラルは歓喜している。
目の前のニンゲンが体勢を崩した瞬間に、いつもなら大振りをする所を軽く攻撃してみたのだ。すると、見事に当たり、ニンゲンが吹っ飛んだのだ。ちょうど、他のニンゲンがいる所だ。
吹っ飛んだ後は起き上がって来ない。潰れたか? 潰れてないか? どっちでもいいか。他のニンゲンと一緒に潰そう。
「ごはっ!」
「きゃっ?」
「セバス?!」
オークメイジの魔法をカタリーナが頑張って防いでくれていると思ったら、セバスが吹っ飛んできた。まさか、オークジェネラルに……。
「申し……訳ございません、姫様」
「セバス、喋るな! 酷い怪我だ……。もう良い、休め」
「それでは姫様が……。カタリーナ様も……」
オークメイジの魔法は、カタリーナがなんとか耐えてくれていた。オークジェネラルも、セバスが耐えてきてくれたが、これまでのようだ。
セバスの怪我は酷い。生きているのが不思議なくらいだ。最早碌に動けないだろうし、戦闘なんて無理だ。
かく言う私も碌に動くことが出来ない。姫騎士と持てはやされた王女が、こんな有様だ。
「私が前に出る……。碌に動けんがな」
「いえ……ワタクシめも……。最期まで姫様の盾となりましょう」
「セバス……」
ズンズン……。オークジェネラルが迫ってくる。気のせいかもしれないが、笑っているようにも見える。
「姫様、私もご一緒致します」
「カタリーナ……。今からでも遅くない。逃げ……いや、もう遅いか。すまないな。こんな事ならもっと一緒に遊んでやればよかった」
「いえ。最期まで姫様とご一緒出来て、光栄です」
ズンズン……。オークジェネラルが、その大きな鈍器を振り上げる。
「二人共……。こんな私に付き合ってくれて、感謝する」
オークジェネラルの鈍器が振り下ろされる。
王族に産まれた時から、いつか来る死は覚悟していた。
大事な人との別れも覚悟していた。
それでも……生きたかった。こんな所で死にたくなかった。
それでも、現実は残酷だ。碌に動けない三人に対し、まだまだ元気なオークジェネラルだ。
誰かが助けてくれるだろうか? そんな望みもどこかにはあった。
だがオークジェネラルを倒せる人材が、そうそういるだろうか。
現に、死はもうそこだ。
セバスと、妹みたいなカタリーナと共に逝けるのが幸いだろうか。
「短い……人生であった」
ガキィィィィィン。
死の世界というのは、妙な音がするものだ。まるで、剣を盾で防いだような音だ。
いつの間にか閉じていた目を開くと、目の前には大きな壁が出来ていた。
「ぎりぎり……間に合ったのか、これは?」
若い、なんとも頼りない男の声が聞こえた。
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