21 裏切りと苦戦
「やっと中腹ですな」
六合目から帰還を開始していた姫騎士パーティは、順調な歩みを見せていた。
中腹の広間を見下ろせる、ダンジョンで無ければちょっとした絶景ポイントになるであろう丘で小休憩を取っていた。
「中ボスはどうだ?」
中ボスは無視する方針だが、復活していないのであれば、その広間を通る予定だ。その方が近道になるため、これまでもそうしてきた。
姫騎士としてはどちらでもいいが、パーティの疲労を考えると近道の方がいい。
さすがに常人では、丘から広間の様子は伺えないが、目がいい者や魔法を用いるならば話は別である。
「確認致します」
姫騎士パーティの目であり、姫騎士の執事でもあるセバスが、その役目を担っている。
「……どうやら復活しているようです。どこかのパーティが戦闘中ですな」
「ふむ、そうか。復活しているなら通れまい。戦闘中ならば尚更だ。皆には苦労を掛けるが、遠回りルートだ」
姫騎士の決定を聞き、少し残念な表情をするパーティの面々。
「近道の方がいいのは、私も同じだ。仕方あるまい」
正論なだけに、そして姫騎士相手に不満も文句もない。
「どうやら苦戦しているようです。どこかの貴族の私兵と思われます。六名中三名が沈黙、内二名は恐らくは死亡。残りの一名は気絶のようですが……」
半数が戦闘不能。中ボス相手にそれは、無謀というものだ。恐らくは、どこかのパーティが力量を見誤り、挑んだ結果なのだろう。
ここまでの材料でも、姫騎士が助勢するという判断をする可能性はあった。しかし、さすがに貴族の私兵とはいえ、知らないパーティを助けにいくには、まだ低い。
変わらず遠回りルートのまま、のはずであった。セバスの追加報告が無ければ。
「あれは……、カタリーナ様?」
「どうやら予定通りに行ったみたいですね」
こちらを見られているのは分かっていました。
予定通りに姫騎士パーティに、我々の劣勢っぷりを見せつける。向こうの協力者が誘導し、助勢させるようにする。
正直、餌が悪いと思っていましたが、運良く貴族の娘も確保出来ましたし、良かったです。
念のためにと受け取っていた、貴族関係者を表す紋様を分かりやすい位置に置いておきましたが……、どっちで釣れたのでしょうかね?
まぁどちらでもいいでしょう。
姫騎士パーティは駆けていた。
丘でのセバスからの報告。パーティメンバーからの懇願。だが、一番は姫騎士自身の気持ちだった。
カタリーナは、姫騎士からすれば妹みたいな存在だ。片や王族、片や貴族という、平民からすれば雲の上の話であるが、そこにも身分の違いはある。公的な場所、場合では、姫様とカタリーナ嬢という間柄だ。
それでも同年代の同姓として、プライベートではまるで姉妹のような仲だったが、姫騎士の武の才覚が出て、魔物退治やダンジョンに潜るようになってからは、一緒にいる時間は減っていった。
もう少し、カタリーナが大きくなり、魔法や弓の腕が上がれば、一緒のパーティを組むつもりだった。
それがこんな結果になろうとは……。無理にでも一緒にいれば……。
「カタリーナ……。間に合ってくれ!」
姫騎士パーティは間に合った。
二人の冒険者が中ボスの相手をしており、一人はカタリーナの介抱をしているようだ。二人の冒険者は、ある程度の腕はありそうだが、押し切られるのも時間の問題に見える。
いくら劣勢に見えていても、いきなり助勢するのはマナー違反である。姫騎士と言えど、そこは守らなければならない。
「助勢するぞ!」
「助かります!」
ピンチを認め、周りの助勢を素直に受け入れる。これが出来るかどうかで、冒険者の質が分かれる。変なプライドがあり、助勢を断れば、残っているのが全滅であろう。冒険者は、生きて帰れば勝ちなのだ。
幸い、この冒険者は生きる方を選んでくれた。断られても、強引に助勢するつもりだったが、カタリーナの介抱をしている冒険者が答えてくれたので、合法的に助勢することが出来るのだ。
「カタリーナ……、その娘の容態は?」
「直撃は避けましたが、衝撃で気絶したようですね。命に問題はありません」
「そうか、良かった……。よし! まずは体勢を立て直す! 私とセバスで中ボスを抑える。残りは周囲の警戒と遺体の回収、それとカタリーナ嬢を頼む」
カタリーナが無事と分かり、まずは一安心をする姫騎士であったが、すぐに状況の打破を指示した。
中ボスを相手にしている冒険者の二人も疲弊しているはず。そちらは後退させて、姫騎士とセバスで中ボスを抑え、そのまま撃破。残りの四名は後方支援。
取り巻きのいない中ボス相手では、一番いい布陣と言える。
「後は我々で対応する! 下がれ!」
「くっ……。すみません、助かります」
よく見れば、中ボスと対峙していた冒険者はほぼ無傷のようだった。中ボスもほぼ無傷の状態ではあったが。
「ふむ。回避は得意だが、決定打に欠けていたか。やはり崩れるのも時間の問題だったか。セバス、行くぞ!」
「はっ!」
セバスと二人でも、若干時間は掛かるが中ボスは倒す事が可能だ。亡くなった者には悪いが、これ以上の被害は出ないはずであった。
……何も起こらなければ。
まず倒れたのは、遺体の回収をしていた騎士だった。この騎士は、盾と丈夫な鎧を持つ、壁としての前衛だ。体力にも防御にも自信があったはずである。その騎士が、どこからか放たれた魔法によって、一撃で倒れた。
ほぼ同時に倒れたのは、周囲の警戒を行っていた兵士だった。魔物や罠の察知など、レンジャーとして優れていた兵士であったが、背後から剣で一突きされ、倒れた。
「貴様達! どういうつもりだ! 何故仲間を襲う!」
これまで共に戦ってきたはずの仲間、国に仕える優秀な魔導師が騎士を、女性ながら力強い剣筋を見せる兵士がレンジャーを、それぞれ攻撃した。
ありえない光景。中ボスと対峙しているにも関わらず、姫騎士も大声を上げずにいられない事態であった。
「どういうつもりなんですかね? あぁ、そっちばかり見ていちゃ危ないですよ?」
「なっ!」
先ほどカタリーナを介抱していたはずの冒険者が、ナイフを手に姫騎士に襲いかかる。
「ちっ! その程度で!」
「さすがですね。でも、傷を負わせる事は出来ました」
姫騎士からすれば完全に奇襲であったはずだが、ギリギリの所で攻撃を弾く事に成功する。だが、完全に捌く事は出来ずに、顔に一筋の血が浮かび上がる。
「これしき、ナイフが少しかすった程度……、まさか……毒か!」
「その通りですね。念のために最初から毒を使わさせて頂きました。あぁ、ご心配なさらず。死ぬようなものではありません。もうじきすると、体が動かなくなるだけですので」
「くっ……。セバス……、セバス!」
毒が回り切る前に、動ける内になんとか打破しないといけない。必死に執事であり、優秀な仲間であるセバスを頼ろうとするが……。
「向こうのご老人もやりますねぇ。二人相手にあれだけ動けるとは。でも、お腹は真っ赤ですね」
セバスには、先ほどまで中ボスを相手にしていた二人が襲いかかっていた。セバスの腕は本物だ。例え、強い冒険者が相手であろうと、その力と経験で対処が出来るはずであった。
だが今回は相手が悪かった。強い使い手が二人も相手では、セバスも防戦一方になってしまっていた。結果、腹部からナイフが生えているという事態になっていた。
「あぁ、向こうは毒を使っていないので、大丈夫ですよ? でもあの怪我ではね……。あまり時間を掛けるとあれですし、そろそろ動きますか」
「さて皆さん。そろそろ撤退しますよ。姫騎士は無効化しました。そちらのご老人は……、まぁ大丈夫でしょう。そちらの二人は……死んでますね。あぁ、でも剣はまずいですね。オークジェネラルに潰して貰いましょうか」
恐らくはリーダー。その男が撤退の指示を出していた。
「……目的はなんだ!」
「おや? まだ口が動くんですかね。……王族ですし、多少は耐性があるんですかね? 目的ですか? そういう仕事ですね。特にどうなるかは知りませんね」
王族や貴族は、その立場上、毒物への耐性を付けるための訓練を行っている。その耐性のお陰で、まだ多少は動けている姫騎士であったが、徐々に体の自由が効かなくなっている事にも気付いていた。
「……仕事か。その二人は最初からそうだったのか?」
「あぁ、この二人ですか。今回のために臨時で仲間になって頂きました。それなりに便利でしたね」
「そんな……!」
王族ならば、命を狙われる危険もあるのは承知している。それでも、ここまで大胆に、そしてパーティメンバーをも手駒にしている事に、驚きを隠せないでいた。
「……待て」
「色々と質問が多いですね? 常人ならもう動けないはずなんですがね……」
「これが最後だ。その娘は……その娘はどうなる」
姫騎士が心配しているのは、未だに気絶したままのカタリーナであった。姫騎士が目的ならば、カタリーナ嬢は関係ないはず。望みを掛けての質問であった。
「あぁ、この娘ですか……。計画とは違いましたが、邪魔になるのでここに置いていきます。この娘だけは五体満足なので、頑張ってくれれば助かるかもしれませんよ? さて、もういいでしょう。あのオークも邪魔ですしね」
「待っ……!」
「では姫様、ご機嫌よう。判別出来る程度に、体が残っているといいですけどね。では戻りますよ」
姫騎士の思い虚しく、その男達三人と、個々に来るまで一緒だった二人の計五人が、広間から姿を消した。
「姫様……。ご無事ですか……」
「セバスか。無事で……いや、無事ではないか」
「はい。不覚を取りました。申し訳ございません」
「謝るではない……。私とて同じだ。残っているのは、私とセバスと、カタリーナだけか……」
姫騎士は麻痺の毒で満足に動けず、セバスは腹部に大怪我、カタリーナは未だに気絶したままという、絶望的な三人パーティであった。
「BUMOOOOO!」
獲物が減り、憤っているオークジェネラルが、残った獲物を確実に始末しようと雄叫びを上げる。
「なるほど。後始末はオークジェネラルか……」
「ここは……お任せを。姫様とカタリーナ様はお逃げ下さい」
「そうしたいのは山々だが、這うぐらいしか出来ないのでな。カタリーナだけでも逃がせれば……」
麻痺毒は効いているが、まだ会話出来るし、少しずつ動く事は出来る。でもそれも時間の問題であり、完全に回り切る前に、カタリーナだけでも逃したいと思う姫騎士であった。
「……時間を稼ぎます」
「……すまんな」
「BUMOOOOOOOO!」
絶体絶命の防衛戦が開始された。
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ちょっと忙しかったため、推敲甘いかもです。
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