17 快進撃と貴族様
「えい!」
アルルの正拳突きにより吹っ飛んだ猪――ベベファンゴは、大きな木にぶつかり、そのまま声を上げる間もなく絶命した。
順調である。
アルルを加え戦力を増やし、図書館で勉強し召喚を強化し、訓練で確認、そして実戦である。
召喚を色々試してから、俺達はダンジョン探索をする日々を続けていた。
最初はアルルも緊張していたが、最近では大分慣れてきている。戦闘に慣れるというのは油断に繋がるのかもしれないが、今の所が大丈夫のようだ。
このダンジョンも大分進む事が出来た。といっても、まだ山の下の方だけだ。頂上までは遠いし、そこまで行けるとも思っていない。
「よし、クエストはこれで完了だな。戻るとするか」
今回のクエストは、魔物討伐だ。ベベファンゴという小さい猪を討伐するものだった。小さいと言っても、日本で見るそれより一回り大きい気がする。これで小さいというのだから、普通サイズやデカいのはどれくらいになるのだろうか。
少しずつ成長していくしかない……。
「それじゃ、Jr頼むな」
「ゴゴ……」
Jrと呼ばれた、ニメートル弱の一見すると大男。実はこれは晶人が創った召喚獣だ。
色々と試した結果、手持ちの召喚獣を元に改良する事が出来たのだ。
元になったのはスクトゥムゴーレム。これを改良する形で創ったのだが、何故か上書きされてしまい、元のスクトゥムゴーレムは呼び出せなくなっていた。
このJrはスクトゥムゴーレムを一回り小さくしたものだ。なのでJrである。それでも硬さは十分だし、なにより改良したお陰で魔力コストが良くなったのだ。休憩中などは戻す事で節約をし、ほぼ常時召喚しておく事が出来るようになった。
これにより防御面は安定し、攻撃面もアルルを加えた事で十分と言えるレベルになっている。
Jrを初めて見せた時、マリアは呆れてアルルは驚いていた。
それもそのはずだ。召喚獣としては中級から上級に位置するスクトゥムゴーレムを、小さい版とは言え創造したのだ。創造はそんなに簡単に出来るものではない。
それを知っているマリアは、呆れるのと同時に、さすがはアキと思った。
それを知らないアルルは、単に驚き、アルルのご主人様は凄い! と思った。
帰路も油断する事なく進む。
「前に、猪。二体です……」
探索に大きく貢献しているのはアルルだ。獣族故の聴力と嗅覚で、索敵と敵の発見を行っている。
「またベベファンゴか……。もう依頼分は終わっているんだけどなぁ……。まぁいるなら倒すしかないか」
「二体ならいつも通りね」
スクトゥムゴーレムが一体を受け持っている間に、残りの一体を全力で倒す作戦だ。作戦といっていいのか分からないくらいシンプルである。
向かってくるベベファンゴに対し、その作戦でぶつかろうとした、その瞬間。
どこからか飛んできた火炎がベベファンゴを襲った。そのすごい火力だ。見ると、ベベファンゴは消し炭になっており、生きてはいない。
魔物の横取りは基本的にマナー違反とされている。戦闘中の冒険者が苦戦しており、救援された場合は別だが、不干渉というのが冒険者の暗黙のルールとされている。
今回の場合で言えば、俺達はまだ戦闘中ではなかったが、明らかに俺達が戦うはずだった魔物だ。それを横から、それに何も言わずにあんな火を撃たれてはたまったものではない。下手すれば、こちらに当たっていた。
一体どこの冒険者だろうか。注意しないと駄目だろう。
そう思い、火炎が飛んできた方向を見ると、重装備のパーティ六名が立っていた。
これまでも、ダンジョン内で他の冒険者を見かけた事はある。そのどれよりも、そのパーティは重装備で、高そうな物を身に付けている。いや、一人だけその中でも軽装な男がいる。斥候役とかだろうか?
「今魔法を撃ったのはあんた達か? いきなり危ないじゃないか。あの魔物は俺達に向かっていたんだぞ」
先の通り、横取りはマナー違反である。厳密なルールではないため、絶対にやってはいけないという行為ではない。交戦中ではなかったとはいえ、あのまま行けば交戦状態になったはずである。なので、横取りではないだろうか?
別に横取りに拘っている訳ではない。他の冒険者がいるかどうかも確認せずに魔法を撃つというのは、さすがに注意せずにはいられなかった。
「冒険者がいたのか。当たらなかったんだろ? なら問題ないだろ。分かったんなら、さっさとどけ」
まさかの態度であった。
「どけってアンタ……。当たらなかったけど、いきなり魔法を撃つのか? 横取りか?」
「貴様! 我々は貴族、クニュッペル様の私兵である! 平民が貴族に意見をするのか!」
貴族の私兵だからといって、その私兵も貴族とは限らない。下級の貴族や、三男などが雇われるケースもあるが、多くは晶人と同じ平民の冒険者である。だが、貴族に雇われている時点で平民よりは位が上と思う私兵もおり、それはそれで問題視もされている。
この私兵も実はたんなる平民の冒険者ではあるが、貴族という後ろ盾があるため、このような態度を取っているのである。
「なんだ。何かあったのか?」
今の出来事を何もなかったかのような態度の男が口を出してきた。唯一の軽装の男である。
「クニュッペル様……。いえ、平民が口答えをしてきたもので……」
「ふん、平民の冒険者か。お前らが死ぬ気で魔物を倒していれば、私もこんな所に来る事もないというのに。全く、役に立たないものだ」
私兵が強気だったのも頷ける。この場に貴族がいたからだ。
貴族は平民を養い守る義務がある。知性があるものは政治で、腕力が優れているものは魔物退治を行い、平民を守る。
だが、どの貴族もそうとは限らない。何の力も持たず、貴族という地位だけを与えられている者もいる。そういった貴族でも、何かはしないといけない。成果を出さなければ、貴族としての馬鹿にされるだけでなく、下手をすれば爵位を下げられるという事もありうる。
そのため、知性も腕力も乏しい貴族は、金を使い、私兵を雇って魔物退治を行っている。雇った私兵が活躍すれば、雇い主である貴族の功績になるのだ。
だが、私兵だけに任せっきりという訳にもいかない。一月に一度くらいは、貴族本人も現場に赴き、アピールをしないといけないのだ。その一人がクニュッペルであり、クニュッペルにとってはそれが今日であり、ダンジョンに嫌々ながらも来ている訳だった。
「貴族……様でしたか。……すみませんでした」
さすがに貴族相手に文句を言う訳にはいかないか。
このダンジョンにもしばらく通っているけれど、貴族関連と接触したのは初めてだ。いつもは遠巻きに見るだけで、関わってはいない。
だけど、目の前にいるのは、その貴族様だ。対立してはまずい。相手の機嫌を損ねないようにしないといけない。とりあえず謝っておけばいいかな。
「分かったならさっさと……そういえば、貴様ら。これから戻るのか?」
貴族様本人は、嫌味を言っただけで、特に絡んでこなかった。嫌な態度を取ってきて私兵も、どうやら許しくくれるようだ。よかった。
「はい。クエストは完遂しましたので、戻る途中です」
このまま邪魔にならないように帰ろうと思っていたのだが、何か問題があるのだろうか。
「ほぅ。クエストは何だ? 素材系か?」
「いえ、討伐です。ベベファンゴ一○体です」
「そうか、討伐か。なら素材は不要だな。喜べ、平民! お前らはクニュッペル様の役に立つのだ!」
この人は何を言っているのだろうか? 別に貴族の役に立ちたくないし、早くこの状況から脱したいのだが。
「クニュッペル様。先ほどの平民が魔物の素材を渡したいと進言してきました。いかがなさいますか?」
「ふん。平民にしては良い考えだな。これも私の人徳が成せる事だな。私の功績だな」
「承知致しました」
この人達は何を言っているのだろうか。確かに討伐クエストには素材は不要だ。だけど、別途納品クエストがあれば、それも達成出来るし、無ければ売ってもいい。不要なんてことはない。
「よし、お前ら。集めた素材を置いていけ。クニュッペル様のご命令だ」
そんなの嫌だった。渡したくなかった。
でも拒否をしていれば、貴族に逆らうって事になるんだろう。なので、ベベファンゴの素材を全部、私兵に渡した。
「はぁ……。ごめんな、二人とも。何の相談もせずに」
「あれはああするしか無かったわよ。逆らうと何があるか分からないし。それに、クエスト自体は達成出来てるじゃない。だから気にしないで」」
「そう言ってくれると助かるよ」
素材を渡し貴族も私兵も去った後、冒険者ギルドに戻り、討伐のクエストのみの報告のみを行った。素材が何も無い事は、特に不思議がられなかった。
よくある事なんだろうか……。出来ればもう会いたくないんだが、ダンジョンにいれば会ってしまうのかなぁ。仮に、素材系のクエストを俺達が受けていたとしても、素材を全部巻き上げられていただろう。
こんなんで苦情は出ない――んだろうな。だって貴族だし。逆らうと命の保証はないらしいし。だから、素材だけで済んで良かったと思うしかない。
ご意見ご感想があれば嬉しいです。




