15 ファッションとマリアの配慮
「それじゃ、服を買いに行きましょう」
「は、はい。ありがとうございます、マリア様」
「お礼ならアキに言う事ね。ほら、行くわよ」
アキと別行動で、奴隷――アルルと買い物に行く事になった。二人なのは、ワタシがそうしたかったから。
大丈夫だとは思うけれど、アルルの事も良く分からないし、話し合いもしたい。だからアキには図書館に行って貰った。
(その前に、さすがに服よね……)
アルルの服は、昨日から変わっていない。まるで入院中の患者が着るかのような上から被る形のローブで、服と言っていいのか分からない物だった。
来たのは冒険者ギルドにも近い、西側のエリア。この辺りは冒険者向けの店が多く、安くてしっかりとした物が多い。
(前にアキと二人で散歩したときに、見つけておいたのよね。このエリアにしては可愛い服があったし、それに安いみたいだし)
あの散歩は楽しかった。前の街でもアキと二人で散歩した事もあったけど、この王都は広いし色々なお店があるしで楽しかったわね。またアキと歩きたかったけど、もう二人きりっていうのは無理そうね……。
ダンジョン探索が難しいのも分かってるし、召喚獣を増やすとアキの負担が増えるのも分かってはいたけど、でも女の子奴隷を買うなんて驚いたわ。でもアキのそのつもりが無いって分かったから、まずは一安心なのだけど……。
「あ、あの……。本当にこんなお店の、服でいいの、でしょうか?」
「大丈夫よ。アキもきっとそう言うと思うわ。と言っても、ワタシも来るのは初めてなんだけどね」
客も多いし、服も多そうだし、前はチラっと見ただけだったけど、やっぱりいいお店みたいね。
マリア達が入った店は、女の子向けの可愛くて、なのに値段が安い服を取り扱っている店だ。淑女向けの服はなく、ティーンズ向けの店と言える。ここだけで上から下まで全部揃うという、庶民にはありがたい店だった。
(さて……ワタシの服も見てみたいけど、やっぱりこの子からね。このサイズだと……)
「そういえば、アナタはどんな服がいいのかしら? 色々置いてあるみたいだけど、好みとかあるわよね?」
結構なサイズが取り揃えられているし、デザインや色も様々。さすがに高級感は無いし、値段相応という感じかしらね。
「私は……、なんでも、いいです」
「なんでもじゃ分からないわ……。でもそうね、動きやすい感じの服がいいかしらね。スカートよりはパンツかしら」
「は、はい」
(とりあえずワタシが選んでいいのかしらね。自分の意思というか欲望がないのかしら。奴隷って全部がこうなのかしら? それともこの子が特別そうなのかしら)
奴隷といえど、このような服を買って貰うのは珍しい事ではなかった。あまりにも見た目が悪いと、その主人の質も知れる事になるためだ。
(とりあえず、ボトムスはスカートではなくてパンツで決まりね。あまり派手なのは置いていないし、全体的にシンプルな感じになるかしら。パンツも色々あるわね……。足首までの長いのや膝下までの、膝上も長さが色々ね)
女の子向け専門の服屋だけあって、その品揃えは充実していた。
と言っても、値段相応の庶民向けの店のため、シンプルな服が多い。そのため、コーディネート力が試される場でもあった。
ある程度高級な服屋ならば、店員に聞けばおすすめを教えてくれるし、見繕ってもくれる。マネキンのように立っているだけで自分に合った服を選んでくれる店員もいるほどだ。
しかしここは庶民派、大衆の服屋だ。店員は最低限しかいないし、声も掛けて来ない。在庫確認などは聞けば対応してくれるが、コーディネートまではしてくれないのが普通である。
そのコーディネート力だが、マリアにはその力があった。無論、召喚獣としての力である。相手の服を選ぶ、そういうのも彼女たる能力でもあった。
今回、それが発揮される相手が主ではなくアルルというのが悲しい所だ。
「うん、こんな感じかしら。ちょっと着てみてよ」
「か、畏まりました」
マリアは選んだのは、トップスとボトムス、それにインナーが三着ずつだった。シンプルで、うまく組み合わせれば三通り以上も楽しめるチョイスであった。
店内には試着室もあり、選んだ服がすぐに試せる。地球でも異世界でも、このような店には同じようなサービスが生まれているのであった。
「どうかしら? 着れた?」
「えっと……、その……」
(何か問題があったのかしら?)
試着室に入り一向に出てこないアルルに対して、少し心配になり始めたマリアであったが、さすがに試薬室の中を見ていいのかどうか躊躇していた。
(……女同士だし、見ていいわよね?)
これが、外にいるのが男性ならば、そもそも試着室の前で待っている時点で怪しい。しかし、マリアは女性であり、服を選んだ本人である。近くに店員はいるものの、マリアの事を不審がっていない。
「何かあったの? 開けるわよ?」
一応、そう声を掛けてから試着室を覗き見ると、そこには下半身が下着姿のアルルが立っていた。
「あら? サイズが合わなかっ……あぁ、そういう事ね」
最初はサイズが合わなくて困っているのだと思ったが、すぐにそれは間違えだと気づくことが出来た。
マリアにはなく、アルルにはある、獣族の象徴たる尻尾の存在である。
服を着る上で、耳は問題ないが、尻尾は大きく影響が出てしまう。
そのモフモフの尻尾は、人族用のパンツには収まることが出来ずにいた。無理に履こうとしれば、服が傷むか尻尾が痛くなる。
「ご迷惑を、お掛け、しました。服、ありがとうございます」
「あぁ、いいわよ。お礼はアキにね」
服一式を購入したマリア達は、休憩がてらお茶を飲んでいた。
「でも、服屋ってこんな事もしてくれるのね」
アルルの服と尻尾の問題は、店員がすぐに察し、解決してくれた。
なんてことはない。獣族など尻尾がある種族などのために、それ用の穴を開けるサービスがあるのだ。
下着類が穴を開けなくても平気だったが、パンツ類は開けないと駄目だったため、そのサービスを利用した。
「でも良いのが買えたわ。似合っていたわよ」
「ありがとう、ございます」
マリアのコーディネートは完璧だった。服に加え、靴下や靴といった物もその服屋で一緒に購入し、買い物は一段落した。
(とりあえずはいいかしらね。服とか全部買ったし……。武器とかはさすがにアキがいたほうがいいわよね。その他の冒険者向けのもアキと一緒の時ね)
買い忘れはないかどうか考えていたマリアであった。ひとまずの目的は完遂したと言えるだろう。
(どう切り出そうかしらね……。やっぱり無難に今日の服の話? いきなり奴隷云々は重いわよね)
なので、もっと大事な目的――アルルとの交流をしようと考えていたが、初球はアルルから投げられた。
「マリア様は、アキヒト様の奥様、なのですか?」
冒険者同士が夫婦になるケースは珍しくない。苦楽を共に、一緒の時間を過ごす。それが男女ならば惹かれ合う事もあるだろう。
昌人とマリアは仲が良いように見えるため、そうアルルが勘違いしてしまうのも不思議ではなかった。
(いきなり核心を突いてくるわね……)
マリアと昌人は夫婦ではない。ただの冒険者同時で、召喚主と召喚獣の関係だった。無論、その事実をここで伝える訳にもいかない。
「違うわ。ただの冒険者のパーティよ。どうしてそう思ったのかしら?」
「とても、信頼しあって、仲がいい、からです」
「それは冒険者のパーティだからね。信頼しないと生きていけないわよ。あ、でも仲が良いのは気が合うかしらね」
「そう、ですか」
実の所、マリアはアルルの勘違いに喜んでいた。夫婦と勘違いされたのは少し行き過ぎていたが、信頼しあっている、仲が良いというのは、召喚獣としてもマリアとしても思わず頬が緩む事であった。
(夫婦か……。でもワタシにはそれは無理な関係よね)
「アナタにもパーティとしてダンジョンとかに行ってもらうと思うけど、その時はよろしくね。細かい事はアキと一緒の時だけど、前衛同士頑張りましょう」
今回のマリノの目的――アルルとの交流は、前衛同士、女同士という意味だ。
「それと……奴隷にも優しいと思うけど、それはアキが優しい人だからね。だからといって、昨日みたいな事はしちゃ駄目よ。そういうつもりでアナタを買った訳じゃないんだしね」
昨晩、裸で迫ったアルルの事を話に出し、釘を刺すマリア。これもパーティとして、女同士としてのコミュニケーションなのである。
「は、はい。分かり、ました」
「だから安心していいわよ。もしアキがアナタを襲う事があったら、ワタシが止めてあげるわ」
(うーん……。まだぎこちないかしら)
晶人が奴隷と関わるのは初めてだ。そんな晶人のために、マリアは少しでもアルルと打ち解けようと考えていた。無論、マリアも奴隷と関わるのは、アルルが初めてなのだが。
「……馴れ合えとは言わないけど、ワタシはアナタともっと仲良くなりたいわ。女同士なんだし、ね」
「は、はい。私も頑張り、ます」
「奴隷だからって、ワタシもアキも変な扱いはしないわ。だから少しずつでもいいから、ね。緊張しなくていいのよ」
アルルがこんな喋り方なのは、元来そうなのか、それとも緊張のせいなのかマリアには分からなかった。だけど、恐らく後者だと感じていた。打ち解ければ、もっと元気に話してくれるはず。
(元気な方がアキも喜ぶだろうし、ね)
「ありがとう、ございます」
「さ、それじゃそろそろ戻りましょうか」
「はい! マリア様!」
(少しは仲良くなれたかしら……。でも、マリア様って慣れないわね……。アキの気持ちが分かるわ)
ご意見ご感想があれば嬉しいです。
服とか考えるの辛いですね。ニッセンとかみてるけど、履歴が怪しくな…った。




