12 名前と誤解
三人で宿に到着した。
どうも気まずい。マリアは無言だし、獣族の女の子も黙って付いて来ている。一言の会話もないまま到着してしまった。
「さ、さて、ここが泊まっている宿なんだけど……、あ、部屋変えないとまずいか」
今の部屋は二人用だ。だよな? ベッドは二つだし、俺達二人なんだし、そのはずだ。
だけど三人になってしまったので、部屋を変えないといけないだろう。
「私は……床で大丈夫です……」
やっと喋ったと思ったら、とんでもない事を言い出すな、この子は。女の子なんだし、きちんとベッドで寝ないとダメだろうに。
「いやいや、そんなんじゃダメだよ」
「でも……私、奴隷です……」
「アキ、多分そういう事よ」
うーん? 奴隷ってそういう待遇なのか? 衣食住を提供しないとって話だけど、ベッドは床でもいいのか?
宿の人にも、三人になったので部屋を変えたいと言ったけど、増えてのが奴隷だと分かると、それはちょっと……みたいな対応をされた。
用意してもいいけど、そこまでの待遇はおかしいですよと、暗に教えられたのだ。
なら、二人をそれぞれベッドで、俺がソファとかでいいかと提案したのだが、さすがにそれはと怒られてしまった。
協議の結果、マリアと女の子が二人で寝て、俺が一人で寝るという形になった。
「でもいいのか? 狭くない?」
「いえ……。あの、私なんかがベッドを使わせて頂いてよろしいのでしょうか?」
「アキ――ご主人様がいいって言ってるんだし、いいのよ」
ご主人様って……。
「ご主人がそう仰るのでしたら……」
だからご主人さまって……。
「まずはだな。ベッドは使っていいよ。狭いかもしれないけどな。後、ご主人様って止めてくれ。俺は、あー。そういえば自己紹介ってしてないか?」
うっかりしていた。女の子の名前も知らないし、互いに自己紹介もしていなかった。
「今更だけど……。俺は昌人だ。普通に呼んでくれればいいから。で、こっちがマリアだ。俺のパーティメンバーだな」
「よろしくね」
「それで、君の名前は?」
「アル、と呼ばれていました」
「呼ばれていた? それじゃ他に名前があるのか?」
通称なのか、それとも番号なのか分からないけど、本当の名前ではないのか?
「名前は……無いんです。……覚えていません」
辿々しくではあるが、アルの話はこうだった。
昔――もっと小さい頃に、大怪我を負ってしまったそうだ。その後誰かに治療をして貰って、気がついたら怪我は治っていたけど、それ以前の記憶が思い出せなくなっていたそうだ。
住んでいた村も名前も親の事も、丸っきり思い出せなくなってしまった。
それからは、なんとか必死に生きてきたけど、どうにもならなくなって奴隷になってしまった、という事だった。
名前がないというのも不便なので、奴隷商店ではアルと呼ばれていたらしい。
ちなみに、初めて買われたらしい。いつもスルーされてしまい、売れ残っていたのだ。
「なるほど……な。そういう事だったのか。じゃあ俺らもアルって呼んだほうがいいかな」
結構重い過去で驚いた。まだ小さいのに、なんという苦労な人生なんだろう。可哀想だ。まだ小学生高学年くらいの年齢に見えるのに……。
「いえ……。ご主人様のお好きなようにお呼びください」
「いやだから、ご主人様は止めて欲しいんだけど」
「では……アキヒト様、です」
様付けもなんか歯痒いし慣れないけど、ここは平行線なので、俺が折れた。
ともあれ、アルのままでもいいと思うが、もっと女の子らしい可愛い名前にしてもいいかなと思う。
アルだけでは、なんかの語尾の口癖みたいだし。
かと言って、変えすぎてしまうのもアルに可哀想だ。ここは似た感じというか、加える形にしよう。
「そうだな、アルルってのはどうだ?」
一文字しか加えていないが、少しは可愛らしい感じになったはずだ。
「アルル……。ありがとう、ございます。私はアルル、です」
「良かった。それじゃ、これからよろしく……アルル?」
ただの呼び名を変えただけのはずだった。それなのに、アルルに異変が起こった。
「なんか少し光ってないか?」
「……え? 本当、です。私、どうして、しまったんでしょう」
「アルルの魔法とかじゃないのか?」
「私は……使えません」
一体なんだ? 目が眩むほどではないが、明るく輝いている。どこかで見たような気もするんだが……。
「マリアは何か分かるか?」
この世界の事なら俺よりも詳しいはずのマリアだが、声を掛けつつ振り向くと、驚きの表情をしていた。
「マリア? これ、知ってる?」
「……知っているわ。アキも知っているはずよ」
確かにどこかで見た事がある光に似ている気がする。でも思い出せない。
「ワタシがマリアになった時よ。少し光が弱いけど、多分同じはずよ」
マリアがマリアになった時?マリアはマリアだろう……!
そこでやっと気付いた。思い出した。
「そうか、契約か! でも、アルルは召喚獣じゃない……だろ? なんでだ?」
この光は召喚獣の契約の時の光だ。マリアにマリアと名付けた時、こんな風に光ったと思う。もっと光は強かったはずだけど。
「それは……分からないわ。奴隷は関係ないはずだし……。召喚獣であるはずもないし……」
そう、召喚獣であるはずがないのだ。
召喚獣ならば、主無しでこの世に留まっていられないはずだ。魔力が無ければ召喚を維持出来ないし、無くなれば強制的に戻される。
燃費が良いとか、他から供給されているという事かもしれないが……。
「あ、あの……。私、消えちゃうんですか?」
アルルの光は収まってきたが、それでも今の状態に不安そうにしているようだ。それもそうだろう。良く分からない人に買われて、名前を付けて貰ったら、自分が光ったのだ。
「いや、アルルは大丈夫だよ。その光は召喚獣の契約の時の光なんだけど……何か分からないかい?」
「何も、分かりません……。すみません……」
さて、困った。こういう時、どうしたらいいのだろうか?
「明日にでも、冒険者ギルドで調べてみるか? 何か見つかるといいけど」
一応、冒険者ギルドなので、色々な本が置いてある。主に、ダンジョンや魔物に付いてだが、何か見つかるかもしれない。
「それでしたら……、図書館が、いいです。先輩が、分からないこ時は図書館、そう言っていました」
「そうか! 明日行ってみるか」
図書館の存在を忘れていた。冒険者ギルドよりも、多くの本があるだろう。召喚獣の本もあるのかな?
俺達もアルル自身も何も分からないままだが、光も収まったし、アルル本人にも異常はないということなので、保留にした。
気にはなるが、本人の記憶も無いということだし、情報が無さ過ぎるのだ。細かい事は、図書館に行くしかない。
気を取り直して、今日はもうゆっくりすることにした。
食事を取りに行った時に、アルルにも同じメニューを頼もうとしたら、恐縮してしまったのは驚いた。
どうも、奴隷をそこまで優遇するのは珍しいようだ。
差別というか、区別するのは俺が嫌なので、強引に食べさせた。同じ席に座り、同じメニューを食べたのだ。
お腹も膨れたし、少し早いけど、もう寝てしまおうという事にした。
初めての奴隷商店に行って、精神的にも肉体的にも疲れていたのだ。
「それじゃ、シャワー浴びてくるわ」
「……行ってらっしゃい」
そう。この宿には、部屋に風呂があるのだ。湯船は無く、シャワーだけではあるが、立派な風呂だ。
何かの魔法道具のような物があり、ここから水が出る。残念なのは、水ということだ。お湯は無理らしい……。
それでも、ありがたい設備だ。水だけだし、石鹸もないけど、これで体を洗うのだ。
「ふぅ……。気持ちよかった」
ちなみに、マリアは利用しない。最初は俺も勧めたけど、召喚獣には不要と言われてしまったので、それ以降は聞いていない。汚れは魔力で綺麗になるからだ。
「アルルは……シャワー使うか?」
「……はい、頂きます」
食事の時と同様、遠慮すると思っていたけど、意外にあっさりとシャワーに向かっていった。
理由は分からないけど、女の子なんだしシャワーは毎日のがいいだろう。
「……ワタシは部屋の外にいたほうがいいのかしら?」
「え? なんでだよ。もう寝るだけだろ?」
「……そうね」
……マリアがなんか不機嫌に見えるけど、何かしただろうか? マリアにもシャワーを聞くべきだったのか? でも今まで使ってこなかったしなぁ。
気まずい空気の中、アルルのシャワーの音だけが聞こえる。
……女の子のシャワーの音を聞くのは、なんだか恥ずかしい。
しばらくして、シャワーの音が止まった。
「ア、アルル。シャワーはどうだったって?!」
「ア、アキヒト様……。アルルは胸も小さい、です。初めてです、けど、頑張ります」
アルルは産まれたままの姿だった。裸だった。
「いや、とにかく服を着てくれ」
慌てて目を逸らすが、少し見えてしまった。
身長も低く、小学生か中学生の境目くらいにしか見えない。胸も、そして下も少し見えてしまったが、すごく女の子の体だった。
ケモ耳と尻尾はあるけど、それでも生の女の子の裸なんて見たことがない。初めてだ。慌てもする。
「アキヒト様……? あの……服、着たままですか?」
「アキ……。アキは、そのために買ったんじゃないの?」
「そのためって? ともかく、服は着たのか? もうそっち向いても平気?」
「はぁ……。ワタシの勘違いだったみたいね。もう大丈夫よ」
マリアの言葉通り、アルルは服を着ていた。さっきまで着ていた服だ。
「あー、ビックリした……。あぁ、そうか。替えの服とかないのか。買いに行かないとな。今日はそれで我慢してくれ」
俺の服は買ってあるし、マリアはそもそも不要だ。召喚獣って便利すぎる。
だが、アルルの服は、奴隷商店から来ているローブみたいな服だけだった。替えがないから裸だったのか? お子様か!
「あの……。アキヒト様は、抱かない、んですか?」
「抱く? 抱くって……。え?」
抱くってそういう事? だってアルルはまだ子どもだろ? それに、今日会ったばかりなんだし、そんな事は出来ないし、しない。
「どうも誤解があるようだから言っておくわ。アキは娼婦用としてアルルを買ったんじゃないのよ、多分。女の子を買うから、そうだとワタシも思っていたんだけどね」
娼……婦? ってつまり……。そういうのありなのか? いいのか? だから裸だったのか?
「アキ。奴隷の女を買うってことは、そういう事もあるのよ。だから、奴隷商店の人もまだ小さいって言っていたじゃない。あれ、胸とか体の事よ」
……まさか、異世界がここまでだとは。
大きな誤解があったようだ。
「えーと。俺はアルルをそういうつもり――娼婦とかの目的で買った訳じゃない。そりゃ、可愛いけどさ。純粋にパーティの戦力としてだ。誤解させてすまない」
確かにアルルは可愛いし、ケモ耳だ。男としては放っておけないだろうけど、歳下だし、俺にはそういうのはない。まぁ、アルルくらいの年齢が好きって人も多いのかもしれないけど。
でも、犯罪です。お巡りさんです。
「だから、アルルはそんな事しなくていい。あー、服とかは明日買いに行こうか」
「はい、分かりました。私も、初めてだったので、怖かった、です……」
「良かったわ。アキがそのつもりで買ったと、ずっと思っていたから。でもそうじゃないのね」
「だって、アルルはさすがにまだ子どもだろ?」
「うん、そうね。良かったわ」
一騒動あり、またもや疲れてしまった。
そうか、奴隷ってそういう事なのか……。
なら冒険者向けじゃなくて、そういう用途のを奴隷商店にお願いすれば……。そういう事が出来るのか? ハーレムも出来るのか? いいなぁ……。でも高いんだろうな……。
「それじゃ……寝ようか。なんか疲れた」
「えぇ、お休みね」
「本当に、ベッドで……。ありがとうございます」
今度は上機嫌になったマリアと、ベッドで寝れる事に上機嫌なアルルの隣のベッドで、疲れを癒やすために眠る、昌人であった。
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