11 慣れと奴隷
冒険者ギルドの受付のお姉さんとマリアとの相談の翌日、俺達は奴隷商店に来ていた。
「来てしまった……けど、ここでいいんだよな?」
「ここのはずよ?」
店の前。もっと怖そうな雰囲気だと想像していたけど、俺の目の前にあるのは、別の意味で近寄りがたい雰囲気だった。
店の前には黒服の従業員――門番なのだろうか? 目を光らせている感じで近寄りがたい。どこかの高級店か、もしくは一見さんお断りという雰囲気だ。
どうして王都って奴は、こんな店が多いんだ。
入り口に近づくと、黒服の人がギロリとこちらを見てくるが、ドアを開けてくれて迎えてくれた。
お客様と認められたのだろうか……。
奴隷商店は正式に認められている商店である。そのため、こそこそしないで、堂々で商売をしている。ここ王都には、そんな奴隷商店がいくつか存在している。
冒険者や商人などが客であり、それぞれ店ごとに特色が現れている。貴族向けの奴隷商店もあり、それは貴族街に存在するため、昌人達には縁がない所である。
今、昌人達のいる奴隷商店はそんな王都の中でも、平民向けとして優良とされている奴隷商店である。冒険者ギルドとも提携をしており、安心安全の取引が行える。
もちろん、中には犯罪ギリギリの取引を行っている商店もあるが、グレーなゾーンのため、あまり表立ってはいない。
ドアを開けて迎えられてしまったため、もう後が無いと考え、思い切って店の中に入ってしまった。
中は……意外と狭い。すぐ目の前にカウンターがあり、数人でいっぱいになってしまうほどだ。
「いらっしゃいませ。お二方は当店は初めてでございますね?」
カウンターの中にいた初老の男性が声を掛けてきた。
確かに初めてだけど、客の顔を覚えているのだろうか。驚きだ。
「え、あ。はい、そうです」
「ありがとうございます。本日はどのような奴隷をお探しでしょうか?」
「えっと……冒険者を一人探しています。いい人がいたらパーティに加えようかなと。あ、そうだ。これを」
王都に来たばかりの時に、冒険者ギルドで貰った紹介状を渡す。これで何が変わるのか知らないけど、紹介状なのだ。
……そういえば、奴隷って高いのかな? 安くなったりするかな……。手持ちは金貨四九枚と小銭が少しだ。
「お預かり致します……。畏まりました。冒険者でございますね? 申し遅れました。私、当奴隷商店の支配人をしております、ヴェンデル・ロイスナーと申します。以後、御見知り置きを。それでは、こちらへどうぞ。お部屋へご案内致します」
「え? はい、分かりました」
まさかの支配人と来たものだ。他に従業員はいないのだろうか? そんなはずはない。一人とやっていける規模ではないだろう。つまり、たまたま支配人に当たってしまったという事だろう。
それに、苗字を名乗っていた。この世界では、苗字を持つのは、貴族とか偉い人だけだった気がする。という事は、少なくとも平民ではないのだろう。そんな人が奴隷商店の支配人で、平民区画で営んでいるのは驚きだった。
案内された部屋は、まるで客を迎えるかのような応接室のような部屋だった。テーブルにソファ、そして壁の一面がガラスのように透明だ。
まぁ、俺達は客ではあるのだが、こういうもてなし方をされるとは思っていなかった。
それにいつも思うのだが、店の人とか第三者と話す際に、マリアはあまり喋らない。というか、あまり会話に入ってこないのだ。人見知りをするという訳でもないと思うし、単に交渉役を俺に任せているというのが近いのかもしれない。
歩く時も、俺の三歩ほど後ろを着いて来るのだ。
「それでは、どのような冒険者をお探しでしょうか? ご要望がおありですか?」
宿屋でマリアとも相談したが、やはり前衛タイプにすることにした。
スクトゥムゴーレムの代わりになるくらいの人材がいればいいが、ベアルカスの役割を担ってくれるのでもいい。
つまり、俺の召喚を減らせればいい訳だ。
「前衛です。出来れば盾を持ってくれるのがいいですけど、防御力があれば問題ないです」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」
希望を伝えると、支配人さんはガラスがある側のドアから出て行った。
これから連れてくるのだろう、奴隷を。緊張してきた。
しばらく待っていると、透明な壁に人が現れた。一人や二人ではない、ぞろぞろと六人が現れ、そして整列している。
まるで、ショーウィンドウに並ぶマネキンのようだ。
それとは別に、さきほどの支配人さんはドアから現れた。
「前衛の冒険者をお探しとの事でしたので、見繕って参りました。それでは説明致します」
どうやら、壁の向こうにいるのが奴隷のようだ。同じ部屋には入れないのだろう。
「まずは向かって一番右の男性です。こちらは元冒険者でランクはDでございます。盾をメインに前衛をしており、耐久は抜群ですし、力もございます。元冒険者としての知識や経験も、きっと役立つ事でしょう」
支配人さんが丁寧に説明をしてくれる。
元冒険者で盾持ちの前衛。こちらの要求を完璧に満たしている人材だ。初っ端からいい人材を紹介してくるとは、意外だった。
完璧の人材なんだけど……。見た目がごつい。というか、怖い。近づくと恫喝されそうだし、普通なら近寄りたくもないし、そんな機会もない感じだ。
「続いて、その隣の男性ですが……」
支配人さんの説明は続く。
どれも元冒険者だったり力自慢だったりと、優秀な人材ばかりのようだ。その中でも、一番最後の人が一番優秀に聞こえた。
最初の人も凄かったけど、最後の人は同等の盾使いに加え、簡単な回復魔法を使えるらしい。盾持ちで回復魔法ありということだ。鉄壁と言えるだろう。差し詰め、パラディンといったところだろうか。
でも、お高いんでしょう?
「うーん……。ちなみに、一番最後の方っていくらですか?」
奴隷の購入。人を買うという事。値段。これら今まで縁が無かったシステムだ。
普通なら、気負いしたりするんだろうけど、腹を括ったからなのか、それともこの世界に慣れてきているのか。意外に大丈夫な自分がいた。
「最後ですと、金貨一〇〇枚となっております。やはり、回復魔法が使えるとなると、お高くなってしまいます」
……やっぱ高いじゃないか! なんだよ、金貨一〇〇枚って。大金じゃないか! 払える訳ないだろ!
「高いですね……。あはは……」
やばい。奴隷って物凄い高い。こんなの、払えないぞ。
いやでも、あの人が一番高いんだろう。そうなると、上限が金貨一〇〇枚ということになる。ならば、まだ活路はあるんじゃないか?
「もう少し安めの人っていないでしょうか? 例えば一番右の人とか」
「彼は魔法が使えませんが、それでも優秀ですので、金貨七〇枚となっております」
……完璧に予算オーバーだ。
その他も何人か値段を聞いたが、一番安いのでも金貨五〇枚だった。
これは、申し訳ないけど……。お金が足りないぞ……。意気込んで来たのに、予算不足って、恥ずかしい。
でもここは素直にこの六人は無理と告げるしかない。
無理な理由は他にもある。この六人は全員が男なのだ。
別に性別はどっちでもいい。けど、目の前にいる六人は全員がごつい。いかつい。フットボールとかでもするんじゃないかってくらいの巨体だし、怖い。
盾役としては十分な体格なんだろうけど、それでもあの人達と一緒に冒険って、想像が付かない。
「あの、すみません。ちょっと予算が厳しいです……。後もう少し安いのがいいです。後、ちょっと皆さん怖いというか、もう少し親しみやすそうな人はいないでしょうか? 女性でもいいので」
素直に俺の意志を伝える。その時に、マリアがぴくっと動いた気がした。
そうだよな。そりゃマリアだって、ごつい男よりも普通の体格の男がいいだろう。叶うならば、同姓のほうがいいはずだ。
……マリアに男を近づけたくないって気持ちも、少なからずあったりするのだが。だって、あんな巨体な男と可憐なマリアが並んで立っていたら、どっからどうみても事案だ。お巡りさん、ここです! って叫びたくなる。
「そうでございましたか……。盾持ちをご希望されておりましたので……。それでは別の者を準備致します。少々お待ち下さいませ」
支配人さんがドアから出て、六人のごつい男性も奥へと消えていった。
しばらく待っていると、先ほどと同様に、六人の男女が登場し、支配人さんも現れた。
「お待たせ致しました。それでは説明させて頂きます」
支配人さんの説明が始まる。
最初の六人よりも、幾分華奢な人が多い。それでも、俺よりも体格はいいし、見るからに強そうだ。
女の人もいるけど、これも皆強そうで、実際に強いみたいだ。
説明の中には、能力値もあった。冒険者向けの奴隷は、冒険者登録がされていて、能力値も奴隷を買う上での参考となる。
「こちらも元冒険者です。女性ですが、剣を扱う前衛です。防御面では幾らか落ちますが、それでも撃たれ強いでしょう」
最初の六人は盾メインの前衛だったが、今の六人は盾はサブだったり、攻撃系の前衛が多いみたいだ。それでも前衛に変わりないし、俺なんかよりも撃たれ強いだろう。
最初はスクトゥムゴーレムで、今はベアルカスみたいな感じだろうか。
説明は続く。が、俺には気になっている所がある。
最後の一人だ。
小さい女の子なのだ。
俺よりも幼く、マリアよりも幼く見える。ミネットよりも歳は下じゃないだろうか。
そして、耳が付いているのだ。いや、耳は誰にでもあるだろうけど、その子はケモ耳だったのだ。そして、尻尾も付いている。
そんな子が前衛で、そして……奴隷なのだ。
「そして最後ですが……。まだ小さいですが、獣族ですので力と素早さは長けています。多少は撃たれ強い事でしょう。武器は手甲ですね。接近戦が得意です」
小さいけど、ここにいるということは、前衛として優秀なのだろうか。能力値は可もなく不可もない感じだが……。
だけど、何かこの子には惹かれるというか、気になるというか。他の人とは違う、そんな感じがするのだ。
「いかがでしょうか? どれもまだまだこれから成長の余地がある人材でございます。お値段も、先ほどよりもお安くなっております。気になる者はいましたでしょうか?」
最後の子の説明も終わり、これで全員終わった。
途中、あんまり聞いていなかったわ……。
うーん……。ステータスは口頭でも説明してくれたし、書き写したものが貼られている。
それを見る限りでは、一番右の男性が数値が高く、順番に下がっていき、小さな獣人の子は一番低い。それでも力とかは俺よりも高いのが嬉しいやら悲しいやら。
全体的に、前衛という事もあり魔力は低めだ。金貨一〇〇枚さんのように魔法が使える人はいないみたいだ。
まぁ魔法が使えたら、値段が高くなってしまうし、それならさっきのグループで紹介されているはずだ。
色々と悩んだが、ここは自分の気持ちに素直になってみる。
「あの……。最後の子って幾らでしょうか?」
「最後のですか……? 紹介は致しましたが、前衛としては力不足ではないでしょうか? これから成長に期待されているかもしれませんが、年齢も若すぎますし、背も小さいです。芽吹きのは大分先になってしまうかと思われますが……」
「いえ、構いません。いくらですか?」
「失礼致しました。金貨一五枚となっております。冒険者用としてもこれからで、まだ小さいため、そういった方にも需要が低いものですから……。大分お安くさせて頂いております」
一五枚! さっきのグループよりも大分安い。これならお金も足りるし、買うとしたらこの辺りじゃないだろうか。
確かに冒険者用の奴隷としてはまだまだなんだろう。最後のはよく分からなかったけど。
思わず買いますと言いそうになったが、ここはマリアの意見も聞いてみる。実際に遊撃として前衛と絡むのはマリアだし。
「えっと、ちょっと相談します」
支配人さんに聞こえないように、小さな声で相談だ。
「正直、奴隷がこんなに高いと思っていなかったわ。最後の子なら足りるけど、マリアはどう思う?」
他の五人の値段は聞いていないけど、あの子よりも高いだろう。手持ちは金貨五○枚に届かないくらいだ。今後の事も考えて、残しておかないといけない。
それも含めての相談なのだが、何故かマリアは不機嫌だった。
「えーっと、マリア? どうかな?」
「……アキはあの獣族の女の子が欲しいの? 獣族がいいの? 他にも強そうな男がいるじゃない」
どうも一番弱そうな子を買おうとしていることにご立腹のようだ。それもそうだ。弱ければ意味がないし、俺もマリアにも負担になる。
「うーん。まぁそうなんだけど……。なんか気になるというか、うまく説明出来ないけど、なんか他とは違う感じがするんだ」
良くは分からない。あの子が部屋に来た時から、何か気になっていた。
「……そんなにあの子がいいの?」
「そんなに嫌か? なら他の人にするか……」
そこまで反対されるとは思っていなかったから少しショックだった。まぁ弱いより強い方がいいし、このグループなら全員とは言えないけど、親しみやすい感じはするし、一人ずつ値段を確認するかな。
「アキがいいならワタシはいいわ。アキが選んだんだし」
と思っていたのに、良く分からないけど、マリアも納得してくれたみたいだ。
正直、なんでここまで自分があの子に固執するのは分からないけど、それでも気になるのだ。
「決まりました。あの獣族の子をお願いします」
支配人さんに金貨一五枚を払い、奴隷契約を行う。
首輪のようなもので、魔法道具の一種だそうだ。奴隷が主人に逆らわないために行うらしい。
奴隷は、主人に逆らえない。逆らえば、首輪が絞まったり、力を奪う効果が発動する。主人の不利益になる事も出来ないし、勝手な事も出来ない。
反面、主人は奴隷を無為に痛めつける事もしてはいけないし、衣食住をしっかり提供しないといけない。
奴隷と言えど人なのだ。
「完了致しました。それではこちらがお買い上げになった奴隷でございます。今後もよろしくお願い致します」
「はい。えっと、また機会があればお願いします」
もう奴隷を買う事もないだろうけど、社交辞令で返答をする。
これでパーティとしては三人だし、なによりお金が足りないだろう。今回は金貨一五枚で済んだから良かったけど。
入る時は二人だったが、出る時は三人だ。まさか本当に奴隷を買うなんて、俺自身信じられなかった。
「えーっと、とりあえず宿に戻るか? なんか疲れたし」
「そう……ね。わかったわ」
「ほら、君も行こうか。俺達が使っている宿があるんだけど、とりあえず休憩しよう」
「は、はい。かしこまりました」
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