23 ワタシとアキ
「アキ……アキなの?」
目の前で繰り広げられている光景が信じられなかった。
盗賊に捕まってしまった。何をされるかは解っていた。
ワタシは平気。だってワタシは召喚獣だから。だからワタシなんていいから、アキには生きていて欲しかった。
でも、アキは拒んだ。拒んで刺されて、それでも拒んだ。
このままだと殺されてしまう。そう思ったとき、アキの魔力が大きく膨れ上がっていくのを感じた。
(何……? 何が起ころうとしているの? 何をするつもりなの、アキ)
契約している他の召喚獣は全て倒されている。ワタシという唯一生き残っている召喚獣も、今は何も出来ない状態。もう手は残されていない。
そのはずだった。
なのにアキは何かをしようとしている。今のアキの光り方と似たようなのを見たことがある。
あれは確か……アキと出会う事になった時だ。
目の前には老人が寝転んでいた。下には大規模な召喚陣。
(ワタシは……生み出された召喚獣ね。主はどこかしら?)
創造されたばかりだが、その際に基本的な知識は与えられる。なので混乱はしていなかった。
(まさか、あそこで寝ているのが主?)
だが、創っておいて放置という現状には混乱していた。通常ならばなんらかのアクションがあるはずだ。名付けをしないと、召喚獣はその身を維持できなくて消えてしまうからだ。
「あの……主様?」
声を掛けてみたが、反応はない。創造の成功に驚いているという訳でもない。
動きがない。文字通り、人間としてあるべき動き――つまり瞬きや呼吸をしているような動きがない。
(創造にはかなりの魔力を使うから、失敗する場合もあるのよね……。その際、命の危険も……まさか!)
主と思われる老人に駆け寄って確認してみる。
(呼吸……無し。心臓も……止まってるわね。そもそも魔力が空っぽになってるわ)
かなり無茶な召喚だったのだろう。魔力が空っぽになり、それでも足りずに命を削ってしまったようだ。その結果が現状。
(他には誰もいない? って事は、ワタシはここで消えるのを待つだけ?)
幸い、周辺には老人の物だったと思われる魔力が残留していた。ある程度はこれで存在はしていられる。
(でもここからろくに動く事も出来ないし、それにいつかは消えるわ。生まれて消えるのを待つのが決定って、そんなのイヤよ!)
いくら召喚獣といえど感情はあった。そのため、死しかない今の状態を嘆いていた。
(まだ召喚陣は残っている……魔力もワタシとこの周辺にたくさんある……。一か八かね)
「誰でもいいから、助けて!!」
自分の魔力と周辺に漂う魔力を用い、召喚陣に願った。
召喚陣が光りだし、魔力が膨れ上がるのを感じた。
アキが泣いていた。
あの時、誰でもと願ったら男の子が現れた。その青年は異世界から来たという。
黒髪黒目で、短髪。男にしては少し背も小さいしなんだか頼りないけど、異世界では普通なのかもしれない。
それにどうもワタシを人間扱いしているし、門での判定でも人族とされた。
なのでワタシ自信も自分が召喚獣なのか疑い始めていた。だからアキ――ワタシの主に召喚解除をお願い、解除は成功して再度召喚されたらアキが泣いていた。
(異世界からワタシが召喚しちゃったし、この世界で一人っきりだもんね……。ワタシが一緒にいなくちゃ!)
「アキ、ワタシ武器屋に行きたいわ。武器が欲しいの。後防具も」
冒険者登録をした後、アキにお願いをした。ワタシだって冒険者として、ううん、違う。アキと一緒に戦いたいって思ったから。
アキは最初は反対していたけど、最後には納得してくれた。ワタシの事を守るって言ってくれたのは嬉しかった。
でもアキは召喚士で後衛だ。だから、ワタシがアキの事を守ってあげないと!
アキの背後に魔物が近づいていた。このままだと危ない!
「アキ! 後ろにもう一体いるわ! 逃げて!」
そう叫んだ。出来れば助けに行きたかった。でもワタシの前にも魔物はいた。たかがコウモリだけど、これも魔物。
(ワタシがもっと強ければ……。こんなコウモリ瞬殺してアキを助けに行けるのに)
急いでコウモリ2匹を倒してアキの所に向かった。
(アキ……!)
けれど、アキは魔物に攻撃され、転がっていた。
「アキ! 大丈夫?」
魔物を倒し終えたけど、アキは怪我をしていた。ワタシが守るって言ったのに、アキを守るって誓ったのに……。
アキは他の召喚獣を出して治療をしていた。ワタシには怪我を治す事は出来ない。
ワタシに出来るのは戦う事だけ。だからワタシがもっと強くなればいい。もっと強くなってアキを守りたい。ワタシに出来るのはそれだけだから。
あ、でも料理は美味しいって褒めてくれた。でもそれはワタシの能力だし……。もっとアキの役に立ちたいな。
「マリア! 後ろからゴーレムが来てる、速く!」
ゴーレムの腕が迫ってきていた。
(何よ、あれ! あんなの聞いてないわよ! それに早い! もう駄目!)
「きゃ!」
腕に捕まってしまった。不覚だった。砂なのに硬くて強い。脱出を試みるもうまくいかない。
「この! 離しなさいよ!」
このままではミネットの魔法は撃てないだろう。イヴァンやローザが助けようとしてくれるも、うまくはいかない。
その内に、助けようとしていたイヴァン達が遠くに離れていく。
恐らく魔法を撃っても大丈夫な間合いなのだろう。でもワタシがいるのに魔法を撃つの? アキならそんなことはしない。
(アキは助けてくれるはず……。ワタシはアキを守るし、アキはワタシを守るって言ってくれた。だから!)
共に守り合うと誓った。
(アキならどうする? どうやってワタシを助けてくれる? 召喚獣であるワタシを……あ!)
そこまで考えて解った。アキがしようとしている事が解った。
「マリア、召喚解除!」
と、ワタシはゴーレムの腕から消え、次にはアキの前に立っていた。
「助かったわ、アキ。よく思いついたわね」
召喚の解除と再召喚だった。
そう、寂しいからと召喚解除はしたくないって言っていたのに。でもワタシを守るためにやってくれた。嬉しかった。
アキの頑張りを無駄にしたくない。あのゴーレムは絶対に倒すんだから!
盗賊に襲われた。アキを守るために戦ったけど、相手は強かった。何も出来ずに倒されてしまった。
目が覚めた時にはワタシもアキも捕まっていた。
盗賊の目的はワタシのようだった。盗賊はワタシと契約したがっていた。
「アキ……、ワタシのことはいいから。契約、切ってよ」
このままだとアキは殺されてしまう。だからワタシは願った。盗賊を倒せない時点で、捕まった時点でワタシは役立たずだ。
またアキを守る事が出来なかったのだから。
だから盗賊の物になって、アキを逃がすくらいしか思いつかなかった。
それを拒んでいたアキは、いきなり叫び光り出した。
(あの魔力は……それにあの光はワタシがアキを呼んだ時と同じ光だわ! まさか、何かを呼ぼうとしているの? ダメよ、召喚陣もないのに無理よ!)
その光はさらに大きくなり、そして見知らぬ騎士が現れた。
その騎士は盗賊を一太刀で倒し、恐らくは魔法で盗賊を倒し、倒し、倒し尽くした。
気付いた時には騎士とワタシと、そして盗賊の頭の三人だけになっていた。
(信じられない……盗賊達は、ワタシよりも強い人ばかりだったはずだ。それをあっさりと……。あれはアキなの?)
今だに目の前で起こっていた出来事を信じられないでいた。
(あの騎士はアキなの? アキじゃないの? アキはどこにいるの?)
何もかもが分からないままだった。一つ分かっていることは、もうこの盗賊団はおしまいという事だった。
その時だった。このままいけば、残っていた盗賊の頭もあの騎士に殺されていただろう。
「おいそのデカいの! この女が見えるだろ! こいつがどうなってもいいのか!」
(あ……。そうだった。頭はずっとワタシの隣のいたのよね……。最後の最後にワタシって間抜けね……)
人質だ。騎士とマリアは仲間だと思われている。だからマリアを盾にすれば、盗賊の頭は逃げることが出来るだろう。
マリアも盗賊の頭もそう思っていたはずだった。そのはずだった。
だが次の瞬間、盗賊の頭は絶命していた。騎士が剣を投げたのだ。
(あの騎士……ワタシがいるのに? アキじゃないの?)
盗賊を全て倒し終えたからなのか、騎士が大きく光りだした。
(あ、消える)
出てきた時と似たような光。それがあの騎士の消滅だと解った。その光が消えた時、騎士が立っていた場所にアキがいた。
(え? やっぱりあれはアキだったの? でも魔法も使ってたし、何よりあの強さは……)
アキの様子がおかしい。立ってはいるが、ふらふらだ。ワタシにも気づいていないように見える。
「アキ? ねぇ大丈夫?」
声を掛けるが反応が無い。嫌な予感がする。ワタシは似たような状況を知っている。声を掛けて反応がない状況を知っている。
近寄ってみるが、まだ反応はない。ふらふらと立っているままだ。
と、ふらふらだったアキが倒れた。
「アキ!」
駆け寄り、倒れ始めているアキを支える。ギリギリで地面にぶつかる前に支える事が出来た。
そのまま寝かせ、膝枕をする。
アキは酷い怪我だった。全身がボロボロだった。魔力もほぼ空っぽだった。
「アキ……ねぇ、アキ!」
引き続き声を掛ける。心臓は動いているし、呼吸もしている。大丈夫だ。アキは大丈夫。
だから。
「お願い。返事をして、アキ!」
反応のないアキ。
(このままじゃ……。お願い、誰でもいいから助けて!)
マリアの願いに応えるかのように、アキが目を覚ます。
「よかっ……た。マリ……ア。無事だった……んだな。怪我は……」
「ワタシは平気……。アキこそ大丈夫なの?」
アキは大丈夫そうに見えない。目が覚めただけでも信じられないというのがアキの状態だ。
「はは……。俺、マリアを……守る事が出来たよ……」
守る。それはアキがマリアに誓った事だった。
「ワタシは平気だったのに……。それでアキがボロボロじゃ意味がないじゃない!」
「ごめんな……。泣かせ……ちゃったな……」
気づいたらマリアは泣いていた。涙がボロボロと出ていた。
「せっかく守れたけど……もう限界みたいだ……。ごめん……な、マリア。少し……眠る事にするよ……」
「待って! 待ってよアキ! お願いだから待っ……」
マリアの声は最後まで続かなかった。
マリアの体は光と共に消えた。
「おや……すみ……」
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