05 罠と階層
あれから新ダンジョンの一階の探索を進め、なんとか地図を完成させる事は出来た。
ちなみに、便宜上新ダンジョンの一層目を一階と呼んでいる。
それにしても、ここまで苦労するとは思ってもいなかった。
苦労した最大の理由が、その広さだ。
普通のダンジョンなら数フロア分は歩いているくらいの広さになる。
これだけでまだ一層目なのだ。
それ以降もまだまだ広いのか、ボス部屋を見つけたという冒険者はまだ現れていない。
後発では順調と言えそうな進捗だけど、先は長そうだ。
冒険者ギルドからすれば、その進捗は芳しくないので、中に入れるパーティの数を増やしている。
俺達も、ダンジョン内で他のパーティに遭遇したことはないし、広すぎるから、多くのパーティを導入させても問題は起きないだろうという事だ。
とりあえず、一階の地図は完成した訳だけど、問題もある。
まずは当初の想定よりも広いということだ。
魔物の脅威は高くないので、掛かる時間のほとんどが歩いている時間と休憩する時間だ。
これで魔物が厄介だったら、一区域進むのにもっと時間が掛かったかもしれないけど、そうではないのが救いだ。
そして次の問題が下り階段だ。
一階だけで実に四つ存在した。そのどれかはボス部屋に続いているはずだ。
三つは行き止まりかもしれないし、もっと奥で繋がっているのかもしれない。
どこを攻めるかの方針決めに、今日はダンジョン探索をしないで皆と話し合いをする事にした。
場所は宿屋の部屋だ。未だにちょうどいい空き部屋がなく、皆と一緒の部屋で過ごしている。
というか、一緒に寝るのももう慣れてきてしまったのだ。
最初に緊張していたのは何だったのかというくらい何も起こらないし、何もしない。
「……じゃあこの階段から進むって事でいいな。他に何か気になる事あるか?」
方針は滞りなく決まった。
どの階段から行けばいいのか、誰も情報を持っていないので、一番近い階段から探索していこうとなったからだ。
これで決まりと思いきや。
「ちょっといいかの。一つ、ダンジョンで気づいた事があるのじゃが」
ダンジョンでは一番後方で俺達を見守ってくれているヴァルマが、何かあるようだ。
「確信はないし、確かな数値までは分からぬのじゃがの。あのダンジョン、坂道になっておるぞ?」
ヴァルマが言うにはこうだ。
ダンジョンの通路は、ものすごく軽微ではあるけど、坂道になっているそうだ。
普通なら気づかないし、坂道だったとしても影響はないのだろうけど、そこで問題になるのがダンジョンの広さだ。
小さな勾配とはいえ、長い下り坂を歩いていれば、それだけで一つの階段を下ったくらい潜っているくらいになるという。
実際に、五階のドアから最初の階段までで、一つ分の階段を下ったくらいにはなっていると言う。
それがどうしたという話だけど、これは大きな発見だ。
例えば、一階の階段を降りれば、そこは普通なら二階になる。
しかし、深度で言えば三階相当だ。
その二階を探索し、上り階段があったとする。
その階段を登った先は、果たして元の一階なのだろうか?
二階がどうなっているかは不明だけど、一階と同じように、気づかないくらいの一フロア分の下り坂になっているなら、階段を登ったとしても一階には辿り着かない。
もしかしたら、二階のままかもしれないし、別のフロア――中一階のような感じかもしれない。
自分が今、どのフロアにいるのかを、階段の昇り降りで判断してしまうと、自分の位置を見失ってしまうことになる。
前に行った事がある、山タイプのダンジョンだと、そういうのは最初から気にしないけれど、洞窟タイプのダンジョンだと致命的だ。
下手をすると、階段を登って下り坂を歩いて、階段を登って下り坂を歩いて……を繰り返して、元の五階まで戻れないかもしれない。
「洞窟ダンジョン特有の罠って所か……」
「そうじゃな。階段を使ったからといって、そこが違うフロアになるとは限らぬという事じゃな」
地図を描くのが面倒なダンジョンだ。
地図という二次元では表現できないし、かといってそれをうまく書き起こすのも難しい。
きっと、蟻の巣みたいな感じになるのだろう。
「それと恐らくじゃが、通路も微妙に曲がっておると思うぞ」
「そうは見えないけど……、そうか、短い通路か」
「うむ。そうじゃな」
ダンジョンの通路は、長い物から短い物まで様々だ。
曲がり角に十字路、行き止まりと多種多様な場所を生み出している。
その通路も真っすぐに見えていて、実は少し曲がっているというのだ。
長い通路なら、端から見ていれば曲がっているのが分かるけれど、短い通路ではそうは見えない。
まして洞窟型のダンジョンでは、明かりが不十分だ。
真っすぐで碁盤の目のようになっているダンジョンなら、地図を描くのも簡単だ。
方眼用紙があるわけじゃないけど、それっぽい感じで塗るようにマッピングすればいいだけだからだ。
それに比べると、通路が曲がっていると一気に難しくなる。
どの程度曲がっているかどうかを測る事は難しい。それをどのように描き起こすかは、描く人の技量による 。
「本当に迷路だな……」
「私の地図は、駄目という事でしょうか?」
「そうじゃないと思うわよ。階段までは行けるしね」
カタリーナが作ってくれた地図が間違っているという訳ではない。ただ、正確ではないというだけだ。
十字路のそれぞれの通路の先が、実は同じ所という可能性があるというだけだ。
「となると、進め方を変えた方がいいのか?」
「いや。まずはどれほどかを確認したほうがいいと思うのじゃ。わらわの感覚がどれだけ正しいかも分からぬしな」
うーむ。とは言っても、深さを測るなんて出来ない。坂になっているくらいなら、ビー玉のようなものを置けば分かるけど……。
そういう召喚獣を創ればとも思ったけど、想像できない。
一番簡単なのは、地下から地上までの小さな穴――棒を通して深さを測るくらいだけど、新ダンジョンの一階が既に地下五階なのだ。
それだけの深さとなると難しいし、何より地上がどこか分からないので、変な所に穴が空いてしまうかもしれない。
通路が曲がっているかどうかはもっと分からない。メジャーのような物を作って、逐次真っすぐかどうかを調べていくか……?
そこまで正確な地図は求めてはいないから、道が間違ってさえいなければいい。
「坂になっている、道が曲がっているっていうのが分かっただけで十分か。どれだけかどうかは分からないから、注意してみよう」
「厄介なダンジョンね……」
「気づきませんでした……。すみません」
「地図……いいのかしら」
「ヴァルマさん、凄いのです」
「わらわは後ろでずっと見ていたからの」
探索する方針は変わらず、坂はカーブに気を付けていくという事で決まりだ。
早速ダンジョンで確認の訳だけど、その前に秘密兵器を創っておく。
「アキ、これは何?」
マリアの手には、指先ほどの小さな珠が握られている。
「あぁ、これはビー玉って奴だ」
坂の確認をするために創ったビー玉だ。
と言っても、素材は壊れないように鉄だ。その分重くなるけど、転がるには十分だろう。
……これを思いっきり投げつけたら痛そうだな。
「これを地面に置いてみてくれ。坂になっていれば、そっちに転がっていくはずだ。念のために言うけど、踏むなよ? 転ぶからな」
沢山撒いての妨害も出来そうだな……。
マリアがそのビー玉を地面にそっと置いてみると……。
「おー、確かに斜めになってるな」
まるで家が傾いているかどうかを調べている業者みたいだ。
ビー玉はゆっくりではあるが、コロコロと転がり始めた。向きは……ダンジョンの奥に転がっている。
「なるほど。こうなるのね」
「ふむ。これで坂になっているのは確実じゃな」
摩擦とかを考えると、止まってしまうかもしれないと心配をしていたけど、無事に転がってくれた。
途中、魔物との交戦でビー玉を見失ったり止まってしまう事もあったけど、ビー玉はずっと奥へと転がり続けた。
このビー玉は俺が創った物だから、無くしたとしてもすぐに戻せる。
通路のカーブは、やっぱり見た目では分からなかった。それっぽい通路を地図にマークしておいて、その先がどのくらい曲がっているかどうかを見てみるしかない。
とりあえず、今はビー玉だ。
ビー玉は転がり続ける。傾斜がどのくらいあるか分からないけど、確かにこの距離と転がり具合からすると、一階段を下りたくらいの坂になっているだろう。
そのままビー玉を追っていくと……。
「ここに来る訳か」
辿り着いたのは、行こうと決めていた階段だった。
「もうここは二階くらいの深さなのよね?」
「それくらいになっているじゃろうな」
確かにこれは言われても気づかないな。ビー玉は無ければ分からない坂だった。
仮に壁を掘り進んだとしても、元の部屋には戻れないで、他のフロア――まだ地図に書いてない領域に到達するだろう。
「坂になっているのは分かったし……ひとまず、この階段を下りてみるか。降りた先でも坂になっているかどうか調べながら進むぞ」
もちろん、魔物にも注意はしないといけないけど、聞いている情報だと、二階の魔物もそう脅威はなさそうだし、問題はないと思っている。
「また注意深く見てみるかの」
「私も注意するです」
「今度は、ちゃんと地図描きますね」
「アルルも気を付けます」
「魔物にも気を付けないとダメね」
「それじゃ、みんな。頼むぞ!」
こうして俺達は二階の探索を開始した。
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