01 故郷と稽古
「あ、見えてきたよ」
「あれが……」
「うん。僕達の故郷……フルト村だよ」
デラクルス国を無事に出立した俺達は、途中いくつかの街や村を経て、イヴァン達の故郷のフルト村に到着した。
デラクルス国で一緒に数日過ごしたお陰もあり、旅の途中も皆仲良く過ごす事が出来た。
イヴァンが親しみやすい性格な事もあるけど、やっぱり兄妹が一緒という事もあるのだと思う。
道中も盗賊なんて者はおらず、平和だった。
「俺達の事はいいから、先に行ってていいぞ、イヴァン」
「そ、そうかい? それじゃそうさせてもらうね」
村に近づくにつれ、イヴァンがそわそわとし出したのだ。
明らかに早く村に帰りたい――ローザに会いたいのがバレバレだ。
そのままイヴァンは馬車を降りて、ダッシュで村へ駆けこんでいった。
「ふふ。兄さんったら。でも私も帰るの久しぶりなのです」
ミネットにとっても故郷だ。やっぱり故郷っていうのはいいものだ……。
イヴァンに遅れて村に入ってみたけど、本当にのどかな村だ。
これまでにも、こういう村っていくつか寄った事はあるけれど、ここはさらにのどかだ。
村に門がある訳でもないし、門番もいないので、心配になってしまうくらいののどかさだ。
イヴァンの優しい性格も、この村で育ったお陰なのかもしれない。
「あそこがうちです。今は兄さんとローザ義姉さんが住んでます」
ミネットが指差す先には、さっきまで一緒だったイヴァンと、その隣にはローザが立っていた。
出迎えてくれるみたいだ。
「あ、おーい。こっちだよ。アキヒト君」
イヴァンの声だ。こっちが恥ずかしくなるくらいの大きな声だ。少し前まで一緒だったっていうのに。
「到着っと。皆お疲れ。アルルもありがとうな」
「ここが……イヴァン達の村なのね」
「のんびり、してますね」
「ここってグーベラッハに近いのよね。こんな村があるなんて知らなかったわ」
「ふむ。遠くまで来たのぉ」
「ただいま。兄さんに義姉さん」
それにしてもあれだ。
ローザに会うのも久しぶりだ。
以前よりもなんか綺麗になったというか、雰囲気が柔らかくなったような感じがする。
これが恋する乙女。人妻なのか?
というか、ずっと気になっていたんだけど、ローザが抱えているそれは……まさか……。
「久しぶりね、ミネットちゃん。ほーら、リーゼちゃん。ミネットおばちゃんですよー」
「わぁ。私も見るのは始めてです。こんにちは、ミネットお姉 ちゃんですよー」
そう。ローザが抱っこしている赤ちゃん。。
「イヴァンとローザの子供、か」
「うん、そうだよ。リーゼっていうんだ。可愛いんだよ」
好きあって、子供が出来たから冒険者を引退したとか聞いたけど、赤ちゃんだよ。
「ここじゃなんだし中へどうぞ」
家の前で騒ぐの迷惑になるし、何より俺達は旅をしてきたばかりだ。
イヴァンの好意に甘えるとしよう。
「改めて、ようこそフルト村へ」
「小さな村だけど、ゆっくりしていってね」
イヴァン達の家に案内され、一息つくことが出来た。
それぞれ簡単に自己紹介をした後は、赤ちゃんを愛でる会になった。
「これが赤ちゃん……小さくて可愛いわね」
「すごい……ふにゃふにゃです」
「か、可愛いですわ」
「やはり赤ん坊はいいのぉ……」
「なんだか歳の離れた妹みたいです」
赤ちゃんは大人気だな。確かに、可愛い。赤ちゃんというだけで可愛い。
「それにしても、ローザはなんか雰囲気が変わったな。前はもっと勝気というか、やんちゃというか、そんな感じだったと思うけど」
「ふふ。私ももうお母さんだからね。大好きな人と赤ちゃんがいるから……。変わりもするよ」
夫婦……。赤ちゃんか。いいなぁ。
仲の良い夫婦を見るとほっこりするし、仲の良い親子を見てもほっこりする。
そして、いるだけでその場を和やかにする天使のような赤ちゃん。
イヴァン達親子三人は、とってもいい家族だ。
俺もそんな家庭を……って、その前に彼女を作らないとね。
ミネットは久々の帰省を。他の女の子達は、赤ちゃんに首ったけだったり、ローザとの会話を楽しんでいた。
そんな中。俺はイヴァンに呼ばれて、家から少し離れた、広い箇所に来ていた。
「こんな場所に連れてきて、何をするんだ、イヴァン」
「久しぶりに打ち合いでもしようと思ってね」
俺は召喚士の後衛。イヴァンは盾重視の前衛だ。
昔、パーティを組んでいた時に、イヴァンと俺は、木剣で稽古を行っていた。
後衛の俺の攻撃でも、イヴァンの練習相手は務まるみたいだし、俺の訓練にもなっていた。
後衛といえど、基本的な体力は必要だし、近接戦闘の訓練はやっておいて損は無いいうことだ。
「別にいいけど」
冒険者を引退したとはいえ、イヴァンはこの村での貴重な戦力。
村に侵入する獣や魔物を退治したり、近くの町などに買い出しに行ったりするのに、元冒険者の力は重要だ。
なので身体が鈍らないように、日頃から運動は欠かせない。と、そう言っていたのだ。
木剣を持った俺とイヴァン。イヴァンは盾は持っていない。
「それじゃ行くよ」
その声を共に、イヴァンが攻めてくる。
「くっ」
驚きだ。イヴァンは冒険者時代は盾使いだ。そのため、初手で自分から攻めるという手は取った事が無い。
驚いたけれど、きっちりと防御する事が出来た。
「それじゃ今度は俺から行くぞ!」
後衛である俺の攻撃は弱い。殴っても魔物は倒せない所は、ダメージにすらならない。牽制にもならない。
なので、戦闘ではもう召喚頼りになっている。
でも、冒険者は身体が資本だ。旅やダンジョンと歩く事は多い。体力はあって困るものではない。
「てぃ!」
俺の繰り出した攻撃も、イヴァンは易々と受けていた。
「……やっぱり、だね」
「ん?」
イヴァンが何か言ったような気もするけど、その後が続かなかったので、空耳なのかもしれない。
その後、しばらく打ち合っていたけど、さすがに俺もイヴァンも疲れたため、稽古は終了となった。
「はぁはぁ……。久々にやったけど、やっぱ疲れるな、これ」
「うん……。そう、だね。僕もここまでやったのは久しぶりだよ」
「それで……。何か用なのか、イヴァン」
いきなりこんな稽古を申し出てきたのだ。何か俺に用があるに違いない。
それも言いにくいというか、そんな感じのだ。
「君の……アキヒト君の強さを見たくてね」
俺の強さ? 戦いなら、盗賊退治をした時に、魔物とか盗賊とかでやったし、イヴァンも見ているはずなんだけどなぁ。
「アキヒト君の周りには強い仲間が沢山いる。みんな、僕よりも強いと思うよ。それに素敵な女性ばかりだしね」
最後の部分だけ、ローザに言いつけてやろうか。
「アキヒト君の召喚の強さは知ってるよ。とても強いよ。今まで見た事もない召喚を使っているしね。でも、僕は確かめたかったんだ」
こういうシリアスな雰囲気は慣れない。でもイヴァンも真剣だ。チャらける訳にもいかない。
「でも分かったよ。確かめる事が出来たよ。アキヒト君。君は強い。こう言うと怒るかもしれないけど、昔、君と稽古した時は手加減をしていたんだよ。前衛と後衛じゃ、力の差が歴然だしね。でも今日の僕は本気だったんだ。でも互角に……いや、僕の方が劣勢だったかな」
そう……だったのか? そうなのか?
いくら俺でも、イヴァンが全力だったとは思っていなかった。イヴァンが本気になれば、俺なんか容易に倒せていただろう。だから、稽古をしてくれていると感謝していた。
でも、今日は本気だった……? いい勝負が出来ているとは思っていたけど。
「やっぱり現役っていうのもあると思うけど、アキヒト君は、色々な戦いを経験してきたんだね。能力値もきっと高くなっていると思う」
確かに色々と戦いは経験してきた。死ぬと覚悟した事もあった。でも、皆のお陰で乗り切る事が出来た。
能力値……。最近測ってなかったなー……。上がってるのかな。
「悔しいけど、でも安心したよ。アキヒト君。妹を……ミネットをよろしく頼むね」
「……あぁ。任せとけ!」
そうだ。イヴァンはミネットの兄だ。イヴァンは妹のミネットを心配していたんだ。
自分とローザだけ引退して、ミネットを一人にしてしまっていた事。
俺達とパーティを組む約束を守れなった事。
ミネットが俺達に再会し、パーティに加わった事。
冒険者には危険が付き物だ。それはパーティに加入していても同じだ。
実力が無いパーティならば、人数がいたところで意味は無いし、パーティだからこそ、いざこざに巻き込まれる危険もある。
俺達の実力は知っていると思うし、俺達の事も知っているはずだ。
危険はない。ミネットを危ない目に合わせないとは誓えないけど。でも……。
「大丈夫だ。ミネットに何かあっても、俺が守ってやるよ」
これはイヴァンのけじめだ。そして俺のけじめでもある。
「うん。お願いだよ」
「そういえば知っているかい? 僕達が挑戦したあのダンジョンは覚えている?」
「あぁ、もちろんだよ。ゴーレムが出てくる昇級出来るダンジョンだろ?」
「うん。そのダンジョンね。最近奥に繋がる道が見つかったんだよ。かなり深いみたいでね。まだ攻略中みたいで、ダンジョンの周りがちょっとした村みたいになっているんだよ」
「へー……。機会があったら行ってみようかな」
「うん。そうするといいよ」
ダンジョンの中に隠れていた通路。深い……。位置的にもあのダンジョンの辺りは北側だ。これはもしかして……。
その新しいダンジョン。行ってみないとな……。あの辺りには良い思い出も悪い思い出もあるから、複雑なんだけどな。
でも決まった。
最初はイヴァン達と合流する旅だった。
それが、イヴァンとローザは引退。ミネットと合流してイヴァン達に会いに行こうとしていた所で、イヴァンだけ先に再会。
そして、今こうやってローザとも再会出来た。
もうパーティは組めないけど、やっと皆揃ったんだ。
この先どうしようかと思っていたけど、手がかりがあるなら……。
ご意見ご感想があれば嬉しいです。
が、豆腐メンタルなのでお手柔らかに……




