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かいきたん!  作者: 奥山
1.夜8時以降、その図書室で一人になってはいけない。
2/3

一つめのうわさ

さてここで、少年の話を始めよう。


彼は今、大層興奮していた。もっとありていに言えば、テンションが上がっている状態。普段は人を馬鹿にしたような表情を浮かべるその顔も、今は期待に満ちて目が輝いていた。


待ち遠しくて仕方ない。時計の針が時間を刻むのがもどかしい。

早く!早く!


少年の頭を占めるのはただその思いのみ。

何より、これほどの機会はそうそうないのだから、期待が高まるのも無理はなかった。


無人の図書室に存在するのは自分一人。いつもならいるもう一人の当番は、テレビ見たさに先に帰った。閉館間際に戸締りにくる司書の教諭は、今日は出張。鍵を預かった自分は、一人でここに残ることができる。

普段真面目にしていて良かったと、少年はしみじみと思う。大きな問題も起こさず、それなりの生活態度を示しておけば、教師などどうにでもできるのだと。


実際、その評価は当たらずとも遠からずといったところか。

少年は確かに問題児と呼ばれるような行動は起こしていなかったが、少々問題のある生徒だと認識はされていた。それは非行に走るという方向ではなく、周囲に溶け込みにくいといった内向きの、いわゆる人見知りする生徒という認識である。

本人にはそんな自覚があるはずもなく、事実も多少異なるが、今はそれは些事であろう。重要なのは、少年が決して人好きのする性格ではなく、また周囲からも浮きがちであるということ。そして、その原因が、少年の夢中になる“趣味”にあるということだ。

午後7時57分。完全下校時刻が目前の校舎で、帰る支度もせず図書室に居座る理由もそこにある。


残り3分。と、少年は時計を見てニヤリと笑みを浮かべた。一体何が起こるのか、はたまた何も起こらないのか。どちらにせよ、この状況を作り出せたことに彼はすでに達成感を覚えている。

少年が知る10の噂の中で、物理的に可能であるにも関わらず実現が難しいといえば、まず筆頭に挙がるもの。


図書室の、一つ目の噂――



後2分となったところで少年はじっとしていられなくなり、おもむろにカウンターの椅子から立ち上がった。何か変化が起きそうな場所はないかと、室内を見て回り始める。


この学校は設備が新しい割に歴史は古く、図書室に収められている本も膨大な量を誇っていた。手前の棚には話題の小説が並び、奥へ行くほど背表紙は色あせる。ほぼ新品の棚に古びた本が陳列している光景は何ともアンバランスで、少年は苦々しく思う。どうせなら、棚もそれらしいものであったなら、もっと雰囲気が出るだろうに。

棚の隙間にざっと目を走らせた次は、視線が窓へ向かう。何か、得体の知れないものがこちらをのぞきこんでやしないだろうかと、胸を躍らせ観察するが、少年の期待するものは何もない。それどころか、ピカピカに磨き上げられた窓ガラスに、またしても気分を削がれてしまう。かなり頻繁に業者が入るおかげで清潔さが保たれているのだが、彼はそれすら気に召さなかったようだ。


しかし少年は悲観することはなかった。何しろ8時まで、もう残り1分を切ったのだから。今は何もなかったとしても、50秒後には何かあるかもしれない。むしろその方が楽しいに決まっている。

普段は斜に構えたものの見方をすることが多い少年だが、殊自分の趣味に関しては前向き過ぎるほど前向きである。少しくらいの落胆や失敗があっても、前以上の情熱とやる気を持って次の可能性を追い求めるのだ。なんといっても、今はその佳境にさしかかろうとするところ。何度となく繰り返してきた失望など、構ってる場合ではない。


時計の針は、後10秒で8時を指す。少年は、目をつむってカウントダウンを始めた。この時のために、さっきまで時間を計る練習をしていたのだから問題はない。


耳に届く無音が心地いい。自分の他には誰もいない。


『夜の8時に、図書室で一人きり』


5、4、3、2、――――



「いち……」


少年の声は、大きく響いた物音にかき消された。


少年はゆっくりと目を開いていく。

無音からの物音。これは成功かと笑みを溢そうになったが、脳がストップをかけた。今の音は、少し騒々しすぎやしないだろうか。彼の思い描く異常とは、もっと静かに這い寄ってくるものであった。別に騒がしかろうが、それが“本物”であれば構わないが、それにしても何かが違う。


目を開きった少年は、目にしたものをすぐに理解できなかった。いや、理解したくなかった。あれほど高まっていた期待が、理解するなと命令していた。


しかし、だがしかし。


少年は額に手を当て、もう一度きつく目をつむる。口から漏れ出るのは呪詛にも似た呻き。たっぷり20秒。葛藤の末出した答えは、あまりにも必死な悪あがきだった。



「なあアンタ、生きてるニンゲン?」


扉に手をかけたまま立ち尽くす少女の眉が盛大にしかめられた。





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