第一章:PART 2 〜朝、食堂にて〜
マールの様子がおかしいと詰め寄るジーク。
ランスロットは、そんな彼をうるさく思っていたが・・・・・
第一章:PART 2
〜DAILY LIFE〜
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「・・・・・・・員います!」
「12班4名、全員います!」
「13班4名、全員います!」
「14班4名、全員います!」
「15班4名・・・・・・・」
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淡々と、一人一人班長が報告していった。
6時30分。僕たちはとても大きな食堂に集合する。あまり大きいので、体育館といった感じだ。
そして全員は、白米と、一掴みの塩が置かれたテーブルの前に直立不動の状態で立っている。
「18班4名、全員います!」
僕も、長方形のテーブルの向かいに二人、左隣に一人いることを確認した後そう言った。
もし、一人でも、一分でも遅れたら、たったこれだけの朝食は班員全員が抜きになる。
たかが一食と思うかもしれないが、朝昼晩を合わせても圧倒的に少ない食事のため、
一食といえども飢え死にの可能性を否定できない。
「27班3名、全員います!」
最後の班長がそう言うと、食堂の真ん中に立っていた先生が叫ぶ。
「全107名確認。食事開始。」
がらがらと椅子を引く音が聞こえて、みなが一斉に座る。
そしてシンと静まり返っていた食堂は一変し、ざわざわとみな騒ぎ出す。
食事の時間と、休息時間だけは私語も許されていた。
だが、それ以外の時間に一言でもしゃべるようなものなら、先生のありがたい鉄拳をいただけることになる。
あ、言い忘れていたが、実は僕は、この班の班長なのだ。
別に人望があったとか、そういったわけではない。なんとなく成り行きでなってしまった感がある。
はっきりいって、これが結構大変だったりもするのだ。
朝食の後、昼食の後、夕食の後、寝る前の4回、班長会議というものがあるし、
何か班に問題があれば、とりあえず班長が責任を取ることになる。
まぁ、これはもう習慣になったからそう苦でもなくなったのだが(部屋の狭さに比べたら・・・・・)。
今考えると、食堂の広さをもう少し部屋にも割り当てるべきではないのか?と思う。
(それにしても今日もこれだけか。)
僕は目の前の朝食を見てため息をついた。
この国、デルフィルムは、決して裕福なわけではない。
ここは山と森とに囲まれていて、かなり閉鎖的な地形である。
唯一、国の東端には、デルフィルム平原を介して、ロンバルディアという国に面している。
(この平原の名称は、こちら側でつけられたもので、ロンバルディアではロンバルディア平原と呼ばれているらしい。)
しかし、唯一の隣国ロンバルディアとも、宗教上の対立で何十年も前から国交断絶状態である。
そして、その囲まれた山と森からは、常に魔獣の侵攻に怯えていなければならないのだ。
国では魔獣の侵攻に対し、城壁を国の周りに建設し、特別な軍を編成して警備にあたらせたが、
圧倒的に強力な魔獣のために、国はすっかり疲弊してしまっているのだ。
それでも国の中心を流れるロワール川の恵みのため農業だけは発達し、深刻な食糧不足には至っていない。
だから、こんな孤児院でもしっかりと食事がだされるのだが、
食べ盛りの16歳に、たった一膳と塩では、あきらかに少ないのが分かるだろう。
(・・・・・それでも食事ができるだけましか。)
内陸国であるため、塩も相当貴重ではあるが、こうやって食卓についているし、
国全体からみれば、いい生活ができているのかもしれない。
「なぁ」
僕が塩をご飯にふりかけていると、隣に座る男の子が小声で話しかけてきた。
彼はジーク・アクィナス。僕と同い年でルームメイトの一人だ。
銀色のかたそうな短い髪と、顔の割には大きい目、肌は少し褐色がかかっている。
髪の色と肌とのコントラストが印象的だ。
「なぁ、マールの奴、目が真っ赤だぜ?」
彼はチラと向かいに座る彼女を見て言った。
僕は彼女を一瞥し、またハァとため息をつき箸をとった。
黙々と食事を始める僕を見つめながら、ジークは塩の入っていた(空の)小皿を延々と振っている。
「なぁ」
彼はもう一度言った。
「だから、」
僕は口にご飯を押し込めたまま、うんざりしたように言った。
「そういうのは気にするなって言ってるだろ?」
僕の言葉に明らかに不満を覚えた彼は、ようやく自分の左手の無意味な行動を悟り、憤然と食事に取り掛かった。
「あいかわらずだな。」
彼は口をモゴモゴさせながら言った。
「お前、ルームメイトだろ?少し冷たくないか?」
いっきに食事を終え、彼はまた僕に向き直った。
食事時間は6時半から7時までであるが、たったこれだけの食事では時間も相当あまる。
どうやら僕は、彼と話し合うことになるらしい。
「それで、何がいいたいのさ。」
ゆっくりと食事を終えた僕は観念し、今日初めて彼の顔を正面から見た。
「だから!お前はもう少しルームメイトに気を使ったらどうなんだ?
班長だろ?お前にはそういう責任ってものがあるんじゃないのか?」
(だれも好きで班長になったんじゃないよ。)
心の中ではそんなことを思ったが、ここでの反論には不適切に思えた。
かといって黙秘を続けても、こいつが納得する様には思えない。仕方がなく僕は重い口を開いた。
「そうかもね。でも、そっとしておいて欲しいときだってあるんじゃないの?
ただでさえ寝返りもうてないような狭い部屋でいて、プライベートなんて程遠い暮らししてるんだ。
それなのに、心の内まで他人にあかそうなんて、思うのかい?」
(あ、しまった。)
僕は今の発言が失言だということに気がついた。
そしてそれに気がつかない彼でないことも、僕は十重に承知している。
案の定、
「他人??」
彼は、褐色の肌を青ざめさせて言った。
何年も一緒に生活しているから分かる。これは彼の怒りが頂点に達したときの表情だ。
「お前なぁ!!」
ガタっと椅子を倒して立ち上がった彼のために、食事中の視線が一斉にこちらに集まる。
ああ、勘弁してくれ、怒られるのはまた僕なんだけどなぁ・・・・・
「ジーク君!どうしたの??」
突然の彼の咆哮に、僕の正面に座る女の子が驚いて声をかけた。
彼女はレイア・シルトラン、僕の班員の4人目だ。
茶がかかった黒い髪と漆黒の瞳。小さな目、鼻、口がとても端整に配置されている。
そう、何故かこの孤児院での班は、同じ年の男の子2人、女の子2人、計4人が通常の構成となっている。
27班だけは人数の都合で女2人、男1人となっているが、他は全部こうだ。
女子と同じ部屋なんて、とっても得した気持ちになると思うだろうが、実際はそんなに甘くない。
僕の班は、(まぁ問題もあるが)かなりうまくいっている方だと思う。
それは、このメンバー構成が比較的早い時期からのものだった、ということも大きく影響しているように思える。
事実、僕とレイアは8歳のとき、9歳のときにジーク、少し時期がずれるが、同じく9歳のときにマールが来た。
幼かった僕は、男と女の区別なんてわからなかったし、そんなことより、そのときは父が死んだことで頭が一杯だった。
ともあれ、僕は班長になり、まぁ比較的仲良くやってこれた。(僕が班長だからうまくいっているということではない。)
しかし、ある程度年をとってから編成されるとなると、これまたやっかいなことが起こる。
ただでさえ狭い部屋に境界線を作ったり、常に口論が絶えなかったり、はたまた暴力事件にまで発展することがある。
それでも、うまくやっていかなければそれなりの制裁が加えられるので、結局表面上はうまくいくことになるのだが。
それにしてもいったい、ここの先生たちは何を考えているのだろうか?
子供でも作れといっているのか?・・・・・また失言だ。
しかし仲良くと言っても、それも周りに比べたらの話で、例えば今日のようにジークとはよくケンカになる。
考え方の相違なのだろうか?それとも価値観?
とにかく共同生活を営むということは、ぶつかり合いが少なからず起こるということだ。
これは別にここに限ったことではないのかもしれない。
この国にスポットをあてれば、宗教という違いで隣国と対立しているし、身分の違いによっての対立もある。
この国では、宗教からくる厳しい身分制度が根強く蔓延っているから、内政すら安定しないのだ。
本当はそんなこと言っている場合じゃないのにね。
魔獣という危機が目の前に迫っているのに、人は自分らの価値観のほうが大事なんだろうか。
たぶん、結局自分らのことが一番、ということなんだろうな。
「ねぇ、どうしたの?二人とも」
動揺を隠せない僕を余所にレイアがもう一度聞いた。
そして、当初の議題の発端となったマールはといえば怯えた目つきで僕たちを見ている。
実際、わなわなと左手を震わせて魔獣のような(本物、みたことないけど)形相で僕を睨んでいるジークは、僕も相当怖かった。
殴られることも覚悟しておかなければ・・・・・。
しかし、そんなマールを見たジークは、チッと舌打ちをすると自分の席に戻った。
どうやらこの場は収まったようだが、彼の怒りが収まっていないのは自明であった。
僕だってちょっと言い過ぎたとは思ってるんだから、許してくれよ・・・・・。
僕は肩をすくめて、大きなため息をついた。