#8:しかめっ面をした騎士とその相棒(2)
さっきまでの喧騒が、やけに遠く感じる。
同じ街のはずなのに。
人は相変わらず多いし、声も途切れない。
でも
(……全然、楽しくない)
足取りが少し重くなる。
さっきまで感じていた新鮮さは、もうどこにもなかった。
「どうしたの」
隣から、いつもの軽い声。
マイケルは変わらない。
空気なんて気にしてないみたいに、普通に歩いている。
「別に」
短く返す。
それ以上、言葉が続かない。
(……さっきの)
頭から離れない。
ノアの視線。
セリアの目。
あれはただの偶然じゃない。
(見られてる)
しかも。
(気づかれてる……かもしれない)
その考えが、じわじわと広がる。
「顔」
不意に言われる。
「すごいことになってるよ」
「……放っておいて」
即答する。
今それどころじゃない。
マイケルは少しだけ笑った。
「そんなに気にする?」
軽い調子。
でも。
(気にするに決まってるでしょ)
「あなたは気にしないの?」
思わず聞き返す。
さっきのやり取り。
あれ、普通じゃない。
「騎士に睨まれてたのよ?」
「そうだね」
あっさり肯定。
「で?」
(で?じゃないでしょ)
言葉に詰まる。
本気で分かってないのか、それとも。
「別にどうでもいいけど」
肩をすくめる。
「君が気にしてるのはそこじゃないでしょ」
(……っ)
また、それ。
核心だけ拾ってくる。
「……セリア」
小さく名前を出す。
自分でも、驚くくらい素直に。
「気づいてた」
断言に近い声になる。
否定できない。
あの視線。
あの言葉。
(絶対に、何か思ってる)
マイケルは少しだけ目を細めた。
「うん」
軽く頷く。
否定しない。
「勘いいよね、あの子」
他人事みたいに言う。
(他人事じゃないから)
「……もし」
言葉が、少しだけ詰まる。
でも、止められない。
「もし、バレたら……」
そこまで言って、口を閉じる。
その先を言葉にしたくない。
でも。
頭の中では、勝手に続いてしまう。
―ロゼリアじゃないってバレたら?
静かに息を吐く。
胸の奥が重い。
「どうなると思う?」
自分でも、分かってるくせに聞いてしまう。
マイケルは少しだけ考える素振りをしてから、答えた。
「さあ」
軽い。
あまりにも軽い。
「でも、面倒にはなるだろうね」
(それはそうでしょ)
分かってる。
問題は“どの程度”か。
「立場、失うかもね」
さらっと言う。
「最悪、閉じ込められるとか」
(……っ)
冗談に聞こえない。
むしろ。
(普通にあり得る……)
貴族社会。
異常な存在。
理由なんて、いくらでもつけられる。
「……やっぱり、最悪じゃない」
ぽつりと呟く。
軽い気持ちで外に出ただけなのに。
気づけば、こんなところまで来てる。
(楽しいだけじゃ、済まなくなってる)
現実が、じわじわと追いついてくる。
マイケルはそんな私を、少しだけ横目で見た。
何か言いかけて。
でも、やめる。
その代わりに、小さくなって笑った。
そのは、よく分からなかった意味。
しばらく、無言で歩いた。
さっきまであれだけ騒がしかった街の音も、今はどこか遠い。
頭の中が、うるさいから。
「……はあ」
小さく息が漏れる。
考えたくないのに、勝手に考えてしまう。
セリアの視線。
ノアの言葉。
そして
マイケルの一言。
—もう半分くらい気づいてるかもね。
(最悪すぎる)
足が止まりそうになる。
でも、止まれない。
「ねえ」
ふいに、声。
隣を見ると、マイケルがこっちを見ていた。
いつもの軽い顔じゃない。
少しだけ、静かな目。
「怖い顔してるよ」
(……っ)
一瞬、言葉が出ない。
図星すぎる。
「してないわ」
反射で否定する。
でも。
「してる」
即答される。
逃げ場なし。
「眉、寄ってるし」
指で自分の眉のあたりを軽く示す。
「あと、さっきからずっと考えすぎ」
(……うるさい)
でも、否定できない。
できないのが悔しい。
「……仕方ないでしょ」
小さく呟く。
「状況が状況なんだから」
マイケルは、少しだけ首を傾げた。
「そう?」
「そうよ」
思わず強く返す。
「全部崩れるかもしれないのよ?」
声が、少しだけ強くなる。
止められない。
「今の立場も、生活も、全部」
一度言葉にすると、止まらない。
「普通に終わる可能性だってあるし……」
そこまで言って、はっとする。
言いすぎた。
でも。
もう遅い。
少しだけ視線を逸らす。
マイケルは、黙って聞いていた。
いつもの茶化す感じじゃない。
ただ、じっと。
それから。
「ふーん」
短く、そんな声。
軽いようでいて、少しだけ考えているような響き。
「じゃあさ」
一歩、こちらに近づく。
視線が、合う。
「なんで来たの?」
(……え)
予想外の質問。
「街」
続けて言う。
「来る必要、なかったでしょ」
確かに。
断ろうと思えば、断れた。
無視だってできた。
「……それは」
言葉に詰まる。
理由なんて、ちゃんと考えてなかった。
ただ。
「……気になったから」
ぽつりと出た言葉。
自分でも驚くくらい、正直な答え。
マイケルは、それを聞いて少しだけ笑った。
「でしょ」
軽く言う。
まるで最初から分かってたみたいに。
「ならいいじゃん」
あっさりした一言。
「何がよ」
思わず聞き返す。
全然良くない。
むしろ最悪に向かってる。
でも。
「だって」
肩をすくめる。
「ちゃんと自分で選んでるじゃん」
(……っ)
言葉が、止まる。
選んだ。
確かに。
強制されたわけじゃない。
自分で動いた。
その結果が、今。
「……それでも」
小さく呟く。
「怖いものは怖いわよ」
正直な本音。
誤魔化しきれない。
マイケルは、それを聞いても笑わなかった。
ただ。
「そっか」
短く、それだけ。
それ以上、何も言わない。
少しだけ、静かな空気。
さっきまでとは違う沈黙。
やがて、門が見えてくる。
屋敷へ戻る道。
現実に戻る場所。
(……戻りたくない)
一瞬、そんな考えがよぎる。
でも、足は止まらない。
門をくぐる。
さっきと同じはずなのに、やけに重く感じる。
数歩進んだところで。
「お嬢様」
呼び止められる。
振り向くと、見慣れた使用人が頭を下げていた。
「奥様がお呼びでございます」
(……来た)
心臓が、重く沈む。
逃げ場、ないじゃない。
ヤバイ…「勇者刑に処す : 懲罰勇者9004隊刑務記録」の最終話(12話)は最高でした!シーズン2が待ち遠しいです。
「おまごと」の最終回もすごく良かった。このアニメは過小評価されていると思う。
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暇つぶしに、ゴス系に憧れている友達と雑談していたら、彼女が父親に服を買ってほしいと頼むとき、彼は彼女に何でも買ってあげられたが、真っ黒な衣類だけは例外だった。




