#5: 北の愚かな魔術師
北からの客が来る
そんな噂は、思っていた以上に早く街中へ広がっていた。
「北の魔法使いらしいわよ」
「かなり腕が立つとか」
「それに、すごく整った顔立ちだとか……」
(またそれか)
昼間の中庭。
軽くお茶を飲みながら、私はそんな会話を聞き流していた。
ここ数日で何度この手の話を聞いたか分からない。
実力、経歴、そして顔。
やたらと“イケメン”が強調されるあたり、だいぶ尾ひれがついている気がする。
(まあ、どうでもいいけど)
正直なところ、そこまで興味はなかった。
問題はそこじゃない。
(北の魔法使い……)
ゲームの記憶を探る。
有名な魔術師キャラなら、さすがに覚えているはず。
でも...
(いない)
少なくとも、攻略対象にはいなかった。
サブキャラとしても、印象に残る存在じゃない。
つまり。
(また“知らない要素”か……)
小さく息を吐く。
一つじゃない。
確実に、この世界はゲームとズレている。
それがじわじわと、現実味を帯びてきている。
「ロゼリア様も気になります?」
隣の令嬢が楽しそうに聞いてくる。
「北の魔法使い、マイケル様」
「……そうね」
曖昧に返す。
「少しは」
完全な嘘でもない。
むしろ今は――
(むしろ警戒対象)
未知のキャラ。
それだけで十分危険だ。
その時。
中庭の入口の方が、わずかにざわついた。
視線が自然とそちらへ流れる。
何人かの使用人が道を開けている。
そして。
ゆっくりと、一人の男が入ってきた。
(……あれ?)
違和感。
まず、服装。
貴族でも宮廷魔術師でもない、どこかラフな格好。
整ってはいるけど、明らかにこの場に合わせていない。
そして、歩き方。
力が抜けているのに、妙に目を引く。
周囲の視線なんて気にしていないようで
(いや、気づいてるなこれ)
分かってて無視してるタイプ。
めんどくさいやつだ。
顔は..
(……ああ、なるほど)
確かに整っている。
噂になるのも分かる。
でもそれ以上に。
(なんか、変)
上手く言えないけど。
雰囲気が。
空気が。
この場に馴染んでいない。
浮いているのに、なぜか中心にいるみたいな感覚。
その男
マイケルは、ふと立ち止まった。
そして。
ゆっくりと、こちらに視線を向ける。
(……え)
一瞬、目が合う。
ほんの一瞬。
なのに。
ぞくり、と背筋が震えた。
(何これ)
見られた。
ただそれだけなのに、妙に落ち着かない。
視線を外そうとした、その時。
彼が、わずかに首を傾げた。
まるで...
“見つけた”みたいに。
「……ああ」
小さく、呟く声が聞こえた気がした。
次の瞬間。
彼は迷いなくこちらへ歩いてくる。
(ちょっと待って)
周囲の視線が、一気に集まる。
令嬢たちのざわめき。
明らかに空気が変わる。
(なんでこっち来るの!?)
逃げ場、なし。
マイケルはそのまま私の前で止まった。
距離が、近い。
近すぎる。
じっと、こちらを見下ろしてくる。
そして。
「君」
唐突に、口を開いた。
初対面とは思えない距離感で。
「……変だね」
(は?)
思考が止まる。
何それ。
第一声、それ?
「……変、とはどういう意味かしら?」
一拍置いて、そう返す。
内心は普通に混乱してるけど、顔は崩さない。
ここで動揺したら負けな気がする。
マイケルは少しだけ目を細めた。
楽しそうに。
「そのままの意味だよ」
軽い調子。
敬意とか距離感とか、そういうの全部無視。
「普通じゃない」
(いや失礼すぎない?)
思わず言い返しそうになるのを堪える。
周囲の視線も痛い。
完全に注目されてる。
なのにこの人、全然気にしてない。
「初対面の相手に対して、ずいぶん率直ですのね」
やんわりと釘を刺す。
でもマイケルは、肩をすくめただけだった。
「だって事実だし」
(開き直った!?)
「それに」
少しだけ顔を近づけてくる。
距離、近い。
反射的に一歩引きたくなるのを耐える。
「君、自分でも分かってるでしょ?」
低い声。
さっきより、少しだけトーンが落ちる。
「周りとズレてるって」
ドクン。
心臓が大きく跳ねる。
(……何、この人)
ただの直感じゃない。
言い方が。
タイミングが。
妙に的確すぎる。
「……何のことかしら」
あえて知らないふりをする。
それしかできない。
マイケルは数秒、じっとこちらを見ていた。
探るように。
確かめるように。
そして
ふっと笑った。
「まあいいや」
あっさり引いた。
(え、引くの?)
逆に拍子抜けする。
でも、その目は笑ってない。
「面白いし」
軽くそう言って、視線を逸らす。
まるで結論が出たみたいに。
(面白いって何……)
意味が分からない。
全然分からない。
なのに。
なぜか――
(見透かされた気がする)
嫌な感覚だけが残る。
マイケルはそのまま、くるりと背を向けた。
まるで用事は終わったと言わんばかりに。
「じゃあね、ロゼリア嬢」
軽く手を振る。
呼び止める間もなく、そのまま去っていく。
残されたのは...
ざわめき。
「今の何……?」
「マイケル様が話しかけるなんて……」
「ロゼリア様に……?」
周囲の視線が、一気に変わる。
さっきまでの観察とは違う。
もっと直接的な興味。
(……やめてほんとに)
頭が痛い。
余計なフラグ立てた気しかしない。
でも、それ以上に。
さっきの言葉が引っかかる。
君、自分でも分かってるでしょ?
「……はぁ」
小さく息を吐く。
グラスを持つ手が、ほんの少しだけ冷えている。
(あの人……)
ゲームにいなかった。
少なくとも、記憶にはない。
なのに。
あんな風に、核心に触れてくる。
「……最悪」
ぽつりと呟く。
(関わりたくないタイプだ……)
そう思ったのに。
なぜか。
(……もう関わっちゃってる気がするんだけど)
嫌な予感だけが、静かに胸に残っていた。
今日ほど力を入れて章を書いたことはない。模擬試験の後、ほとんど時間がなくて、「エロマンガ先生」を終わらせなければならなかった。あとはOVAだけだ。やったー!
模擬試験は簡単でした。4.75点だったと思います(私がたくさん勉強した試験と模擬試験はどちらも5点満点です)。




