#4:ロゼリアと貴族たちの晩餐会
扉が開いた瞬間、空気が変わった気がした。
柔らかな灯りに照らされた広間。長いテーブルにはすでに多くの貴族たちが集まっていて、静かなざわめきが広がっている。
笑顔。会話。グラスの触れ合う音。
一見すれば、ただの優雅な夕食会。
でも。
(うわ、絶対もう広まってる)
一歩踏み入れた瞬間、分かる。
視線。
直接じゃない。あくまでさりげなく。
けど、確実にこちらを見ている。
(気のせいじゃないよねこれ)
ほんの一瞬、会話が途切れた気がした。
すぐに元に戻るけど、その“間”がやけに分かりやすい。
……最悪。
「ロゼリア様」
控えめな声で名前を呼ばれる。
振り向けば、使用人が席へ案内しようとしていた。
「こちらへどうぞ」
「ええ」
短く返し、歩き出す。
ドレスの裾が床を滑る。
背筋を伸ばす。
視線は前へ。
(落ち着け。普通に。普通にいけばいい)
自分に言い聞かせながら、席に着く。
ナイフとフォーク。完璧に並べられた食器。細かすぎるマナー。
(いやこれ、普通に難易度高くない?)
内心で若干パニックになりつつも、顔には出さない。
ロゼリアの身体が、なんとなく動きを覚えているのが救いだった。
「ごきげんよう、ロゼリア様」
隣の席から声がかかる。
にこやかな笑顔。
でも目は笑ってない。
(来た)
「ごきげんよう」
同じように微笑み返す。
「本日は……その、いろいろと大変でしたわね」
遠回しすぎる。
けど、これが貴族スタイル。
(“婚約破棄どうでした?”ってことね)
「ええ。なかなか印象に残る一日でしたわ」
さらっと返す。
すると、相手の眉がわずかに動いた。
(あ、予想外って顔)
「……さようでございますの?」
「ええ。滅多に経験できることではありませんもの」
軽くグラスに手を添えながら言う。
あくまで落ち着いて。
あくまで余裕ありげに。
相手は一瞬言葉を失い、それから小さく笑った。
「ふふ……さすがですわね、ロゼリア様」
褒めてるようで、探ってる。
完全に様子見。
(めんどくさ……)
別の方向から、また声がかかる。
「殿下とは、その後お話しされたのですか?」
直球きた。
しかも微妙に食いついてる。
「いいえ。特には」
短く答える。
余計な情報は出さない。
「まあ……そうですの」
明らかに物足りなさそうな反応。
(もっとドロドロした話期待してたでしょ)
周囲でも、似たような会話がちらほら聞こえる。
断片的に、自分の名前も。
完全に話題の中心。
(やっぱりこうなるか……)
ナイフを手に取りながら、静かに息を整える。
逃げ場はない。
ここは戦場。
剣も魔法もないけど、代わりにあるのは言葉と視線。
(……でも)
ちらりと周囲を観察する。
興味本位の目。
値踏みする目。
露骨に距離を取る者もいる。
そして...
(あれ)
一人、視線が合った貴族が、すぐに軽く頷いた。
敵意はない。
むしろ、ほんの少しだけ肯定的。
(……へえ)
全員が敵ってわけでもないらしい。
ゆっくりとグラスを口に運ぶ。
(これ、ただのイベントじゃない)
もっと複雑で、もっと現実的なやつ。
評価が動く場所。
立場が決まる場所。
(ちゃんとやらないと、普通に終わる)
静かに、覚悟を決める。
その間にも、視線は減らない。
でも
さっきよりは、少しだけ。
“観察”に変わっている気がした。
食事が進むにつれて、空気が少しずつ変わっていく。
最初の露骨な視線は減って、代わりに増えたのは――観察。
(……見られてるなあ)
でもさっきとは違う。
好奇心だけじゃない。
値踏み。
判断。
そんな視線。
「ロゼリア様、本日は落ち着いていらっしゃいますのね」
向かいの席の令嬢が、くすりと笑う。
「そうかしら」
軽く返す。
「以前より、ずいぶんと柔らかくなられたように見えますわ」
(それ遠回しに“別人じゃない?”って言ってない?)
内心ツッコミつつ、微笑む。
「環境が変われば、人も多少は変わりますもの」
曖昧に濁す。
それ以上は踏み込ませない。
相手は一瞬だけ言葉を止めて、それから興味深そうに目を細めた。
(……この人は様子見タイプね)
さっきから何人かと話して、なんとなく分かってきた。
露骨に敵意を向けるタイプ。
面白がるタイプ。
そして...
(静かに判断してるタイプ)
さっき視線をくれた貴族も、そっち側。
完全に敵じゃない。
かといって味方でもない。
(……でも、使える)
ほんの少しだけ、余裕が生まれる。
全部がマイナスじゃない。
まだ動かせる。
その時。
「おや、ロゼリア嬢」
低く落ち着いた声。
振り向くと、一人の青年が立っていた。
黒髪に、穏やかな表情。
どこか余裕のある雰囲気。
(……あ)
知ってる。
いや、知ってるというか
(マーカス……)
名前が自然に浮かぶ。
攻略対象の一人。
そして。
(私がやろうとしてたルートのやつ……!)
タイミング最悪なんだけど。
心の中で頭を抱える。
「本日は大変でしたね」
マーカスはそう言って、軽く笑う。
その目は柔らかいけど、どこか探るようでもある。
(うわ、この人も観察タイプだ)
「ええ、おかげさまで印象的な一日になりましたわ」
同じように返す。
もうテンプレ化してきた。
マーカスは一瞬だけ目を細めて、それから小さく頷いた。
「なるほど。……面白いですね」
(何が!?)
思わず聞き返したくなるのを堪える。
この人、ゲームでもこういうタイプだった気がする。
軽くて、でも核心を突く。
めんどくさいやつ。
「では、またゆっくりお話しできる機会を」
それだけ言って、彼は去っていった。
(……逃げた?いや逃げられた?)
分からない。
でも一つだけ確実なのは。
(これ、ルート入ってないよね?大丈夫だよね?)
不安しかない。
軽く息を吐いた、その時。
別の席から、少し弾んだ声が聞こえてきた。
「ねえ、聞いた?」
若い令嬢たちのグループ。
楽しそうに身を寄せ合っている。
「北から来るっていう魔法使いの話!」
(……魔法使い?)
なんとなく耳に入る。
深く考えずに、会話を拾う。
「北の魔法使い、マイケルっていうらしいの」
……知らない名前。
少なくとも、すぐには思い出せない。
その中の一人が、目を輝かせて言った。
「ねえ?マイケル?みんな、彼ってすごくイケメンって言ってるよ!」
場が一気に盛り上がる。
笑い声。
興味津々な空気。
(……誰それ)
首を傾げる。
記憶を探る。
でも――引っかからない。
(こんなキャラ、いたっけ……?)
分からない。
少なくとも、印象に残る攻略対象ではなかったはず。
なのに。
なぜか。
(……ちょっと、気になる)
小さくグラスを傾けながら。
私はその名前を、頭の中で繰り返した。
マイケル。
北の魔法使い。
明日模擬試験があるにもかかわらず、この章を書くために努力しました。
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金曜日(2026年3月20日)、理科の先生 (女)は私たちを最初の授業時間にプロジェクトに取り組ませました。私たちは1時間目から4時間目まで、「茶色の葉をむさぼり食う鉛筆」と私が呼んでいる紙を使ってプロジェクトに取り組みました。4時間目には、友達と二人でフォントを描いて輪郭を描きました。5時間目には、その友達と二人でスケッチをしました。これらすべてが、理科の授業の1学期の成績表で2点分の加点になりました。




