勇者が見ているのは啓示なのか、それとも彼女の想像の産物なのか
これがこの物語の最新エピソードです。楽しんでいただけたら嬉しいです。
夜のオフィスは静かだった。
警察庁の廊下には、もうほとんど人の気配がない。
キム・ヒヨンのデスクだけに、明かりが残っていた。
モニターの画面には、チャットログが並んでいる。
すべて英語。
すべて、化粧品の営業メッセージ。
“Special spring promotion.”
“Limited time offer.”
“Recommended for sensitive skin.”
どれも、ありふれた文章だった。
ヒヨンはゆっくりとスクロールした。
ソ・ジュンが送ったメッセージ。
顧客の返信。
商品の説明。
割引の案内。
どこにでもあるオンライン販売のやり取り。
それなのに――
彼女の視線は、何度も同じ文章に戻っていた。
“Spring sale starts tomorrow.”
ヒヨンはメモ帳を開いた。
Spring。
春。
最初の事件が起きたのも、春だった。
偶然かもしれない。
彼女は別のメッセージを開いた。
“Three products recommended for your skin type.”
Three。
三。
被害者は、三人。
ヒヨンは、指を止めた。
静かな部屋で、時計の針の音だけが聞こえる。
(……違う)
彼女はゆっくりと首を振った。
これは、ただの営業メッセージだ。
世界中の顧客に送られている。
数字が出てくるのも、季節の言葉が出てくるのも、珍しいことではない。
それでも――
彼女はまた、ログを読み直していた。
別のメッセージ。
“Special discount this weekend.”
Weekend。
週末。
最初の事件も、週末だった。
ヒヨンは、椅子の背にもたれた。
天井を見上げる。
(私は……)
小さく息を吐いた。
(何をしている?)
もし、コードを探そうと思えば。
どんな文章からでも、意味を見つけられる。
数字。
曜日。
季節。
すべて、後から意味を与えることができる。
ヒヨンは再びモニターを見た。
ソ・ジュンのプロフィール写真。
穏やかな笑顔。
普通の青年。
落ち着いた声。
礼儀正しい態度。
不自然な点は、何もなかった。
それなのに――
彼女の頭のどこかが、ささやいている。
(もし……)
(もし、このメッセージが本当にコードだったら?)
すぐに、別の声が否定する。
(証拠は?)
(ただの想像だ)
ヒヨンは目を閉じた。
彼女は刑事だ。
想像ではなく、証拠で動く。
証拠のない仮説は、ただの思い込みに過ぎない。
それでも。
モニターの光が、静かな部屋の中で揺れている。
チャットログの文字列が、どこか意味ありげに見える。
ヒヨンはゆっくりとつぶやいた。
「……私は、パターンを見つけようとしているだけなのか?」
答える者はいない。
人間の脳は、意味を探す。
無秩序の中に、秩序を。
偶然の中に、意図を。
ヒヨンは、再びログをスクロールした。
ソ・ジュンのメッセージが、次々と画面に現れる。
普通の営業文。
どこにでもある言葉。
それなのに。
彼女には、どこか違って見えていた。
(これは、コードなのか)
(それとも――)
ヒヨンは、キーボードの上で手を止めた。
(私が、コードを作り出しているのか)
静かなオフィスの中で。
彼女の疑念は、ゆっくりと広がっていった。
このエピソードを楽しんでいただけたなら幸いです。次のエピソードも近いうちにアップロードします。




