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勇婦は犯罪者たち、あるいは犯罪者たちの幽霊を追いかけているのかもしれない。

これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。

キム・ヒヨンは、移動の多い数日間を過ごしていた。


ソウル。

釜山。

大田。

仁川。


そして――

東京。

上海。


国境を越えるたび、事件の輪郭ははっきりするどころか、逆に“薄れて”いった。


だが彼女は知っていた。

輪郭が消えるときこそ、本質が浮かび上がる。


最初に会ったのは、釜山大学校の学生、パク・ミンソク(二十一歳)だった。


母親が殺された日、彼は大学で開催されていた

「地域連携公開講義・春季フォーラム」に参加していたという。


「朝から夕方まで、ずっと大学にいました。

 人が多くて、席も足りないくらいでした」


声は落ち着いている。

目線も安定している。

嘘をつく人間の兆候は、どこにもない。


大学側に確認すると、返ってきた答えは同じだった。


「参加者は非常に多く、個別の出席記録はありません。

 彼が参加していた可能性は、高いと思います」


“可能性”。


それが、唯一の証明だった。


大田では、忠南大学校のチョン・ユナ(二十歳)に会った。


全国大学生キャリア博覧会。

一万人規模のイベント。


「企業ブースを回って、講演も聞きました。

 写真も、たぶんどこかに写っていると思います」


だが、

どこにも“彼女だと断定できる写真”は存在しなかった。


教授も、友人も、皆こう言った。


「いたと思います」

「来ていなかった理由がない」


誰一人として、

「見た」とは言わなかった。


仁川大学校のカン・ジフ(二十二歳)。


春の大学祭。

音楽。屋台。群衆。騒音。


「一日中、友達と一緒でした。

 誰と一緒だったか?

 ……正確には、覚えていません」


覚えていない。

それは、嘘ではない。


人は、あまりにも日常的な光景を、記憶に保存しない。


日本では、早稲田大学の高橋 恒一(二十二歳)と会った。


オープンキャンパスの特別講演。

来場者は数万人。


「親に頼まれて、将来の進路の参考に……

 正直、内容はあまり覚えていません」


大学職員は丁寧に頭を下げた。


「申し訳ありません。

 一般参加者の記録は、残しておりません」


誰も、彼を疑っていない。

だが、誰も、彼を証明できない。


最後は、上海。


復旦大学の林若曦リン・ルオシー(二十一歳)。


国際青年学術シンポジウム。

多国籍。多言語。雑踏。


「発表は聞きました。

 でも、誰の発表だったかは……」


彼女の表情は穏やかだった。

悲しみは、確かに本物だった。


五人。

五つの国。

五つの大学。

五つのイベント。


そして共通する一点。


事件の時間、彼らは“そこにいたはず”だった。


だが――


それを証明できる者は、誰もいない。


キム・ヒヨンは、ホテルの一室で資料を並べていた。


五人の顔写真。

五人の証言。

五つのイベントのパンフレット。


どれも、完璧に“無関係”だった。


(否定できない)

(だが、肯定もできない)


彼女は、ペンを止めた。


これは、偶然ではない。


犯人は、

アリバイを作っていない。


アリバイが“不要な状況”を作っている。


人は、

「大勢の中にいた」と言われると、安心する。


誰もが、

「誰かが見ていただろう」と思う。


だが実際には、

誰も、誰も見ていない。


キム・ヒヨンは、静かに結論を書き留めた。


五人は、

犯人かもしれない。


だが同時に、

完全な被害者でもある。


彼らは、

“いなかったこと”を証明できない。


そして――

“いたこと”も。


(これは、殺人事件ではない)


彼女の胸に、冷たい確信が沈んでいく。


(人間の認識そのものが、利用されている)


必要なのは、

群衆と、

曖昧な記憶と、

そして――


人が疑うことをやめる瞬間。


キム・ヒヨンは、窓の外を見た。


夜の街には、無数の人間が行き交っている。


誰もが、

誰かの視界から、

完全に消えていた。

このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードはすぐにアップロードします。

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