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#21 君はまるで雪のようで、花のようで。

 母さんが死んだ、翌日。

「姫……」

『出てって、お兄ちゃん……ぐすっ』

「ご飯、置いとくね」

『……』

 姫が引きこもった。

「はぁ……」

 僕は兄で、姫を守るって誓って、もう直ぐで高二だから、家族を今度こそ守るんだ。

 ふぅーっと息を吐いて、よし、と腹を決める。

 ——そう言えば、母さんがいないから置き手紙もないんだよな。

『王』

 あのやさしくてほっとするような声が聞こえた気がして、咄嗟に周りを見た。勿論何も変わっていなくて、自嘲気味に嗤って俯く。

「……馬鹿だな」

 俯いた時に床に落ちた水滴には、気づかないふりをした。


「……ふぅ、」

 ひとつ、溜め息を零し、姫のいる部屋に話し掛ける。

「姫、僕よすがのところ行くからね。いないからねー」

『……』

 またひとつ、溜め息を零す。

 僕はコートを着て、マフラーと手袋を着け、家を出た。予想していたよりも断然寒くて、ぶるりと身震いする。

 ほぅ、と真白の息を吐き、僕は歩き出した。


 一方、よすがの病室。


 お姉ちゃんが叫んでいる。

「ぅ、うっ、ふ、よっ、ちゃあ、ん……!」

 綺麗で透き通った涙を静かに零すのは、私の大切な、大好きな彼氏の王。子供みたいに号泣して、叫んで、しゃがみ込んでいるのは、同じく私の大切な、大好きなお姉ちゃん。ぎゅっと拳を握り締め、何かを言いたそうに口を開くも唇を噛み顔を歪め結局何も言わなかったのは、こちらも私の大切で大好きなお父さん。

 あぁそうだ、私……王とのデート中に倒れたんだ。王、吃驚しただろうな。早く起きてごめんねって言わなきゃ。

 でも、私は起きられない。起きようとしても、起きられない。

 ……何、で……?

 そう思ったけど、直ぐに分かった。何で分かったのかは分からないけど、でも、どうしてか分かった。

 ——私、もう直ぐ死ぬんだ。

 不思議と、心は落ち着いていた。

 ……え、でも待って……じゃあ私、王とお姉ちゃんとお父さんを置いて、何も言わず死ぬの?

 ……それは、寂しいよ。

 それで分かった。これは夢だ。これは、私が起きなかった場合の未来だ。

 じゃあ——私は、一度だけでも目覚めて、三人にちゃんと「有難う」「大好き」「さよなら」って言ってから死にたい——っ!

 起きろ、私! 起きろ、起きろ、……起きろ……!

 すると、目の前に一筋の光が差し込んだ。私は迷わずそれに手を伸ばす。視界が光に包まれて、私は眩しくて思わず目を閉じた。

 体が浮くような感覚がした。

 

 ふるり、と、よすがの睫毛が微かに震えて、

 ぴくり、と、よすがの瞼が微かに動いた。

「え……っ、よすが⁉」

 慌てふためきながら、ナースコールのボタンを押そうと手を伸ばす……が、その声にぴたりと止まる。

「……の、ん」

「……よすが……!」 

 ゆっくりとよすがの方を向くと、酸素マスクを着け沢山のチューブに繋がったよすがが、確かに目を開けて、微かに、弱々しく、散る目前の桜みたいに微笑んでいた。

「……よすが……よすがっ、起きたんだ……良かった……!」

 思わず泣きそうになって、それをぐっと堪えて「先生呼ぶね」とナースコールを再度押そうとする。が、

「待って、王。……私、二人で話したい」

「あ……、……分かっ、た」

僕はよすがの言葉に手を引っ込める。

「……大丈、夫……?」

「大丈夫、だよ。王……ごめんね。急に倒れちゃって、吃驚したでしょ」

「……吃驚はしたし、怖かったけど……よすがが謝ることじゃないよ」

「……」

 僕が言うと、よすがはふと黙り込んでしまった。その様子が、あの花火大会の日のよすがの告白の時に似ていて、胸が不安でざわつく。

「……王。私ね、……死ぬの」

「……え?」

 よすがは、今。……何と言った? ……死、ぬ? よすが、が……? 起きた、のに?

「何かね、分かるの。私が、もう直ぐ死ぬってこと。だから……王と、お姉ちゃん、お父さんに伝えてから死にたいなって思って」

「……そんな……そんな、」

「ねぇ、王……ごめんね? 自惚れかもしれないけど、私王に愛されてるって思ってる。告白もされたし……私だって、王のこと大好き。だから、死んじゃうのは寂しい。でも……でもね、何も言わないで逝く方が寂しいって、思った。……我儘、だよね。ごめんね」

「っ、」

 僕はきゅっと血が出る程強く唇を噛んだ。

 何が、我儘だ。それだったら僕の方が我儘だろう。

 そう思って、僕はよすがを見て首を振った。

「我儘なんかじゃない。僕の方こそ、ごめん……自分のことしか考えてなかった。……そう、だよね。伝えた方が、こっちにとってもいいよね……有難う、よすが」

 え、とよすがが目を丸くする。そして、ふふっと美しい漆黒の髪をさらりと揺らし、同じ色の綺麗な黒曜石のような澄み切った瞳を細め、わらった。

「どういたしまして。……あのね、王。私は、王のことが大好きなの。世界で一番。ずっと、ずっと、一緒にいたいの。お爺ちゃんとお婆ちゃんになって死ぬまで、ずっと……生きてたい。笑い合ってたい。もっとキスしたい。もっとデートしたい。もっと生きたい。もっともっと、王と思い出作りたい。……私はっ、王の『よすが』になりたいのにっ、ふ、まだなって、っ、ない……!」

 よすがは話している途中にぽつりぽつりと涙の雨を降らしてしまって、僕もつられて、そしてそのことばに目から雨が一粒おちた。

「うっ、ぅ、ふ、くっ、ぁう……っ!」

 子供みたいに泣きじゃくるよすがを、僕はぎゅっと抱き締めた。よすがの肩に、僕の涙がぽつっと落ちた。

「……よすがはもうっ、僕の『よすが』になってるよ……!」

 何とか絞り出した言葉に、よすがはすんすんと鼻を啜りながら「ありっ、がと……」と言ってくれた。

「僕はっ、よすがの『よすが』になりたいんだ! 姫と……姫と一緒によすがの『よすが』になろうって、約束したんだよ……っ!」

「ひめ、ちゃ……っ、ぅ、わた、しのっ、『よすが』……っ?」

「そうだよ……僕も、よすがのこと誰より愛してる。ずっとずっと、一緒に生きてたい。愛し合って、お互いがお互いの『よすが』になって、幸せに……ささやかでもいいから。ずっと、一緒にいたい……僕が、よすがを守りたかった……っ!」

 僕とよすがは、もう一度、きつく、でも優しく、まるで離すまいとしているように抱き締め合った。


「……ねぇ、王」

 黄昏色の光を浴び、煌めくよすがのその姿はまるで散る目前の花のようであり、地面に溶け消え逝く直前の雪のようでもあった。

 景色の中にすっと消えてしまいそうに儚くて、思わず手を伸ばしかけたところで呼ばれ、手を引っ込める。

「教えて、あげる」

「……何、を……?」

「あのね。私たち、赤ちゃんの頃に逢ってたんだって」

 ……え……?

「どういう……」

「同じ病院で、隣のベッドで、王が産まれた12時間後に私が産まれたんだって」

 僕は、その言葉に大きく目を見開いた。

 ——でも、そうか。

「運命って、いつかよすがが言ったよね」

「え? 、うん……言った、ね」

「その通りだ。僕たちは、運命——いや。産まれる前から、『よすが』同士だったんだ」

 どこか晴れやかな声で、僕はそういった。

 そう、僕たちは産まれる前から、『よすが』同士だった。

「……じゃあ、さ」

 ぽそっと、小さな声をよすがは落とす。

 それにふっと目を向けると、彼女はやさしく、どこか切ない表情をしていた。

「じゃあ——王は、私より少し先に産まれて、待っててくれたんだね」

「……待つよ」

 え、と、よすがは顔を上げた。その顔には、もう涙の痕はないはずなのに。

 なのに、どこか泣いているように見えた。

「待つよ。よすがのことは、ずっと、いつまでも待つ」

「……っ、もう、待ってたら一生来ないよ?」

 その綺麗な顔は、泣き笑いに見えた。

「……有難、ね。お陰で私、いつでも死ねる」

「……」

「ねぇ、王?」

「ん?」

 目を向けると、よすがは大人っぽくて、でも向日葵のように純粋な明るい笑顔を浮かべていて、僕はドキンッと胸を高鳴らせた。

「大好き」

 僕の頬に、ちゅ、という音が鳴った。ふ、と笑みを綻ばせて、僕はよすがの桜で染めたような唇にキスをした。

「僕も。大好きだよ」

 ふふ、と無邪気に頬に花を散らしながら笑うよすがが愛らしくて、もう一度キスをした。

 ふふ、とまた笑って、よすがはすっと目を閉じた。

「……王、私、眠くなって来た」

 僕は自分の瞳が揺れたのを自覚しながら、よすがをベッドに寝かせ布団を掛けた。

「ねぇ、王。後に生まれたのに……先に逝っちゃって、ごめんね」

 潤んだ瞳で、頬に一筋キラリ光る涙を流しながら、よすがはそれでも微笑んだ。

「おやすみ」

 それに、僕もつぅっと頬に一筋の滴を感じながら、それでも微笑んで言った。

「おやすみ。よすが」

 よすがの瞼が閉じる。

 口には、春のような優しくて穏やかな笑みが浮かんでいた。

 さよならは、言わなかった。

 ——ピー——

 直後、無慈悲な機械音が病室内に響き渡って、僕はナースコールを強く押した。

 バタバタと廊下を駆けて来る音がした直ぐに荒々しくドアを開け医師と看護師が入って来て、素早く、でも冷静によすがに心臓マッサージを施す。医師の顔から汗が滴り落ち、どんどん表情は険しくなって行く。看護師に指示を出し、新しい機械がよすがに取り付けられるが、医師は直ぐに手での心臓マッサージでは駄目だと判断したのかよすがの体に電気ショックを与えた。

 でも、そんな頑張りは無駄で。

 ——ピーッ——

 よすがの死を告げる音は、やけに大きく響いた気がした。

 ぽたぽたと汗を滴らせながら、医師は脈をとると首を横に振り、云った。

「六時五分、御臨終です」

 医師と看護師は静かによすがに付けられていた機械を全て外した。そして、一礼して病室を去って行こうとした時——

「あの!」

 制止する言葉が、口をついて出た。

 怪訝そうに振り返った医師の瞳は不思議そうで、そして——深く、悲しんでいた。

「……有難う、ございました」

 一瞬、沈黙が落ち、医師の目は大きく見開かれた。そして彼はすとんと視線を足元に落とす。微かに、笑った音が聞こえた気がした。

「いえ。こちらこそ、わざわざ有難うございます。……——よすがさんのお父さんとお姉さんには、こちらから連絡して置きますね」

「、有難うございます」

 お願いします、と深く頭を下げる。医師は再度優しく微笑って軽く一礼し、出て行った。

 僕は眠るように逝ったよすがを見て、呟いた。

「雪みたい、だな」

 その呟きは、それこそ雪のように溶けて消えた。

読んで下さりありがとうございます。

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頑張ります。

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