#20 ある雪の日、約束(かあさん)は雪のように消えた
——約束したのに、何で?
「……一月十日、四時三十四分、御臨終です」
母さんが、死んだ。
それは、今日もまだよすがが目覚めなくて、よすがが入院している病院を出た時のことだった。
姫から電話が掛かって来て、訝りながら出ると姫の悲鳴にも似た声が聞こえ、聞き取れた言葉は僕の思考を凍り付かせるのに充分だった。
『おかあ、さんがっ、また、倒れてっ、病院にっ、運ばれた、って……!』
——また、倒れた?
そんな、だって、約束、したのに。
ぼぅっと立ち尽くし、直ぐに姫が待っていると気づきアスファルトを蹴って走る。
はっ、はっ、はっ、はっ、と息をする度に視界の一部が白く染まる。肺が痛くて、でも走る。
「っ、姫っ……!」
「あ……っ、お兄ちゃん……っ!」
「あ……皇典子さんの息子さん、ですね? お父さんは……」
「父は、っ、はぁ、いま、せん……っ」
「、そうですか。……大丈夫、ですか?」
心配そうな顔で医師が言ってくれる。大丈夫です、と言うと、ほっとしたようにそうですか、と頷いた。
ゔゔん、と咳払いをし、彼は深刻そうに言った。
「お母さん、とても危ない状況です。……いつ亡くなっても、おかしくない」
「「……え……」」
「倒れた原因は過労だと推測されますが、心当たりは?」
「……母は、6年前に一回倒れているんです。過労で……父が亡くなり、妹が産まれ、家計はとても苦しくて。仕事に加え家事までしてたから……たかが10歳の僕は気休めにもならなくて、逆に負担だっただろうし。それで倒れて、病院に……こんな感じに運ばれて、丸一日目覚めなくて……そして、目覚めた時に約束したんです。もう無理はしない、しんどいって思ったら絶対僕に言うって。それから家事は僕に任せてくれたし、家計も前よりは苦しくなくなったし……だから、まさかまた倒れるなんて……」
僕がたどたどしく説明すると、医師は「分かりました」と頷いた。彼は僕たちに待合室で待って置くよう言って、慌ただしく去って行った。
「……姫」
「おにぃ、ちゃ……」
姫に声を掛けると、彼女は今にも泣きそうな、怯えたような表情をしていた。僕は、そんな姫を抱き締め、ぽんぽんと背中を優しく叩く。
すると、姫は堰を切ったように声を押し殺して泣いた。
僕は、そんな小さな妹を絶対に守ると、——妹の「よすが」にもなると誓い、ぎゅっと姫を強く抱き締めた。
「……皇さん……あぁ、いた」
「あ……先生。母、は……」
そう僕が問うと、医師は一瞬にして硬い表情になった。
「……こちらへ」
嫌な、不快な予感がした。背筋をその予感が走り、ぶるっと軽く身震いする。
どうか、この予感が当たりませんように。そう祈った。
「……皇、典子さん。……一月十日、四時三十四分、御臨終です」
——え。
御臨、終? ……死ん、だ? 母さん、が?
約束、したのに。何で?
「ご遺族の方に、心よりご冥福をお祈り致します」
医師の言葉が、入って来ない。視界が闇に包まれて、過呼吸になり、ふらりと眩暈がした。
「……お、かぁ、さん……?」
姫の方を見ると、母さんに話し掛けている。理解が、追いつかないのだろう。ひめ、と、掠れた小さな音が口から出た。
「おにぃ、ちゃ……」
「ひ、め。母さん、死んじゃった、って」
ぼうっとする頭の中、僕は姫にそう言う。すると、姫の目からぽたり、ぽたりと滴がおちた。
「おにぃっ、ちゃ、おかぁ、さん、しんじゃ、っ、たぁ~……うっ、えぅ、ふ……っ」
そして、小さな子供のようにわんわん泣き出した。
僕は、たった一人の妹を、黙って抱き締めた。
一月十日、ある雪が吹き荒ぶ凍のような冬の日、
約束が死んだ。
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