#16 ある暑い夏、あたしの季節だけが冬だった
「あついね、お姉ちゃん」
「それなー……うー……あづい~……エアコン効いてる~?」
八月中旬、猛威を振るう太陽の炎のような熱気が地球を抱擁する夏。
あたしが12歳、よっちゃんが10歳。七年前に母さんが死んじゃって、とっても悲しかったけど今は立ち直せてる。
「夏休みの宿題やってるー?」
「……。やだぁ~」
「あ。誤魔化したな~よっちゃん」
「……じゃあお姉ちゃんはどうなの?」
妹の鋭い指摘にぴたりと固まるが、すぐ戻ってあたしはその言葉を流す。
「それよりさ、アイス食べたくない?」
「あ。ごまかしたな~お姉ちゃん」
「……やってない。やってませんよ~だ」
「わーやっばお姉ちゃん、もう夏休みおわるよ?」
「うぅ……」
本当に、平穏だった。
あんなことが起きるなんて、思いもしなかった。
それは、黄金色に海が染まる夕方だった。
それまでにも、予兆はあったんだ。ちょっとだけ怠そうにはしてて、珍しく昼寝もしてたから。でも暑いから、暑さにやられちゃったのかなと思って見逃していた。
「よっちゃぁん、ご飯出来たってぇ、起きてー」
昼寝していた妹を起こす。「う、うぅ~ん……」と唸り、よっちゃんは寝返りを打った。「もぉ~」とあたしは溜め息を吐き、彼女の体を揺らす。すると、よっちゃんはゆっくりと瞼を重たそうに持ち上げ、起き上がった。
「ご飯。出来たって」
「んぅ……分かったぁ……ふわぁ」
目をぐしぐしと擦り、大きく欠伸をしながらよっちゃんが立ち上がる。あたしはさっさとキッチンに向かい、父さんが作ってくれた今日も美味しそうな匂いの立ち上る料理が載ったお皿をテーブルにどんどん運んで行く。全てを運び終え、ふぅと息を吐いてから椅子に座った。
——その時、だった。
ばたんっ、と大きな音が鳴って、びくんと音のした方を見ると、
——よっちゃんが、倒れていた。
「え、」
口から漏れた言葉はそれだけだった。
父さんの声が遠くて、周りの音が遠くて、あたしの耳の半分以上をあたしの心臓の太鼓のような音が占めている。口からははっはっはっという浅く速い過呼吸のような息が出て、目には倒れた妹しか入らない。
「——ゅ。ゆ、まゆ!」
「っ、……あ……」
父さんに肩を揺さぶられ名前を呼ばれ、あたしははっと我に返る。咄嗟に父さんを見ると、安堵と焦燥と不安とが混ざり合った複雑な表情をしていた。
「救急車は呼んだから、まゆはよすがに寄り添って置いてくれ。……大丈夫だよ、まゆ。僕がいるからね」
大好きなそのやさしい声に少し安心し、あたしは小刻みに震えていた指が少しずつリラックスして行くのを感じた。
「——よすがは大丈夫だって」
「……っえ、本当⁉ 父さん……っ、良かった……!」
よっちゃんはこのことを覚えていないらしい。でも、それでいいと思う。トラウマになっちゃうかもしれないし……。
これが最初で最後だったから、もう倒れることはないだろう。
そう思って、いたのに——
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