#15 どうか、記憶が白銀のみで。
「わぁ……雪だよ、王。綺麗だね……」
「うん。願い通り、ホワイトクリスマスになって良かったね」
「うんっ、本当に!」
色とりどりの装飾が煌びやかに雪を照らし、
白いお髭を生やしたお爺さんが月と星の冷たい光に照らされながら雪の降る夜空を駆け巡り、
街中——いや、世界中が甘い空気に包まれる、
クリスマス。今日はその当日。僕は、よすがと一緒に街を練り歩いていた。
よすがの鼻の頭や頬が花が咲いたようにほんのり赤くて、可愛い。じっとよすがを見つめていると、「あっ!」とよすがが素っ頓狂な声を出し、あらぬ方向を指した。気になってよすがの指が向いている先を見ても、何もない。ん? と首を傾げると、何か冷たい物が肩にぽすっと当たった。
「……」
よすがを見ると、案の定ニヒヒと笑いながら雪玉を持っている。
「……よすが?」
「べーだっ」
悪戯に成功した悪戯っ子のような表情を浮かべ、よすがは雪玉をもう一度投げて来た。避けなかったので頭にもろに当たり、流石にイラッと来て雪玉を作り、投げた。
「ぅひっ⁉」
「っふ、何それ……何その声」
やり始めると楽しくなって来て、僕らは笑いながら雪合戦をした。
「はぁ、はぁ、……つ、かれ、た……」
……腕が、痛い……。
「でも、楽しかったねー!」
「……まぁね」
僕のおざなりな態度に、むふふーとよすがは含み笑いをして、急に立ち上がり僕の隣に来た。そして、——キスを、した。
「っ……⁉」
「ふふふー」
艶やかなピンクの唇を悪戯っぽく綻ばせ、よすがが笑う。……いや、それも可愛いんだけど……
「……よすが、顔あっか」
「えぅっ⁉」
ギクリとしたように、よすががぴょこんと跳ねる。その姿はまるで小動物のようで、危うく飲んでいたお茶を噴き出すところだった。……あっぶな……。
こほん、とわざとらしい咳払いをし、よすがはまた歩き始める。その耳が林檎のように真っ赤で面白かったので揶揄ってみた。
「よすが、耳真っ赤。かーわい」
「……っ⁉ あぅっ、っこ、これは……ぇっと……! あっ、さ、寒さのせいだから‼ べっ、別に、先刻のせいじゃないからねっ‼」
「……やっぱよすがは可愛いなぁ」
「~っ、王~っ……!」
「はは、ごめんごめん。でも本当のことだから」
あぁ、楽しい。本当に、よすがと過ごす時間は、楽しいな……。
そんな楽しい時に、不意に不安が顔を覗かせる。
それは——最近ずっと出て来る、夢。その内容は、雪が降る冬に、銀世界の中を、僕とよすがが練り歩いている。しかし突如よすがが胸を押さえ苦しみ出し、倒れるのだ。
——そのシチュエーションが、今と酷似している。
夢が現実になるなんて、有り得ない。有り得ない、筈なのに——何故か、とても嫌な予感がする。
僕は、鈍色の空を仰ぎ、この予感が当たりませんようにと願った。
「ねー王、そろそろお腹空かなぁい?」
「ん……確かに。もう一時だしね……何処行く?」
「えー、ここ何があるの?」
「また歩いて探そうか」
「そだね! そーしよ」
僕たちは、道中で見つけたお洒落なカフェに入り、それぞれ卵サンドとホットドッグを頼んだ。
「はぐっ、んぐっ……ん! ほひぇふぉいふぃい(これ美味しい)! ふぉんふぉふぁえふぇふぃふぁふぁ(王も食べてみたら)? ふぁい(はい)」
「……」
全く言っていることは分からなかったが、食べろということは分かったので、僕は苦笑を浮かべながらぱくりと一口ホットドッグを食べる。僕は、ちゃんとごくんと飲み込んでから話す。
「ん……本当だ、美味しいね。パンふわふわだし、ソーセージぱりっとしてるし……しかも、トマトも入ってるの?」
「んっ……そう、そうなの! そのトマトとソーセージとパンの相性が抜群でっ、本当に美味しいのー!」
今度は、よすがも飲み込んでから力説した。
ふっと僕は微笑み、卵サンドを手に取った。
「これは、必然的にこっちの期待度も上がるね」
そう言うと、よすがはまるで犬のように目をわっくわっくと輝かせ、卵サンドを見た。……一瞬、尻尾が見えた。
ぱくりとサンドイッチにかぶり付く。ん、と、僕は目を僅かに大きくした。
「ぅわ……パン、めっちゃふわふわで……卵もとろっとろでふわっふわ……」
口の中で、ふわふわのパンととろとろの卵が混ざり合い、溶けて行く。
「……めっちゃ美味しい……」
もう待ち切れないという様子のよすがに、卵サンドを差し出す。すると、ぱっとよすがが顔を輝かせ、ぱくっと卵サンドにかぶり付いた。まるで犬みたいで……めっちゃ、可愛い……美味しそうに蕩けてるとこもめっちゃ可愛い……。守ってあげたくなる……。
「雲だぁ~……」
ふにゃあ~っとなっているよすががそう呟き、僕はその言葉に大いに頷いた。
「そう! 本当に雲みたいだった!」
「本当美味しい~」
蕩けているよすがを微笑ましく見つめながら、僕は卵サンドを完食した。
「有難うございました」
店員さんの声やドア鈴の音、雰囲気と見た目、そして何より食べ物——全てが洗練されたカフェだった。
「あーっ、美味しかったぁ……」
んー、と、よすがが伸びをする。そして大輪の花が咲くように、満面の笑みで「良かったね! ここ」と言った。
「そうだね。また来たいな」
「ねー」
他愛のない話をしながら白銀を行く。
もう直ぐ陽も海にとっぷり浸かる。それ以降は暗くて危ないので、もう直ぐでこのデートも終わりだ。
やはり夢は、現実にはならない。
なるわけがない。
そう安堵し、ほっと胸を撫で下ろした——時、だった。
「ん……? う……うっ、う……⁉ はっ、はぁ、はぁっ、はぁっ……!」
えっ?
「っ、よすが?」
「はぁ、はぁっ、はぁっ……!」
突如、よすがが——胸を押さえ、苦しみ出した。
「っ、よすが……よすが!」
「はぁっ、王っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、うぅっ……‼」
最後に悲鳴のような声を上げ、よすがは力尽きたのか倒れた。
「っ、……よすが……っ」
はっ、と気づく。直ぐに、救急車を呼ばないと。
スマホを取り出し、119と入力する。
僕の指は、小刻みに震えていた。
「……あっ、王君!」
病院の待合室でバクバク心臓を鳴り響かせ、汗なのか涙なのかも分からない塩辛い滴を一筋流す。
どうか、よすがの身に何もありませんように。
そう目を瞑り祈っていると、聞き覚えのある声が僕の目を開けさせた。
「ぁ……槙人、さん……まゆ、さん……」
その声の主は、よすがのお父さんだった。その後に、息を切らした様子でお姉さんがついている。
「大丈夫かい、王君」
「……は、い。僕は、何も……」
「ごめんね、王君。驚いたでしょ」
「……いえ、そんな。まゆさんたちが謝ることじゃ」
僕がそう言うと、僕たちの間に重苦しい沈黙が流れた。
最初に口を開いたのは、やはりと言うべきかまゆさんだった。
「……王君は、……よっちゃんの病気については……知って、た?」
「……お母さんから遺伝するかも、とは……」
「……、そう。じゃあ、もうちょっと詳しく話すね。よっちゃんね、母さんからの遺伝がめっちゃ多いの。だからよっちゃんに遺伝する可能性が高くて……その病気は遺伝性で、ね。しかも……、……」
突然まゆさんが怯えたように口を噤んだ。ん? と思わず僕は首を微かに傾げる。
まゆさんは、気を取り直したようにゔゔんと咳払いをした。
「……よっちゃん、一回こんな感じで、……倒れてるの」
「えっ、」
——倒れ、てる……?
では、……まゆさんたちにとって、この状況は……初めてではない、のか。
「えっと、確か……あたしが12歳の時、だから……よっちゃんが10歳の時、かな? だよね、父さん」
まゆさんがちらりと槙人さんに目を向けると、槙人さんはニコリと優しく穏やかに、慈しむように微笑んだ。
「うん、そうだね。……王君」
「えっ、あ、はい」
突然槙人さんに話を振られ、僕は慌てて彼に向き直した。
「その時のことを、話したいと思う。——まゆ」
「うん、父さん。あたし話すよ」
まゆさんの返事に、槙人さんは優しく目を細め、頷いた。
「宜しくね」
「うん。……王君、いい?」
「……」
正直、戸惑っている。
しかし、当事者が話してくれるんだ。
『よすがを、もっと知りたい』
そう思えば、口から勝手に「はい、大丈夫です。……有難うございます」と言う言葉が出ていた。まゆさんと槙人さんは顔を見合わせ、こくりと頷いてくれた。
「あれは、あたしが12歳、よっちゃんが10歳の、暑い夏のことだった——」
そして、まゆさんはぽつり、ぽつりと雨のように話し出した。
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