『冷たさ』。ただそれだけ
自信も誇りも失って生きてきた。
悲しい悲しいお知らせ。
だけど今日もどこかで君が楽しく生きていると想像するだけで、僕はハッピーになれるんだ。
なのに。それなのに。
衝撃音と爆音はけたたましく、周囲は倒壊した建物に炎と煙。何人かはもう爆風に巻き込まれて、既に既に死んでいた。
「逃げろ!!逃げろ!!あいつから逃げるんだーーーっ!!!」
「それ」に手も足も出なかった、銃を持った自衛隊員達が走り逃げていくのを横目に、僕は反対方向、自衛隊員達が走ってくる方向へゆっくりと進んでいく。
自衛隊員の1人が、正気か!?とでもいうように決死の表情で振り返り、僕の腕を掴んだ。
「君!!何をやってるんだ!?早く逃げろっ!!」
「僕は助けるよ。君たちのことも、『彼女』の事もね」
「無理だ!!あれに対抗出来るのは兵器だけだと、分かっているだろう!??」
「知ってる?目的を失い宙吊りになった者に待っているのは『支配される』世界だけなんだ」
「…………?」
「君たちはただ、あれを許すな。自分達に致命傷を負わせたそれを、許さずに逃げろ」
自衛隊員の手を振り払い、僕は再び前へ歩き始める。
もう全部どうでもいいとしても構わない。
なんでもいい。
だけど君に会わせてくれよ。
僕は真面目に生きてきた。
孤独に負けず生きてきた。
それが立派だっていうなら、僕のことを救ってくれよ。
ろくでなしの僕を救ってくれよ。
何も無い僕を救ってくれよ。
死にたい僕を救ってくれよ。
どんどん「それ」に近づいていく僕の身体は炎で熱くなっていって、熱さは痛みになっていく。
1人僕が死んだところで何も無いだろう。
何も無いだろうから、一矢報いたっていただろう。
一矢報いて死ねるならもうそれでいいんだよ。
誰かを幸せにしたいとか夢とか希望とか、もう。
『えへへ。見て!私が投げたヒコーキ。枝に引っかかっちゃった』
脳裏に蘇る、無邪気でいじらしい笑顔。
僕は知っている。頭の良い君は僕に良いところを見せて欲しかったから、わざと高い木の枝に引っ掛けたんだって。
足の感覚も手の感覚も、あまりに熱すぎて痛すぎて、脳みそが目の前を拒否している。
辛い。
きつい。
悲しい。
助けてくれ。
今にも崩れそうだ。泣きそうだ。叫んでこのまま消えてしまいそうだ。
僕が消えたその時、皆は楽になれるかな?笑顔になれるかな?
つまらない結末の人生だったな。
何でもいいけど、もう寝かせてくれよ。
熱さと絶望に身も心も焼かれるのを耐え忍びながら、ゆっくり1歩1歩こちらへ歩み寄ってくる「それ」の目の前までやってきた僕は、焼けただれて原型を留めないその顔を見上げて、話しかけた。
「君の叫びはその程度か?その魂はその程度か?」
その焼けただれた顔が、僕の言葉に反応することは無かった。
人としての意思が恐らくもうないと思われるそれに、僕は構わず語りかける。
「程度が知れてたか?だからこんな下らない形で人生を終えるのか?」
「…………」
「本当に君という奴はムカつくな。最後の最後まで」
「…………」
「だけど、初めてかもね。最後の最後に君がこうして本音を話してくれて、本当に良かった。僕だって死にたいし、帰りたい」
「…………」
星に願いを送るから、僕を安全に死なせてくれよ。
つまらないんだよ。君のその顔は。
紛争地域とかで真っ先に命を落とした人に、代わりに生きさせてあげたい。
この命は、他の誰かが死ぬ程欲しがったもの。
この命は、他の誰かが死ぬ程生き続けて欲しかったもの。
何で僕の手にあるんだよ?
なんで僕の手なんかにあるんだよ。
要らないよ。不要だ。苦しいよ。
つまらない。くだらない。苦しい。
ん?なんか…………眠たいな。
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……………
「目を瞑って想像してご覧。皆が死ぬその時を」
彼女は突然に、突拍子もない暗い事を言って笑った。
「死?そんなものを意識した時点で、傲慢だろう」
僕は言い返す。僕とは全く違ってその両肩に立派な身分と使命を背負った彼女のその言葉を、僕は認めたくなかった。
カルミアの花を両腕いっぱいに抱えて、心底楽しそうに僕に向かって微笑む彼女のセミロングの髪が、心地よく吹く風にゆらゆらと揺れた。
「その時浮かぶのは悲しみ?怒り?嬉しさ?楽しさ?どれが浮かぶかな?」
真っ直ぐにこちらを見つめて問いかけた彼女の目を、僕は下らないものを見る目で見つめ返して答えた。
「死の先にあるものは感情ではない。『冷たさ』。ただそれだけだろう」
……………
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そのあまりの熱さと痛みに、ハッと僕は我に返った。
彼女を冷たさではなく、あまりに痛すぎる程の熱の中で感じていた。
いやだ。いやだ。いやだ。
死なないでくれ。
何で、僕のためなんかに死ぬんだよ。
死なないで。
苦しまないで。
生きて。生きて。生きて。
生きてください。
目の前でぐっちゃぐちゃの表情で涙を流す僕のことも構わず、彼女はゆっくりと僕に近づいてくる。
「孤独は食欲を加速させるだろう。それではいけないから、僕と一体になれば良い」
僕は彼女に、両腕を広げ迎えた。
ああ、僕も死ぬのか。
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……………
「足が痒い。蚊はこの世で最も邪魔な生命体だ」
教科書を手に持って教壇に立ち、ボードに熱心に書き込む彼女に、その目の前で机に座り1人補講を受ける僕はちょっかいをかけた。
右足のくるぶしの鬱陶しい痒みに、ひたすら爪を立てて引っ掻きながら。
「目の前に集中すればいいじゃない。ほらほら。知識を得ることはこんなに楽しかったかな〜?」
「痒すぎるから、無理だ。この腫れを見せてやろう。そしたら笑ってくれるか?受け入れられるか?」
「もちろん受け入れますよ?私は蚊の事もあなたのことも、大好きなんですから」
にこーっと楽しそうに僕に笑顔を見せる彼女。まさか僕が蚊と同等とは。
いやいや、違う。僕が言いたかったのもやりたかったのも、こんな事じゃなく………。
………僕が本当にやりたかったことって、何だったんだ?
僕は。僕は、君と………。
……………
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……………今にして考えてもやっぱり、分からない。
分からないから、僕にはもう手と足を動かす以外には何も無いんだ。
考えても何も答えなんか出ない。
出ないから。魂で証明するしかないんだ。
僕はその身体に触れた。最後の最後まで、君は教えの姿勢を崩さなかった。
教えてくれてありがとう。命、生きることの、その尊さを。