第四章前編 第18話
ドクターを避け、姿の見えないナースに怯えながら進む2人。すると前方の曲がり角からヒールの音が聞こえてくる。
「おぉ……マジか……前からナースが来てる。一度引き返そう」
「う……うん……」
振り返った夏輝と雅だが、背後からもヒールの音がする。
「えっ!?なんで……!ナースは1人じゃないの……!?」
「思い出せ……ナースは三姉妹だ。ってことは今、ここで俺達を探しているナースは3人だ……!」
「どうしよう!?このままじゃ……!キャッ!?」
「クッソ……万事休すか……?うおっ!?」
夏輝と雅が慌てていると、後ろにある更衣室のドアが開いた。2人が見るとローブを着用し、大きなリュックサックを背負った人物が手招きしていた。
「お二人さんや……寄っていきな……いいモノ揃っとるよ……」
「行商人か……」
「夏輝君、行こう……どのみちこのままじゃ捕まっちゃう」
「わかった。行こう」
行商人に招かれるまま、更衣室に入った2人。後ろのドアが閉まった途端、ヒールがすぐ前を通過して行った。
「危なかったな……」
「うん……」
「ようこそ、お二人さん。何をご所望かね?」
行商人が広げる屋台は少し異様であった。紫の炎が照明として灯っており、めくった風呂敷の上には様々なモノが売っていた。正気度回復薬に強化ライト、謎の機械にUSBメモリ、ドッグタグやカルテなんかも置かれていた。
その中でも夏輝は一つのUSBメモリが気になった。
行商人は2人に告げる。
「購入機会はこの一回だけ……纏めて買えるのは3つまでだ……纏めて3つ買うのも、個別に1つだけ買うのも、どちらにせよ一回きり。今回以外はないよ……よぉく、考えな」
「どうするの?夏輝君……」
「買う前に聞きたいことがある」
「聞きたいこと?なんだい?」
「支払い方法は」
それを聞いた行商人は、"クックック"と笑うと夏輝を指差し告げる。
「いいとこに気づくねぇ……対価は正気度だよ」
「……!」
「わかった。問題ない」
「夏輝君!?」
夏輝はタブレットで正気度を確認する。自分の正気度は75、雅は80。購入したいモノは自分の正気度で賄えそうだ。夏輝はそれぞれ商品を見回す。
・正気度回復薬:正気度を10回復する
正気度−10
正気度回復薬(大):正気度を25回復し、一定時間正気度が下がらなくなるが、追跡者に気づかれやすくなる。
正気度−35
・不安定な強化ライト:より強く発光する軍用ライト。狙いを定めれば追跡者を一時的に足止めできる。電池式なので電池切れには要注意。
正気度−25
・試験薬用ボトル:その名の通り試験薬を入れるボトル。最も、今この病院に必要かどうかは……わからない
正気度−10
・ドッグタグ&ロケット:誰のものかわからないドッグタグとロケット。ロケットには女性の写真が入っている。コレがここにあるということは、持ち主は既にこの世にいないだろう……
正気度−10
・誰かのカルテ:誰かのカルテ。正直使い道はない。ただの紙切れ。トイレの紙か落書きくらいには使えるかも
正気度−0
・USBメモリ:内容は不明。タブレットにインストールして使う
正気度−50
その他にも大量の商品が並べられている。
夏輝は一つ一つ頭の中で整理していく。
(回復薬はアリだ。いざという時に使える。だが情報の方が欲しい。大サイズも魅力的だが探知されやすくなるのは考えものだな。ライトは足止めできるのは強力だがいざという時の電池切れが怖い。無用のリスクは減らすべきだ。となると……やはりUSB、ボトル、タグとロケット……消費は70。少々攻めることになるが……コレが安牌か)
夏輝は雅に問う。
「なぁ、今の持ち物は?」
「えっ……と小回復薬は余裕があるよ。結構見つけられたから20個くらい……回復薬は1つだけ……後は仮眠室で見つけた手記とさっきの手紙の写真くらいかな……」
「わかった。決めたぞ行商人。USB、ボトル、タグとロケットをくれ」
「ほぉ……ヒッヒッヒッ……今までの生存者とは違う選択だねぇ……お嬢ちゃんは?それでいいのかい?」
少し考えた後、雅は行商人を真っ直ぐに見据えて告げた。
「私は……彼を信じます……」
「そうかいそうかい。なら取り引き成立だ……正気度70貰っていくよ」
「なっ……70!?ちょ……ちょっと待ってください!」
対価を聞いた雅は思わず声を荒げた。それもそのはず。正気度70を失うと夏輝の残りは5。見つかるリスクは大きく跳ね上がる。何より、夏輝1人でどうにかしようとしているのが気に入らなかった。だが行商人は、無慈悲に告げる。
「契約は成立したんだ。今更取り消しなんてできないよ」
「そうだぞ。雅。きっといつかコレで良かったって思える」
「それでも私は!納得しない!」
キッパリと言い切った雅は行商人に詰め寄った。
「支払いは夏輝君と私で分割して!35ずつなら合計70!問題ないでしょう!?」
「ふむ……そんな提案は初めてだが……こちらとしてはキッチリ70貰えれば文句はない。いいだろう。35ずつ貰っていくよ」
タブレットを見れば、夏輝の正気度は40、雅の正気度は45となっていた。思わず夏輝は雅に詰め寄った。
「何やってんだよ!リスクを背負うのは俺だけで十分だって!」
「そんなの嫌!いつもいつも私のことなんて考えずに危ないことばっかり!こういう時くらい頼ってよ……もう後ろに隠れているのは嫌なの……」
「…………」
雅の迫力に夏輝は何も言い返せなかった。それを見ていた行商人が笑いながら何かを2人に投げ渡す。見れば"100"と書かれたコインであった。
「ヒッヒッヒッ……いいパートナー同士じゃないか。オマケにカルテと一緒にコレをやろう」
「コレは……コインか……?」
「持っているといい事があるかもしれないよ……そら、タブレットだ。精々頑張りな……さて……新しい商品を仕入れに行くとするかね……」
行商人は手早く屋台を畳むと更衣室を去って行ったのだった。




