第四章前編 第10話
ホテルへと到着した2人は、チェックインの為に受付へ向かった。
「ようこそいらっしゃいました。どの様なご用件でしょうか」
「今日、予約している者です。チケットを渡せばいいと言われまして」
「拝見いたします」
コンシェルジュは夏輝からチケットを受け取るとキーボードを叩く。少しした後、2人に告げた。
「はい。ご予約されております。神山 夏輝様と同じく雅様ですね。ご夫妻でのご宿泊で間違いないでしょうか?」
「は……?夫妻?どういうことです?」
「!?」
「俺達は夫婦ではないんですけど……」
「ですがこちらの予約ページには"ご夫妻"の書き込みがありまして……」
2人が覗き込んだページにはしっかりと
宿泊者"神山 夏輝" "神山 雅"
ご関係 夫婦
と書かれていた。ホテルのフロントには手で顔を覆う夏輝と、煙が出るほど赤くなった雅の姿があった。
「マジかよ……何やってんだよ……ボス……」
「あわわわわわ……!」
「訂正しておきましょうか?」
「はぁ〜……いや、いいです。後々、こちらで処け……じゃなくって"処理"しますんで。部屋の鍵をもらっても?」
「はい。こちらになります。階層は最上階の15階。1番奥の部屋となります」
「ありがとうございま……す……」
鍵を受け取った雅は言葉を失った。見れば鍵はカードキーではなく通常の鍵。そして、確実に普通ではない雰囲気を漂わせていた。
「係の者がお部屋まで案内いたします」
コンシェルジュが手を向ける先には2人のボーイが立っていた。1人が夏輝と雅のスーツケースを持ち、もう1人が先導する。やがて最上階の15階にある1番奥の部屋の前へ向かう。向かう最中夏輝は気づいた。他の階よりも明らかに部屋数が少なく、装飾も豪華である。何より監視カメラの数が多い。この辺りから夏輝は考えるのをやめた。もはやどうすることもできず芽衣の手のひらで遊ばれていると感じたからであった。
目的の部屋へ到着するとボーイは荷物を置き、一礼して去っていった。夏輝と雅の前に聳え立つのは予想よりも重厚そうなドアであった。
「ここか……」
「な……なんか……思ってたのと違う……」
「だな……俺達がサイトで見たのとなんかちげぇぞ……」
夏輝は鍵を差し込むと開錠する。ドアノブを握り雅に告げる。夏輝も雅も冷房が効いているはずなのに額には汗をかいていた。
「開けるぞ……」
「う……うん……」
鬼が出るか蛇が出るか。意を決してドアを開けた2人の目にまず最初に飛び込んできたのは大きな窓とバルコニー。それからソファと大きなテレビ。
「マジかよ……やべぇな、こりゃ……」
「………」
余りの広さにただただ呆気に取られる夏輝と絶句する雅。2人がリビングへ入ると隣にも部屋がある。ベッドルームの様であった。そこに鎮座するのは大きめのダブルベッド。クローゼットやアイロンまで完備されていた。玄関からリビングの途中にはバスルームとトイレ、それから洗面所。もちろんユニットではなく独立式であった。冷蔵庫や電子レンジといった家電も一通り完備しており、言ってしまえばキッチンがない2人暮らしの広めのマンションと同じであった。
「部屋広っ!」
「見て見て!バルコニーから遊園地とかプールとか全部見えるよ!」
「控えめに言ってヤバすぎ。どんだけすんだよこの部屋……」
芽衣の本気である。
なお彼女曰く"家族の為ならこれくらい構わん。というよりも普段のアイツの働きにはまだまだ足りない。それに彼女にも頑張って欲しいからな"
とのこと。度を越した過保護もいいところである。
そんなことなど知らない夏輝はバルコニーにいる雅の隣に並んだ。
「いい景色だな」
「うん……わっ……!」
その時、ふと夏風が2人を撫でた。風に吹かれ、靡く髪を押さえて自分に微笑む雅を見て、思わず夏輝は呟いていた。
「……綺麗だ……」
「何か言った?」
「いや……とりあえず荷解きしようぜ。先に部屋に戻る」
「……?わかった。すぐ行くね」
顔に持った熱を隠す様に夏輝はそそくさと部屋へ戻る。そんな夏輝を雅は不思議な物を見る目で追うのだった。
荷解きをしながらも2人の視線はベッドに向く。粗方、荷解きを終えたタイミングで遂に夏輝が言った。
「なぁ……ベッド……どうするよ」
「……!」
そう言われた雅は、まるで錆びついたかのように振り返るとワザとらしく目線を外し答える。
「な……夏輝君が使っていいよ?私はどこか別の場所使うから」
「はぁ?断る。お前が使えよ。俺は床でも外でも寝られる」
「なっ……!ダメよ!コレは夏輝君を休ませる為の旅行でしょう!?だったら夏輝君が使うべきよ」
「だからと言ってお前が割を食うのは話がちげぇだろ!」
お互いがお互いを大事に思うが故の論争。お互い譲らずに長く続くかと思われたが、そんな論争に決着をつける一言を放ったのは雅であった。
「だったら2人で使えばいいじゃない!」
「あっそ。わかった。ならそれで」
「決まりね」
再び2人は荷ほどきに戻るが数秒後、先ほどの発言を思い出し気づく。
((アレ?流れでとんでもないことになったのでは?))
ベッドに目を向けた後、お互いの目が合う。気まずそうに視線を逸らす2人だったが……気づくのが遅い。訂正しようにも既に手遅れであった。
「とりあえず荷ほどきはこんなもんだろ」
「そうね。この後どうする?」
時計を見れば時刻はお昼前。プールに行くにしても着替える時間が惜しい。水族館は少し距離がある。必然的に行き先は決まった。
「遊園地、行くか」
「そうね」
前途多難な2人の休暇初日が幕を開けた。




