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第四章前編 第8話

出発前夜、夏輝は雅とベッドに腰掛け話をしていた。夏輝は苦々しい思い出を語る。

 

「複合リゾート地とはいえ水辺かぁ……」

 

「何か不安?」

 

「そういうわけじゃないんだけど、前回の占領事件思い出してな……」

 

「あぁ……あの事件ね……」


 雅は静かに視線を落とす。

 忘れることはない夏休み序盤。雅が友人と訪れた水上リゾート地が国際的な海賊"オルカ"にハイジャックされた事件である。テロの首謀者とその一味は夏輝達と軍、警察の手で壊滅したが未だインターポールによる捜査と行方不明者の捜索が続いており、世界から傷跡は消えていない。無論、夏輝も少なからず重傷を負い、雅は一時期PTSDに悩まされていた。

 

「今回は確実にないとは思うがやっぱ不安はあるしなぁ」

 

「あんなこと何度も起きると困っちゃう……」

 

「俺も対戦車ロケットにファイヤーダイブはもう勘弁。笑えねぇわ。アレ」


「心配したんだから……ホントに死んじゃったかと……」

 

雅は夏輝の腰に手を回すと背に顔を埋める。夏輝は雅の手に自身の手を重ねる。雅は顔を埋めたまま優しく告げる。

 

「今回は全部忘れて、ゆっくり休みましょう」

 

「そうするよ。ボスにも言われたしな」


「もうこんな時間……明日も早いからそろそろ帰るね。荷造りも最後の大詰めだから」


「了解。送っていく」


「ありがとう」


 いつも通りに家まで送ると、夏輝は雅が彼女の家に入り玄関の鍵をかけたのを確認し自分の家へと帰っていった。

 帰った雅は自分の部屋へ到達すると頭を抱え叫んだ。


「全然荷造り終わってないよー!」


 床にあるのは全体の2割ほどしか埋まっていないスーツケースに、大量の私服。そして栞達と購入した"武器"の入った袋であった。雅は私服をアレコレ組み合わせながらボヤく。


「どうして夏輝君はあんなに早く終わってるワケ!?そりゃ荷物の少なさもあるかもしれないけど……」


 雅は玲達のアドバイスを思い出しながら、ある程度私服を選別する。派手目のものは避け、白系や比較的露出の少ないものをスーツケースに詰めていく。最後に残ったのは例の袋。雅は水着だけを取り出すと袋をスーツケースの奥底へと押し込んだ。水着を畳んで別の袋に入れるとタオルに包んだのち、スーツケースの奥底へ。


「いつまでも"待ってる"だけじゃダメだもんね……!」

 

 スーツケースを閉じ、部屋の電気を消すとベッドに潜り込む。だが寝付けない。おそらく緊張によるものであった。


「明日のこの時間は……夏輝君と2人きり……うぅ〜……考えると寝られないよ……」


 ふとカーテンの隙間から窓の外を見れば、ちょうど夏輝の部屋の電気が消えたところであった。おそらく雅が無事に部屋の電気を消すまで待っていたのだろう。


「そういうところが……ズルいよ……」


 そう呟いた雅はタオルケットを頭まで被る。目を瞑ってしまえばいつの間にか意識を失っていた。

 対する夏輝も雅の部屋の灯りが消えたのを確認するとベッドに潜り込む。この時、夏輝の胸中には普段の任務とはまた違った緊張感が渦巻いていたが本人はそれに気づくことはなかった。


 翌朝、栞に送られ駅に着いた夏輝達。そこには何故か芽衣の姿もあった。


「ボス?なんでここに」


「いやなに。恥ずかしい話だがお前達に渡す新幹線のチケットを間違えてしまってな。すまないが返してくれるか?」


「何やってんだよ……」


 夏輝はチケットホルダーからチケットを取り出すと芽衣に渡した。受け取りながら芽衣はバツが悪そうに告げる。


「いやはや……本当に面目ない……まさかお前にダミーのチケットを渡すとは……ほら、コレが正真正銘ホンモノだ」


「新幹線のチケットにダミーもクソもねーだろ……はぁ!?なんだよコレ!?」


「どうしたの?って……えぇ!?」


 2人が驚くのも無理はない。なぜなら芽衣から渡されたチケットには"ロイヤルシート"の文字が書いてあったからである。鉄道事情に疎い夏輝と雅だがこのシートの存在は知っていた。1席ウン万円の最高級クラスである。チケットを見た栞達も口々に驚きの言葉を発する。


「わあ〜……いいじゃない。何度か出張の時に使ったけど本当に快適よ」


「そういえばこの前、司と一緒にコレ使って出資企業に挨拶しにいったっけ……割と良かったよ、コレ」


「私も生徒会の要件で使用したことがありますが……本当に新幹線なのか疑うほどに快適でした。良かったですね。兄様、雅義姉様」


「栞姉と姉貴はわかるけど……なんで華恋まで普通に使ったことあんの?怖ぇんだけど……」


 若干引き気味に答える夏輝に芽衣が続ける。


「驚いたか?」


「驚いたというよりドン引いてるよ」


「そうか。それはなによりだ。ほら、2人とも時間がないぞ?」


「げっ……マジだ……雅、急ぐぞ!」


「あ、うん!」


 改札に向かう2人だったが、ふと立ち止まると芽衣達に向き合い告げる。


「ありがとな。ボス。じゃ、行ってくる!」


「ありがとうございます。行ってきます!」


「楽しんでね〜」


「土産、忘れんじゃないよ」


「雅義姉様、頑張ってください〜」


「ゆっくり休んでくるんだぞ」


 2人が改札を抜け、姿が見えなくなると芽衣が呟く。


「コレで多少は進展するといいがな……」


「大丈夫ですよ、芽衣伯母さん。流石の夏輝君でも今回ばかりは逃げられませんから」


「コレで腑抜けたこと抜かす様だったらアイツは拷問だね」


「水責め、兵糧攻め、火炙り……ファラリスの雄牛にアイアンメイデン……手段はたくさんありますね。ですが兄様にはどれが有効かはわかりません。芽衣伯母様、その時は累様に連絡してもよろしいでしょうか?」


「絶対ヤメろ。ウチの尋問担当がウッキウキで用意する様は心臓に悪い……」


 昔のことを思い出したのかゲンナリした表情で芽衣は言うのであった……

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