第三章幕間 第8話
銃を手渡された雅は思わず夏輝に聞き返す。
「え!?なんで!?」
「仕方ねーだろ……仕込み疑われない為には雅が一番だし……安心しろ。ちゃんとサポートしてやるから」
その言葉に促され渋々銃を受け取ると雅は台に肘をつきちょうど尻を後ろに突き出すような格好となった。
その時、夏輝はふと謙也からスマートフォンの画面を見せられる。見れば、件の男達と思しきアカウントの配信動画であった。
「夏輝見てみなよコレ。たぶんアイツらのアカウントだ」
「おぉ……どれどれ……フォロワー数100人ちょっと……零細だな……バズり狙いの悪質配信ってヤツか……?」
「それはわからないけど……同接数がさ……」
画面を見れば同時接続数は4桁人であった。サムネイルには"祭りの闇を暴きます"の文字。典型的な炎上チャンネルである。しかし、同時接続数が増えたのはサムネイル等ではない。どうやら雅が映ったからのようであった。コメント欄には雅の容姿についてのコメントが多く流れる。撮影担当の男は雅の後ろ姿を舐め回すように撮っていた。
「チッ……ムカつくな……今すぐこの場でコイツら半殺しにしてやろうか……」
「俺も看過できないけど……手を出したらコッチの負けだよ」
「わかってる。要は雅を画面に入れなきゃいいんだろ」
夏輝は雅を庇うように後ろから覆い被さった。雅に体を沿わせると手を重ねる。2人の顔は近い。照準を合わせていた雅は突如感じた体温と耳元の夏輝の声に驚いた。
「うぇっ……!ちょっと……!夏輝君!?」
「黙ってろ。足は肩幅に開いて、片足は少し下げろ。台に肘はつかなくていい。雅の体幹なら立ち撃ちで十分だ」
「えっ……あ……うん……」
雅の耳元で淡々と指示する夏輝。その声は低く、鋭い。まさに真剣そのものであった。対する雅はいっぱいいっぱいであった。顔は耳まで熱を持ったように熱く、心臓は早鐘を打つ。銃を持つ手は僅かに震えていた。的を狙っているのは自分のはずなのに、まるで夏輝に自分の心臓を狙われているように錯覚してしまう。
それを見ていた謙也と杏梨はそれぞれ話す。
「はぁ〜……凄いな……夏輝の圧倒的無自覚過保護ムーブ……」
「雅は……結構大変そうね。同情するわ。私も謙也に同じことをされたらああなるわね……反面教師にしないと……」
「神崎さんは大変だろうね……その後何か言った?」
「いえ、何も」
謙也は杏梨にスマートフォンの画面を見せる。画面のコメント欄にはもはや詐欺のことなど書かれておらず、夏輝と雅の美男美女コンビに対してのコメントばかりであった。
「凄いな……杏梨、見てコレ」
「ん……?"暴露というより爆発しそう" "美男美女すぎて嫉妬心も湧かん" "正直、零細アカウントの配信よりこの2人を見たい" "こんな青春したかった。コンプレックスを刺激しやがって。フォロー解除しました"……視聴者は言いたい放題ね……」
「皆、娯楽に飢えてるからね。それにしても全国にコレが流れるのかぁ……俺なら耐えられないね」
「神山は気にしなさそうだけど……雅が少し不憫ね。まぁ、あの男達が原因だけれど」
「まぁね……杏梨。何してるの?」
「ちょっと野暮用」
杏梨はスマートフォンを取り出すと何やら操作する。首を傾げる謙也を他所に夏輝と雅の写真を撮るとスマートフォンを仕舞う。2人が見れば、夏輝はまだ雅にレクチャーを続けていた。
「脇は締めて、銃から肩にかけて一直線に。ストックに顔を自然に沿わせる」
「わ……わかった……」
「照準は銃口の先端の突起に合わせろ。そこにコルクは飛ぶ。狙うのは……あのゲーム機の引換券でいいか。右斜め上の角を狙え」
「う……うん……」
「一度深呼吸しろ。銃口が震えてる。目標から目を逸らすな。引き金は自然に真っ直ぐ引け。引く瞬間、呼吸は止めて反動は肩で受けろ。まぁ、コルク銃だからケガはしないと思うが……無理に逃そうとするな。雅ならできる」
夏輝は雅から少し離れる。雅はそれが寂しいような、解放されたような複雑な感情であった。だが背中には未だ温もりが残っていた。夏輝が右手を背中に添えたままだからであった。
雅は指示通りに深呼吸する。目は真っ直ぐに目標を捉えていた。引き金を引く瞬間、呼吸を止め銃口のブレを無くす。そして力まず真っ直ぐ引き金を引いた。
"ポンッ"という小気味良い音と共に発射されたコルクは真っ直ぐ、景品である引換券まで飛ぶと見事に角に命中した。引換券は数回グラグラと揺れた後、後ろに落下した。その光景を見た観客からは感嘆の声が聞こえた。夏輝は男達に告げる。
「言ったろ。不正なんてないって。コレが証拠だ」
「ぐっ……そんなのわかんねえだろうが!最初からその景品だけ倒れるように仕組んでたんだろ!」
「アンタ……自分の言ってることと矛盾してるぞ……それにここの景品はちゃんと狙えば全部ゲットできるようにしてあんの……」
夏輝は雅から銃を貰い、コルクを詰める。そのまま的を見ることなく限定プラモデル引き換え券に向けて射撃する。コルクは引き換え券のど真ん中に命中するとそのまま後ろに落下した。その光景にまたも観客からはどよめきが起こるが、どよめきの理由は落下した事実ではなく夏輝のノールック射撃に対してあった。
「だが……!」
「はいはい。俺が撃ったからって言いたいんだろ。謙也、撃て」
「はいよ〜。俺は……あの人気カードゲームのBOXが欲しいんだけど、どこ狙えばいいんだ?」
「左上の角」
「OK」
謙也が放ったコルクは僅かに狙った角の下に当たる。当たった引き換え券はビクともしなかった。
「あら……」
「ここの射的は毎年難易度たけーんだよ。精密射撃しないと落ちないバランスなんだけど……今年はなんか難易度レベチだな……まさか……」
夏輝が沙羅を見ると彼女はバツが悪そうに目を逸らす。下手な口笛を吹いてまで。
「はぁ……全くこの先輩は……ともかく、アンタらは己の技術の無さを棚に上げて文句しか言ってないヘタクソってこと。そういえばこの店のこと詐欺だとか色々罵ってくれたよな。それ、"偽計業務妨害"って言う犯罪だからな。アンタら弁護士出されても文句言えねーぞ」
「ちっ……!」
「わかったらこれ以上、年下に恥かかされる前にとっとと帰りな。今日は祭りなんだ。騒動を起こす日じゃねーんだよ」
「クソが……!」
痺れを切らした男はコルクが装填された銃を雅に向ける。しかし夏輝の行動は早かった。
銃身を左手で握り込み親指で銃口を押さえると、そのまま相手に向けて押し返す。相手がバランスを崩し手から力が抜けたのを確認すると銃を引き抜き、そのまま構える。銃口は尻餅をつき座り込む男の眉間に合わされていた。
夏輝は底冷えするような声色で淡々と男に告げる。
「銃を扱う上での鉄則だ……銃口は人に向けるんじゃねぇ……!わかったな……!」
「フッ……そうかよ……今のも全部放送されてるぜ……?お前の負けだ……暴力男」
勝ち誇るような男に告げたのは意外にも杏梨であった。
「貴方達のアカウント私が貰ったから」
「は……?」
「ザルみたいなパスワードにフリーメールアドレスなんてセキュリティ甘いわね。ふ〜ん……貴方達あそこの大学に通ってるの……わぁ、色々と犯罪行為がありそうね。警察に駆け込もうかしら」
「そんなブラフにかかるかよ!」
男は尚も吠えるがカメラマンの男が耳打ちする。どうやら本当にログインできないようだった。
「どうするのかしら。今、ここで大人しく帰るか。貴方達の名前を1人ずつ読み上げるか。もちろん、学部学科それに年齢のオマケ付きよ?選びなさい」
「ぐっ……!おい!帰るぞ!クソ!こんなしけた祭り2度とくるかよ!」
「弱い犬ほどよく吠えるなぁ……2度と来なくていいぞ」
ワラワラと男達が去った後、夏輝は店主に銃を渡す。未だバツの悪そうな顔をする沙羅を一瞥するとある部分を強調し店主に告げる。
「ウチの"ダメな先輩"が迷惑かけた」
「なっ……!ダメって言われた……いつもは言う側なのに……」
「いいさ。丸く収まったんだ。それで十分だ」
「それで景品は?」
「渡すわけないだろう。そもそもお前は去年"出禁"にしたんだからな。毎年毎年高額景品ばかり狙いおってからに」
「おいおい……そりゃないぜ……俺、頑張ったのによ……」
落ち込んだような顔で嘆く夏輝を見ながら、雅は胸の前で手を握る。心臓は未だうるさいほどに鼓動していた。この鼓動は銃を向けられた緊張からか、はたまた夏輝に対する恋心故か……
どちらにせよ祭りをめぐる最中、雅は自分の鼓動を祭囃子よりも騒がしく感じていた……




