第三章 第10話
予告日当日。夏輝は屋上で狙撃の準備を行なっていた。銃を組み立て、スコープを取り付けた後キルフラッシュを装着。バイポッドを立てるとその場に伏せる。傍には近海のレーダーを写したモニターがあった。
「用意はいいか」
「見ての通り。いつでも」
「そうか……悪いニュースともっと悪いニュースがあるがどちらから聞きたい」
「嫌な2択………悪い方からで」
夏輝の半ば呆れた返答を聞くと芽衣は空を見上げ、告げる。
「今日は一日中晴れる。自然との戦いになるぞ」
「うへぇ………暑いの嫌いなんだよな……反射も計算に入れないといけないし……やってらんねぇな。もっと悪いのは?」
「軍にオルカによる死傷者が出た」
「マジかよ!?」
「大マジだ」
芽衣は地平線に目を向ける。
「タンカーを襲撃、燃料を奪い、軍の偵察機と哨戒ヘリを撃墜。タンカーへ救援に到着した部隊諸共、吹き飛ばしたらしい」
「うぉ……ヤッバ……」
その時、モニターから独特の警告音が鳴る。夏輝がモニターに目を向けると複数の点が高速でこちらに向かってきており、双眼鏡で地平線を除けば"黒い波"が近づいていた。
「ボス」
「わかっている。始めるぞ。各員配置に付け。累。施設内のトラップは?」
「準備完了ですわ」
「沙羅。迎撃用意」
「了解」
「夏輝」
「わかってますって」
夏輝がスコープを除くと、フラフラと砂浜に出る沙羅の姿があった。
「沙羅先輩やる気だな」
「最近、暑さによるストレスがフルにかかっていたからな。今日は曇りのち晴れ、所により弾丸と言ったところか。では私も行く。頼むぞ」
「はいよ」
芽衣はブーツを起動すると屋上から飛び降り消えた。
「ここ10階建ての最上階なんだけどなぁ……」
夏輝の呟きは海風に攫われて消えていった。
「よーし!行けぇー!このまま突っ込めぇー!」
先頭のジェットスキーに乗る男の掛け声で更にスピードを上げるオルカ。砂浜に見える人影は1人。後ろに乗った銃手の音が操縦手に言う。
「おぉ?誰かいるぞ?」
「知るか。殺せば全員同じだ」
「それもそうだな……ぐぼぁっ………!」
陸地まで後少し、人影に銃口を向けたタイミングで着水音と共に銃手が消えた。
「は……?ぐはっ………!」
後ろに気を取られた刹那。操縦手の男もジェットスキーから転げ落ちた。そのままジェットスキーは砂浜に乗り上げ、沙羅の元へ滑っていく。沙羅はジェットスキーを片足で止めると、SMGの安全装置を解除し告げる。
「始めるよ」
「沙羅先輩。先頭にいたうるさい2人オトしましたから」
「わかった」
砂浜に上陸してくるオルカに対して沙羅は迷わず引き金を引く。夏輝の正確な射撃術とは真逆の暴による制圧であった。相手も銃を構えるが、悉く夏輝によって無力化されていく。
「砂浜とかいう遮蔽物のないステージでジェットスキーを縦向きに止める時点でセンスないよなぁ」
「まぁね……じゃあ打って出るね。援護よろしく」
「了解です」
沙羅は徐にスカートから手榴弾を取り出すと"ピンを抜かず"に放り投げる。手榴弾はちょうど有効範囲であるか否かの場所に転がった。男達は困惑するが次第に笑いが出てくる。
「お嬢ちゃん。その手榴弾ってのはピンを抜かないと爆発しないんだ。それにその距離じゃ俺達にダメージは与えられないぞ?もっと近づいてあげようか?」
「お好きにどうぞ………その代わりどうなっても知らないからね」
「お〜お〜。威勢がいいこった」
オルカの1人が一歩踏み出した瞬間、手榴弾は爆ぜた。いきなりのことで動けないオルカだが次に彼らを襲ったのは目の痛みであった。
「ぐぁぁぁぁぁ!痛ぇぇぇぇ!」
「クッソ!前が見えねぇ!何をした!」
目を押さえて阿鼻叫喚のオルカをスコープ越しに覗きながら夏輝が言う。
「砂浜で爆発すりゃ、砂も飛び散るに決まってんだろ。海での生活が長すぎて砂の存在を忘れたか?」
夏輝の狙撃銃からは煙が上がっていた。手榴弾を撃ち抜いたのだ。砂の飛散による目眩し。その隙を沙羅は見逃さない。高速接近するとSMGのゴム弾を無慈悲に撃ち込んでゆく。それに合わせて夏輝は相手の手を撃ち抜き、銃を弾き飛ばす。まさに"技と暴の合わせ技"であった。
「沙羅先輩。第2フェーズに移行です」
「了解。バイバイ……おバカさん達」
沙羅はスカートからバラバラとスモークグレネードを落とすと、全てを撃ち抜く。あたり一面に煙が充満する中、沙羅はホテルの中へ。夏輝も次のフェーズに備える為に下の階へと階段を駆け下りていった。
オルカは煙を抜け出すと、ホテルの中へと侵入する。全ての電気が落とされており、カーテンも閉め切られている為ロビーはかなり視界が悪かった。
「ちぃっ………見づらいな」
"暗順応"視界が明るい場所から暗い場所に慣れることを指す。基本的に暗順応の方が"明順応"よりも時間がかかると言われている。眩しいほどに照りつけるビーチから暗いホテルに誘い込まれたオルカ。徐々に目が慣れてくると、ロビーにある受付には1人の女性が立っていた。
「ようこそお越しくださいました。私達は貴方達を歓迎いたします」
「ほぉ……歓迎するってんならもてなして貰おうか……テメェの体でなぁ!」
「ふふっ……熱心なお客様ですわね。ですがオイタはいけませんわ」
リーダーと思しき男の合図に駆け出す男達。それを見た累は手を叩く。すると先頭の男が何かに突き飛ばされたかのように倒れた。
「ぐぅ……!なんなんだ一体!オイ!テメェ!押すんじゃねぇよ!」
「はぁ!?俺じゃねぇぞ!ふざけんな!勝手に転けただけだろうが!」
「なんだとテメェ!」
仲間割れを始めた男達だが"おもてなし"は待ってくれない。またも別の仲間が吹き飛ばされる。微かに聞こえるのは何かが撓む音と仲間の息遣いのみ。
「一体何が起こってる!なんの音だ!」
「クッソ……どうなってる……!」
「お……おい……!周りを見ろよ!なんなんだよコレ!」
暗闇に慣れた男達が見たのはロビー中に張り巡らされたワイヤーと、そのワイヤーを足場に動き回る夏輝の姿であった。
「こ……こんなの……!蜘蛛の巣じゃねぇか!」
「その通りですわ。私が女郎蜘蛛と揶揄されるのならば、貴方達に飛び掛かるあの子はアシダカグモと言った所ですわね。さぁ、逃げまどいなさいな。アシダカグモは獰猛でしてよ?」
男達は一目散にドアへと向かうが既にドアは累のワイヤーによって固く封鎖されていた。夏輝はワイヤーを使い縦横無尽に動き回り1人ずつ捕食する。その日、ロビーにはリゾートホテルに似合わない阿鼻叫喚が響き渡った。累の笑みと夏輝の立体殺法。まさに"美と技の合わせ技"であった。
十数分後、ロビーにはワイヤーで捕縛された男達が転がっていた。
「これでおしまいですわね」
「う〜ん………」
「あら?夏輝君。何かお悩みですか?」
「そういうわけじゃないです。ただ………」
「簡単すぎると言いたいのだろう?」
夏輝と累が振り向けばそこには芽衣と沙羅が立っていた。
「そうそれ」
「私も薄々おかしいとは思っていた。累、沙羅。お前達は奪われた兵器を見たか?」
「……!」
「見てませんわね……この方達が持っていたアサルトライフルも旧式でしたわ」
「それにキラーホエールと思しき人物の影もなかった……何かがおかしい……私は何を見逃した……!」
考え込む芽衣に夏輝が告げた。
「なぁ……ボス」
「どうした」
「海賊ってのは略奪種族だろ?」
「種族かどうかは置いておいて基本はそうだ」
「海の上で生きてきたヤツらが態々不利になる陸の標的を襲うか?」
「まさか……!」
「これ……もしかして大掛かりな囮じゃねぇのか……?」
「ヤツらの狙いはW.Iリゾートか!」
4人が気づいた時、夏輝のスマートフォンが震える。急いで画面を見ると一件のメッセージが。差出人は雅。内容はたった一言『助けて』のみであった。
夏輝達の背中には嫌な汗が伝っていた……




