第二章幕間 第1話
夏休みも目前に迫る最中、事務所に涼みに来ていた夏輝のスマートフォンに1通のメッセージが飛んでくる。画面を見れば、差出人は栞であった。内容はとしては"急遽業務が増えた為、妹の迎えを頼めないか"ということであった。
「華恋の迎えか……行けないこともないけど距離がなぁ……」
「どうした。夏輝」
「いや、栞姉が仕事で華恋の迎えに行けないから代わりに行ってくれって……けど距離があるからさぁ」
「電車で1時間ほどだったか」
「それくらいだな」
華恋の通う"桜華女子学院附属中学"は国内でもハイレベルな全寮制女子校である。白峰が共学のエリート校であるならば桜華は女子のエリート校であった。
「そうだ……!ボス、ベティー出してくれよ」
「ふむ……」
芽衣はシルヴァを見る。ちょうど彼女は累に漢字の読み書きを教えてもらっているところであった。
「累。少し出かける。シルヴァの事を任せてもいいか?」
「えぇ。お任せを。彼女、物覚えが早いですわ」
「そうか。どれどれ……」
芽衣はシルヴァが行っている漢字ドリルを覗き込む。現在、シルヴァが取り組んでいるのは小学3年生レベル。過去の境遇が境遇であった事を考えれば十分飲み込みが早い部類であった。
「日本語……漢字……ひらがな……カタカナ……難しい……です」
「あんま心配しなくていいぞ。大人でも日本語正しく使えないヤツ山ほどいるから」
「夏輝の言う通りだ。遅い早いは置いておいてコツコツと真面目に取り組んでいるだけで素晴らしいさ。この調子で進めるといい」
芽衣はシルヴァの頭を優しく撫でると言う。
「だが無理は禁物だ。適度に休みながら続けること」
芽衣はシルヴァと話す際、絶対に命令形を使わない。彼女の過去を考えると全てに従う可能性がある為だった。芽衣の言葉を聞いたシルヴァは答える。
「わかり……ました……でも……お姉さん達とたくさん……お話したいから……頑張り……ます」
その言葉に芽衣も累も思わずシルヴァを抱きしめる。それを見て夏輝は(親バカが増えた……)と思うのであった。
芽衣と累がシルヴァを猫可愛がりすること数分。痺れを切らした夏輝が芽衣に言う。
「ボス。早く行こうぜ。華恋が待ちぼうけすることになるぞ」
「そうだな……娘も大事だが姪っ子も大事だ。夏輝、エンジンかけておいてくれ」
「ボスさぁ……暑い車内に行くの嫌だからって俺にエンジンかけさせるのやめてほしいんだけど……」
夏輝は芽衣から投げ渡されたベティーのキーを受け取ると、ガレージに向かう。事務所を出た瞬間に感じる熱気。夏輝は既に汗ばみそうであった。
「さっさとエンジンかけて涼もう……暑すぎる……」
夏輝はベティーの運転席に乗り込むと、エンジンをかける。V8エンジンの咆哮を聞きながら、籠もった熱気を逃す為、全ての窓を開ける。それと同時に冷房システムをオンに。ある程度熱気が逃げたら窓を全て閉めて密閉空間を作り出す。
夏輝が助手席に移動してから数分後に芽衣が来た。
「遅かったな」
「まぁな……お前、この間の装備使用所感の追伸に余計なこと書いただろう。アイツから猛抗議のメールが来たぞ」
「期限を曖昧にする向こうが悪いだろ」
「お前はもう少しオブラートに包め。イカれメカニックは言い過ぎだろう。それに納期と婚期は火の玉ストレートすぎる」
「実際そうだろ」
「…………否定はできん………」
「ボス……アンタ本当にあの人の友達か?ウソでもいいから否定してやれよ……」
芽衣の苦虫を噛み潰したような顔の答えに思わず夏輝は聞き返す。しかしそれに答えることなく、芽衣はベティーを走らせるのだった。
ベティーで幹線道路沿いを走ること約40分。ベティーは桜華女子学院に到着した。
この学校には大きな特徴がある。それは"男子禁制"というルールである。"少女よ淑女たれ"がモットーのこの学校には、生徒はもちろん教師ですら男性は1人もいない。納入業者ですら女性のみという徹底ぶりである。正門、裏門、共に女性警備員が立っており、男性の立ち入りを禁じている。唯一男性の立ち入りが許可されるのは学校行事の際の数日間。しかし身分証の提示も求められるのでやはり厳格である。
芽衣はベティーを正門前に止め、夏輝に"外で待て"と言う。夏輝としてはこのそこそこ暑い中、外で待たせるのは労基違反と反抗したが、"置いて帰るぞ"の一言で負けた。夏輝はベティーにもたれかかると華恋が出てくるまで、スマートフォンを触る。もっぱらニュースとSNSの閲覧であった。数分後、チャイムの音が鳴りそれなりの荷物を持った生徒が学院から出てくる。皆、私服のあたり帰省する者が多いようだ。そんな中、和装に少し小さめのスーツケースを引く少女がいた。夏輝はその少女を見つけると手を振って呼びかける。呼びかけに気づいた少女は驚いた表情で夏輝の元へ来るのだった。
「華恋!ここだ!」
「兄様!どうして兄様がここに?栞姉様はどうされたのですか?」
「仕事で来れなくなったから俺が代わり。スーツケース貸せ。積んでやるから」
夏輝は華恋のスーツケースをベティーの後部座席に積み込む。車内からは芽衣が華恋に呼びかける。
「久しぶりだね、華恋。知らない間に大きくなったみたいだ」
「芽衣伯母様!お久しぶりです!会えて嬉しいです」
「私もだよ。早く乗りな。帰るよ」
夏輝は華恋に手を貸してベティーに乗せた後、自身も助手席に滑り込む。それを確認した芽衣はベティーを走らせるのだった。




