第二章 第8話
翌日、雅と夏輝は杏梨の仕事現場に来ていた。2人の視線の先には普段よりも着飾った杏梨がいた。
「私、モデルさんの現場なんて初めて……」
「俺もだな」
「そうなの?てっきり良くあるのかと……」
「俺達の基本は家事代行サービスだからな……こういう警護業務は珍しいよ」
「その割には、私に情報依頼する頻度が高くなってる気がするのだけど……?」
撮影を終えた杏梨に言われ、気まずい表情の夏輝。しかしその話も杏梨が連れてきた男性の一言で終わった。
「貴方達が杏梨ちゃんのお友達ね。ふ〜ん……なるほどなるほど……」
長身ながらもしっかりとした体つきの男は夏輝と雅を上から下まで、特に夏輝を舐め回すように見る。とっさに雅を背後に回し、夏輝が問う。
「あの……失礼ながらどちら様でしょうか……?」
「また監督の悪い癖が出てる……監督。挨拶」
「あら!ごめんなさいね。私、杏梨ちゃんの撮影で監督をしてる、"黒澤 謙一"よ。よろしくね」
「あ、はい……どうも。諸事情により如月 杏梨に同行してます。神山夏輝です」
「同じく神崎 雅です。よろしくお願いします」
黒澤は夏輝の顔を見ると、いきなり顔を持ち上げる。いわゆる顎クイと呼ばれるものだ。
「な……なんですか……?」
「貴方……私の専属モデルにならない?顔も体つきも文句ないわ。どう?興味ないかしら?」
「えぇっと……」
言い淀む夏輝と黒澤の間に両手を広げて割って入ったのは雅である。
「ダ……ダメです!夏輝君は別のお仕事があるので!」
「あら。そうなの?でも別に頻繁に呼ぶワケじゃないのよ?」
「あの……俺そもそもやるって言ってないです……」
「で……でも……!その……!夏輝君はこういうの合わないと思います!」
「そうでもないと思うわよ?彼、カッコいいもの。ちょうど男性モデルの1人が辞めちゃって次の子探してたのよ〜」
「あの……俺の意見……」
悉く意見を無視される夏輝を他所目に、それでもなお食い下がる雅。それを見て黒澤は全てを察したようだった。
「なるほどね……わかったわ雅ちゃん。彼は盗らないでアゲル。その代わりちょっとお手伝いして欲しいことがあるの。2人にね」
「手伝い?」
「えぇ。今日来れるはずのモデルさんが2人飛んじゃってね。ちょうど困ってたのだけど、貴方達2人なら十分ね」
「あの……まさかとは思うんですけど……」
「えぇ、そのまさかよ。貴方達2人を撮りたい……いいえ何がなんでも撮影させてもらうわ。カメラマンもやる気だもの。メイク班!スタイリスト班!この2人、変身させちゃって!」
黒澤の一言で、夏輝と雅は囲まれてしまった。杏梨は雅に近付くと言う。
「私も手伝うわ。一緒に可愛く写りましょう」
「こんなの聞いてないよ……」
「監督の悪い癖なの。こうなったら止められないわ」
「そんな……」
黒澤はもみくちゃにされる夏輝と雅に今回のテーマを告げる。
「今回の撮影は"秋デートコーデ特集"よ。恋人っぽい立ち振る舞いを期待しているわ。よろしくね」
数分後、プロの集団に整えられた夏輝が出てきた。
夏輝は白いパーカーにデニムジャケット、ブラックジーンズにスニーカーというコーデであった。
「やっぱり私の目に狂いはなかったわね。完璧よ!カッコいいわぁ〜」
「暑い……」
「仕方ないわよ。モデルは大体3ヶ月から4ヶ月くらい先のファッションを撮影するもの」
「如月はいつもこんなことしてんのか……すげぇな」
「そんなことはどうでもいいから。雅が出てきたらちゃんと感想言いなさいよ」
「はいはい……」
待つこと更に数分。遂に雅が出てきた。
雅は白いニットに黒いベレー帽、ネイビーのプリーツロングスカートにショートブーツという姿であった。
「んまぁ〜!素晴らしい!可愛い……可愛いわよ!雅ちゃん!」
「やっぱり雅は素がいいから何着ても似合うわね。同性の私から見ても可愛いもの」
雅は夏輝の前に来るとはにかみながら告げる。
「どう……かな」
「……似合ってるな。やっぱ、何着ても似合うよ。雅は。可愛い」
「かっ……!かわっ……!」
「2人とも。お話はその辺にして撮りましょう?私もカメラマンもウズウズしてるの。いい画が撮れそうだわぁ〜!」
ウキウキの足取りで向かう黒澤。夏輝は雅の手を取ると後ろからついて行く。
「行こうぜ。せっかく着飾ったんだし、どうせなら綺麗に撮ってもらおうぜ」
「そっ……そうだね!」
この時、杏梨は後方で腕組みをし大きく頷いていた。
撮影が始まると黒澤の声のトーンは更に大きくなった。それぞれがソロで撮影した写真を見ながら黒澤は吠える。
「パーフェクトよ!2人共!素晴らしいわぁ〜。この調子でデートシーンも行きましょう!」
その一言で、夏輝と雅は撮影の為に並ぶ。
「もっと寄りなさい!雅ちゃん!表情固いわよ!」
(無理無理無理!心臓がもたない……!緊張と恥ずかしさでどうにかなっちゃいそう……!)
雅の内心はいっぱいいっぱいであった。一方で夏輝は全く緊張なぞしていなかった。それもそのはずで夏輝からすれば撮影よりも銃を持った相手の方が緊張するからである。そんなことはつゆ知らず、雅は周囲の声が聞こえないほどだった。
「次、夏輝君は雅ちゃんの腰を抱き寄せて!」
「はい」
夏輝が腰を抱き寄せると、驚いた雅が声を上げる。そのタイミングでシャッターが切られた。
「きゃっ……!」
「おぉ……悪い。大丈夫か」
「う……うん」
一通り撮影が終わった後、黒澤、夏輝、雅、杏梨に撮ったものを見せる。
「はぁ〜!いいわねコレ!この不意打ちの雅ちゃんが魅せる表情!最高だわ〜!夏輝君のさりげない表情も相まって……決めたわ。表紙はコレでいきましょう!」
「えぇっ!」
「私も賛成」
雅は夏輝に助けを求めるが当の夏輝はと言うと
「おー。いいんじゃね」
「そんなぁ……」
「さ、後は雑誌の最後にプロフィールを書くから少し記入してもらうモノがあるの。それを書いてもらったらおしまいよ」
黒澤は夏輝と雅に記入用紙を渡す。受け取った2人は着替える為にその場を離れる。姿が見えなくなった時、黒澤は思う。
(雅ちゃんのあの表情、あの目。微かな恋慕と憧れが見えるのよね……対する夏輝君は未だ気付かずってところかしら……若いっていいわねぇ〜。尊いわ……)
「杏梨ちゃん」
「はい」
「あの2人の連絡先、私にくれない?」
その言葉に一瞬迷う杏梨であったが、渡すことにした。理由は簡単である。"面白くなりそうだから"それだけである。
その後着替えた夏輝と雅、杏梨は謝礼を受け取ると迎えに来たブラック・ベティーでスタジオを後にする。夏輝と雅は謝礼を断固拒否しようとしたが黒澤の"これも何かの縁よ。私はこの繋がりを失いたくないわ。その為ならこれくらい端金よ。私の為に受け取って頂戴"と言う言葉に根負けし受け取ったのだ。
「どうだった?私の仕事は」
「なんか色々あって……」
「大変だったな……如月も苦労してんだな……」
「でも楽しかったでしょう?」
「まぁね……」
「俺は2度とごめんだぞ」
「いい社会勉強になったんじゃないか?」
3人の会話に口を挟んだのは芽衣である。声のトーンを変えると3人に言う。
「件のロッカーを破壊し、サーバーを調べた。結果は事務所に戻ったら改めて報告するが……かなりヘビーな内容だ」
4人を乗せて疾走するブラック・ベティーの黒い車体が眩しいくらいに太陽を反射していた。




