第二章 第5話
「う〜ん……これは思ったより大事かもしれんな……」
体育倉庫内に夏輝の声が響く。その声色はどこか厄介だという雰囲気を纏っていた。マットの上に丸まって震える男が言う。
「な……なぁ……もういいだろ……?知ってることは全部話した……だから見逃してくれよ……な……?」
「は?何言ってんだ。アンタ」
夏輝はバットを"ワザと"音が出るように地面に突く。すると男は頭を抱えて更に縮こまる。夏輝は男が誤魔化すたびに男のギリギリにバットを落としていた。
「ひぃっ……」
「アンタは不法侵入と迷惑防止条例違反の現行犯なんだわ。コレからアンタが世話になるのはお巡りさんだ」
「ま……待ってくれ!私には……妻も子供もいる……!見逃してくれ……!この通りだ……!頼む……!」
男は土下座するが夏輝は取り合わない。なぜなら、男の瞳の奥には打算が見えていたからだ。
「知るか。アンタの自業自得だろ」
「そんな……!お前に人の心はないのか……!」
「犯罪者に言われたくねぇな。俺からすればアンタがしょっ引かれて家族がどうなろうがどうでもいいんだわ」
そう夏輝が吐き捨てると、扉がノックされた。夏輝が扉を開ければ、警官を連れた芽衣が立っていた。
「ボス。お疲れ」
「あぁ。お手柄だな。物的証拠は押さえた。今、累が画像の送信先と男の身辺調査を始めている」
「ほえー……やっぱあの人仕事はえーな……」
芽衣は夏輝の後ろに転がる男を見ると言う。
「コイツがか?」
「そ」
「えらく怯えているようだが……何をした」
「答えを誤魔化すたびに、目の前とか腹ギリギリに立てた状態のバット落とした」
「お前というヤツは……まぁ、恐怖で話せなくなっていないだけマシか……累に尋問術を習って正解だったな」
芽衣は男を一瞥すると言う。
「コイツは既に情報源としての価値はない。警察に引き渡す」
「えぇ、お任せください。詳しい話はコチラで聞きます。場合によっては共有いたしますので」
「よろしくお願いします」
芽衣は男を警官に引き渡す。男はなおも何か言っていたが、そのまま警官に連れて行かれた。芽衣は夏輝に向き直ると告げる。
「とりあえずお前も授業に戻れ。勉強も……」
「仕事の内だ……だろ?わかってるよ。6限目からは参加する」
「よし。今日の放課後の調査が終わり次第、事務所に来い一度情報をまとめる。依頼主と雅君も連れて来い」
「それ本気か……?アイツらが知らない方がいい情報もあるぞ!?」
「わかっている。だが彼女達には知る権利がある。無論、知ってもいい情報までしか話すつもりはない。最初に言ったはずだ私も彼女達を危険に晒したくはないと」
芽衣の言葉は苦悩に満ちていた。
「わかったよ……ボスの判断に従う……ボスも苦労してんだな」
「すまない……」
「いいよ。何かあった時は俺に任せろ。少なくとも"2人だけ"は生きて帰すさ。例えこの身が滅びようとも……ってのはカッコつけすぎかもな」
「……そうか」
夏輝の言葉に芽衣は(私にはこの覚悟を植え付けた責任がある……いつかこの覚悟で身を滅ぼさぬように私が見てやらないとな……)と若干の危機感を感じていた……
結局、夏輝が教室に戻ったのは5限目と6限目の間にある休み時間であった。雅には色々と詮索されたが、"放課後、事務所で話す"と言えばとりあえずは食い下がった。
そして放課後。夏輝と雅、そして杏梨は芸能科の校舎にある杏梨の教室にいた。
「落ち着いたか?」
「えぇ……お昼は……ごめんなさい。途中で居なくなってしまって……」
「気にしなくていいよ。また一緒にお昼しようね」
「ありがとう……ねぇ、神山。彼はなんて言ってた?」
夏輝はリュックサックを探りながら適当に返事する。
「さぁな。自分で聞けよ。自分のことだろ?第一に俺はあの後、謙也と話してねぇし」
「ちょっと!夏輝君!そんな言い方ないでしょ!?」
「俺は事実を言っただけだ。まぁ安心しろよ……」
夏輝はリュックサックから、ある装置を取り出すと杏梨に言う。
「アイツはバカみたいに真っ直ぐで真面目だから、お前のこともちゃんと真剣に考えてくれる。だからとりあえず待っとけ」
夏輝は装置の電源をオンにする。片手には棒状の探知装置を、もう片方の手には液晶画面のついた装置を持っていた。
「夏輝君、何?それ」
「これか?よくあるだろ?盗聴器とかカメラを探知するヤツ。あれの超強力版。盗聴器やカメラが停止中であってもわずかな電波や波長を検知して知らせてくれる代物だ」
夏輝は教室のドアを勢いよく開けると、杏梨に問う。
「どうする?着いてくるか?お前が知らなければよかったものが出るかもしれないぞ」
「………行くわ。何があろうとも私はそれを見届けなければならないもの」
「あっそ。じゃ行くか」
そう告げる夏輝を尻目に雅の胸中にはある思いが渦巻いていた。
(夏輝君は、杏梨ちゃんをよく見ている……依頼者だから?だったら私も夏輝君に依頼すれば私のことを見てくれる……?なんだか……羨ましいな……)
雅はこう思っているが、雅が気づいていないだけで夏輝が最も気にかけているのは雅である。最も夏輝本人すら気づいていないレベルだが。
教室に入った夏輝は手当たり次第に装置をコンセントやPCに翳す。
「そりゃこんなわかりやすいとこには仕掛けないわな。後、ありそうなのは……」
夏輝が新たに装置を翳すと、検知音が鳴った。検知音が鳴ったのは窓際のロッカー上に置かれていた花瓶であった。夏輝は中にあった水と花を捨てると言う。
「コイツだな。この花瓶の真ん前の席は?」
「私だけど……」
「だろーな……見ろ。二重底になってる。底を外せば……」
雅と杏梨が見ると、そこにはカメラとマイクと思しき装置が詰め込まれていた。
「そりゃ花瓶なんて誰も気にしないわな。しかもどちらも高性能だ……素人じゃねぇな……」
夏輝はマイクを口元に持っていくとマイクに言う。
「おい。向こう側で聞いてる誰かさんよ。見つけちまったぜ?お前の秘密のおもちゃ。とりあえず……必ずテメェを見つける。首を洗って待っていろ」
その声色は冷たく鋭かった。そう告げると夏輝はマイクを握りつぶす。その後も教室を探したが花瓶以外に装置の反応はなかった。
「結局はコイツだけだな。次は……更衣室か……」
「そうね……あんな間近でずっと撮られていたなんて……」
自身の身を抱く杏梨を雅が背中をさすって落ち着かせる。
「更衣室だが……1つ大きな問題がある」
「大きな……」
「問題……?」
雅と杏梨が聞き返す。2人ともあまりピンときていないようだった。
「あぁ……更衣室は……女子専用だから……」
夏輝は迫真の声色で吠える。
「俺は入れん!」
調査において1番大きな障壁が3人の前に立ちはだかった。




