第17話
俺は晴黒とその取り巻き達を縛り上げた後、カウンターに隠れている雅と宗森に声をかける。
「出てきていいぞ」
「ホントに……?」
「あぁ、全部終わった」
そう告げるとおずおずと出てくる2人。俺は2人を横目に晴黒を引きずり、取り巻きの4人とまとめておく。それにしても派手にやったな……ビンやグラスがそこら中に飛び散ってる……掃除も俺達でやらなきゃかなぁ……そう考えると晴黒ってやっぱクソだわ。仕事増やしやがって……
そう思っていると、やはり、と言うべきか。雅から言われた。
「夏輝君……どういうことか説明してくれる?」
「先輩……私も知りたいです。どうしてこんな事になっているのか、何が起きたのか……」
「わかった……とりあえず座れ」
カウンター席の椅子に散らばっているビンやグラスの破片を払い2人に席を案内する。渋々と言った様子で座る2人に、俺は後ろの棚から割れていない飲み物を探す。
「どれも割れてんなぁ……お高いだろうに……お!これは無事だったか。ラッキーだな。使えるグラスは……っと。あったあった。カウンターの下にしまって正解だったぜ」
オレンジジュースをグラスに注ぎ、2人の前に出す。そして問う。
「それで……何から知りたい」
「全部」
「だから全部って……どこからだよ」
「なら最初は夏輝君の本当のアルバイトを教えて」
「それには私が答えようか」
声をした方を見れば、芽衣、累、沙羅が揃っていた。
「ボス。それに累さんに沙羅先輩も。そっちは終わったんです?」
「えぇ」
「終わったよ……」
芽衣はそれを聞くと、夏輝と同じくカウンターの内側に入る。累と沙羅はそれぞれ、雅と宗森の左右に控える。
「夏輝の仕事についてだったね。彼の仕事……と言うか私達の仕事は、家事全般の代行サービスだけじゃない。護衛、諜報、戦闘任務なんかも請け負う、プロの家政戦闘組織だ。今回は学園長からの依頼だった」
「学園長からの……」
「そうだ。具体的な内容としては、この会場における給仕と生徒の不良行為の監視と防止。それから……」
芽衣は宗森を指差して言う。
「君の護衛だ」
「私の……ですか……?」
「そうだ。君の父上は脅迫を受けていた。捜査から手を退かなければ、君を殺すと」
「えっ………」
余りの衝撃に声が出ない宗森。更に芽衣は続ける。
「今日、君がここで絡まれていた晴黒の一味とは別に武装勢力がこの学校に侵入していた。まぁ、ウチの優秀な従業員が撃退したがね」
「そんなことが……でも、武器の携帯は許可されているんですか?」
「もちろんだとも。それに我々は殺しを是としていない。だから彼が使っていた銃に装填されているのはゴム弾だ」
その一言で2人が俺に目を向けると同時に俺は軽くホルスターを叩いた。
「さて、我々の業務内容についてはコレが全てだ。他に聞きたいことは?」
芽衣が2人を見るとおずおずと雅が手を挙げる。
「夏輝君に聞きたいことがあるんですけど……よろしいでしょうか……?」
「あぁ。なんでも聞くといい。君にはその権利がある」
芽衣は累と沙羅に目配せすると、宗森と共に会場から出てゆく。
「私達は、彼女を送り届けるついでにこの5人と他の侵入者を然るべき機関に引き渡してくる。夏輝。ちゃんと説明しろ。それが終わったら手当を受けろ。顔が切れている」
「了解」
芽衣達がいなくなると夏輝と雅を静寂が包む。外からは微かにサイレンの音が聞こえてくるのみである。重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのは雅であった。
「……どうして黙ってたの?」
声は静かだったが、震えていた。俯いたまま膝の上で手を握っていた。爪が食い込むほどに。
「なんで……こんなことをしてるって教えてくれなかったの!?
「それは……」
その質問に言い淀む。どう言えばいいのか……いや、そもそも何をどう言っても雅は納得しなかっただろう。言い訳の言葉が浮かびかけては喉で詰まる。
「私は……夏輝君が何かを隠しているのはわかってた……」
雅の声がかすれた。
「それでもいつかは……ちゃんと話してくれるってそう思ってた!でも夏輝君は話してくれなかった!挙げ句の果てには、こんなに危ないことをしてるなんて……」
そこまで言うと、ぐっと唇を噛む。そして、俯いたまま声を絞り出すように続けた。
「怖かった……大勢に囲まれた時よりも、ナイフを向けられた時よりも……夏輝君がいなくなるんじゃないか、死んじゃうんじゃないかって!」
震える手を握りしめたまま、雅の目からはぽろぽろと涙が落ちた。言葉の一つ一つが胸に刺さる。
「……俺は……ただ……巻き込みたくなかっただけだ」
ようやく絞り出した言葉は、あまりにも陳腐で、自分でも情けなくなるほどだった。
「危ない仕事だし、機密もある。こういう世界だから危険は俺以外にも飛び火するかもしれない……だから"こんな暗い世界"なんて知らない方がいいって思ったんだ」
続けて夏輝は言う。
「雅には、陽の当たる世界で生きてほしい」
その時、夏輝の頬に鋭い痛みが走る。一瞬、空気が止まったようだった。見れば、雅は右手を振り抜いていた。
「そんなの知らない!私のことを、本当に大事に思ってくれてるなら……!隠さないで……!お願いだから……一緒に悩ませてよ。苦しませてよ。嬉しがらせてよ。何もかも……分けてよ」
その声には、怒りも悲しみも、全部が混じっていた。
夏輝は思わず目を逸らす。
「……それができるような世界じゃねぇんだ、俺の仕事は」
「でも……私はいつでも隣にいるから……もっと話してよ……」
雅は夏輝の手を取ると続ける。
「ずっと一緒にいたはずなのに……気づいてあげられなかった。ごめんね……私、幼馴染失格だよね」
「違う。気づかれないようにしてただけだ。雅は何も悪くない。悪いのは……俺だ……」
そう言いながらも、胸の奥で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。守るために隠してきたのに、逆に傷つけていた。何を守っていたのか、わからなくなる。
「じゃあ……次からは、ちゃんと隠さないで……お願い……」
小さな声だった。けれど、切実な願いがそこにはあった。雅の握る力が強くなる。
「私は……夏輝君を失いたくない。たとえ傍にいられなくても、あなたがどこで、どんな顔をしてるのかだけは……知っていたい」
「……わかった。次からは"できるだけ"隠さないようにする。……できるだけ、な」
それが限界だった。全てを晒すことなんて、できない。けれど、できる範囲で応えたい。そう思った。
「……約束だよ……」
雅はぽつりと呟きながら、泣き笑いを浮かべた。
「あぁ……」
夏輝もまた、微かに笑った。
静かな夜の中で、2人の距離がほんの少しだけ、縮まったような気がした。