第15話
芽衣は、現場におらずとも戦況を全て把握していた。夏輝は初動対応。累と沙羅は避難誘導。今のところ大きな問題はない。しかしここで校内警官の隊長からイレギュラーな報告が入ってくる。
「何?守衛が撃たれた?ふむ……了解した。侵入者は武装勢力と仮定する。校内警官は累と沙羅から避難誘導を引き継いでください。対処はこちらでします」
芽衣は累と沙羅、夏輝に無線を繋ぐと淡々と告げる。
「夏輝、状況が変わった。北門と南門の守衛が撃たれているのが発見された。累と沙羅はそちらの対処に動かす。増援はない。お前がクライアントの命を守れ」
芽衣は夏輝達の返答を聞くと通信を切る。
「芽衣、大丈夫なのですか?」
不安げに問いかける由梨に芽衣は少し笑うと自信を持って答える。
「フッ……ご心配なく。我々、Perfect Clearingがお力添えいたします」
場所は変わり、白峰学園北側渡り廊下。10人ほどの武装した男達が歩いていた。手にはSMGを持ち黒ずくめの服装で闇に溶け込んでいた。周囲を警戒しながら進んでいると、前方から
"コツ……コツ……コツ……コツ……"
と音がする。よく聞くとハイヒールの靴音の様であった。
「止まれ」
リーダーの男は短く告げると、ハンドサインで部下を散開させる。その動きは訓練された集団であることを表していた。
微かに夜風が吹き月明かりが照らす渡り廊下に、独特のシルエットが浮かんでくる。ヴィクトリア式のメイド服に袖を通した累であった。
「止まれ!そこの女!何者だ!」
「あら……レディの名を聞く時は自分から名乗るのがルールではないでしょうか?」
「見知らぬ人物に名乗る義理などない!」
男はハンドサインで累を囲む様に指示を出す。累はそれを横目で見ながら男に問う。
「貴方達の目的はなんですの?」
「貴様には関係ない。死にたくなければ、回れ右してとっとと帰るんだな」
「そうはいきませんわ。私はここの責任者ですもの」
「つまり、帰る気もここを退く気もないってことだな?」
イラついた様に男は累に聞くと、累は淡々と一言
「はい」
とだけ返した。
「そうか……残念だな。ここで帰れば今日が命日になることもなかったのにな……」
男達は、安全装置を外し引き金に指をかけ、累に照準を合わせる。
「私も残念ですわ。神聖な学舎にこんなにも物騒なモノを持ち込むなんて……私が没収いたします」
対する累は、右手を自身の胸辺りまで上げると指を素早く握り込む。すると男達の手から、何かに引かれたように銃が消える。
「なっ……!?なんだ!?」
男達が周囲を見ると、柱や天井に銃が縫い付けられた様に張り付いていた。男は累を一瞥すると問う。
「貴様。一体何をした……」
「不用品を没収しただけですわ。これ以上、校則違反を犯す前に大人しくお帰りになることをお勧めいたしますわ」
男は警戒度を引き上げる。得体の知れない方法で武器を奪われ、何処か掴めない妖艶な雰囲気を纏っている。だがこちらは元軍人を含む経験を積んだ手練れである。それに人数的にも有利。口封じをするなら今しかない。男はさらにハンドサインで周囲を包囲させる。
「最後の警告だ。大人しく投降しろ」
「お断りいたします。貴方達こそ既に下校時刻は過ぎております。どうぞお帰りください」
「リーダー!いつまでも舐められるワケにはいきません!ここで始末しましょう!」
「そうだな……交渉決裂だ……やれ!」
男が指示を飛ばすと、累の左右から男が襲いかかる。累はひらりと交わすとまたも右手を動かす。すると2人は天井に逆さまに吊られていた。
「あらあら……私、暴力的な殿方は嫌いですの」
「クッ……!得体の知れないヤツだ……きみが悪いな……」
「リーダー……おそらくワイヤーです。周囲を見てください」
副官に告げられた男が周囲を見渡せば、月明かりに鈍く反射するワイヤーがそこら中に張り巡らされていた。まさに男達は蜘蛛の巣に囚われた獲物であった。
「さぁ……次はどなたが私にお誘いをしてくださるのかしら」
男達は動けなかった。累の妖艶な笑みと張り巡らされたワイヤー、それから捕食者の様な目つきにただただ怯えるしかなかった。
「クソッ……撤収だ……!」
男達の選んだ選択肢は撤収であった。このままでは勝てない。合理的な判断であった。侵入者は背を向けその場から離れようとするが……累はそれを許さない。
「あら、もうお帰りですの?もっと楽しんでいってくださいな」
累はそう告げると、
"コツ……コツ……コツ……コツ……"
とヒールを鳴らし歩きながら男達との距離を詰める。男達にとってその音は圧倒的捕食者の笑い声のようであった。累が両手指を妖艶に動かす。その動きはまるでこの戦場の伴奏者であった。リーダーの男はこの場から離れようと走るが、周囲から次々と仲間が消える。それなのに悲鳴の1つも聞こえない。辺りは嫌と言うほど"静か"であった。男はトランシーバーで南側の渡り廊下にいる増援を呼ぼうとするが、トランシーバーから聞こえてきたのは、足音と薬莢が地面を叩く音、それから微かなうめき声のみであった。
「なっ……!どういうことだ……!のわっ……!」
繋がらないトランシーバーに呼びかけていると何かに躓く。見れば、艶消しの黒色で闇に溶け込んだワイヤーであった。
「足元注意……ですわね。私は申し上げました。ここは神聖な学舎である……と。廊下を走るのは校則違反ですわ」
真後ろから聞こえた声の主を見る前に男の視界は逆さまになった。男が最後に見たのは、同じように吊るされた仲間の姿であった。
「芽衣さん。こちら北側渡り廊下。侵入者は制圧いたしましたわ。して……如何いたしましょう?沙羅ちゃんのお手伝いに行きましょうか」
『いや、行かなくていい。どうせ沙羅1人で終わる。というよりも既に終わっているだろう。一度、こちらに戻ってこい。そこは校内警官に任せればいい』
「はぁい。ではお戻りいたしますわ」
累は通信を切った後、吊し上げた男達を一瞥すると呟く。
「今夜は情熱的な夜になりそうですわね」
張り巡らされた蜘蛛の巣が鈍く光る中、累は靴音を響かせながら闇の中に消えた。