第13話
状況を整理しよう。背後には護衛対象が2人。動けるスペースは限られている。敵は正面に1、左右に2ずつ。計5人。武器はナイフか拳のみ。晴黒が銃を取り出す素振りは……今のところ、ない。
(数の暴力で押し切れると思っているのかはたまた様子見か……)
どちらにせよ手の内は隠しているわけだ。後者の可能性もあるが……様子見にしては間合いの詰め方が甘いし、牽制する素振りもない。
(つまり、相手は数の暴力でなんとかなると踏んでるってことか)
重心を僅かに落とし攻撃に備える。
「やれ!ソイツをぶっ殺したヤツに最初にヤらせてやるよ!」
その言葉を皮切りに、最初の敵が突っ込んでくる。
「下品なお客様だ」
1人目の大振りな拳を、体を僅かにずらし回避。大きく開いた鳩尾に膝を叩き込むと、相手は喉が潰れたような声をあげ、その場で崩れ落ちた。
「次」
すぐさま横からナイフが突き出される。鋭いが雑だ。突き出された腕を右手で受け流す。刃の機動を滑らせ、相手の体勢を崩すと同時に体を捻り重心を後ろに。次の瞬間、相手の体は宙に浮き、背負い投げの形で床に叩きつけられる。
息を吐く間も無く次の敵が来る。繰り出されるのはひたすらに拳、拳、拳。見たところ多少、武道の心得がありそうだ。中々に鋭いが、対応できないわけじゃない。拳を順に躱し、捌き、受け流す。相手の焦りがよくわかる。
「動きがブレてきましたね」
相手に体半分ずらして沿わせ、同じ向きに。左手を引いてやり、右手で相手の顎を上げれば姿勢が崩れ、体重が左足にかかる。その左足を右足で刈ってやれば相手はなす術もなく倒れた。
あと2人、そう思い振り向けば4人目は自暴自棄になったのか椅子を凶器にしていた。
「野蛮なお方だ。少しは慎みというものを覚えていただきたい」
椅子による横薙ぎを姿勢を低くして回避、お返しにとばかりにカウンターテーブルの上にあったグラスを掴み……
「私の奢りです。どうぞ心ゆく迄お楽しみください」
水を浴びた相手が目を閉じた隙に、腹に一発。屈んだところで顎を蹴り上げれば、相手は大の字に伸びてしまった。
「使えねぇ奴らだ。結局俺がやらなきゃダメなのか」
「人に指示する立場であるならば、よくやったと褒めるべきだと思いますが……貴方にはそのような思いやりの心もないようで……哀しい方だ」
「バカにしてんじゃねぇぞ!召使なら召使らしく主人の言うことを聞きやがれ!」
「お言葉ですが、私の雇い主は学園長であり貴方様ではありません。故にその命には従いかねます」
そう告げると晴黒は我慢の限界かのように新たにナイフを取り出し襲いかかってきた。先程までのバタフライナイフとは違い刃渡の大きいサバイバルナイフだ。切っ先に、一切の迷いがない。ちょっと厄介だな。
こちらも前傾姿勢で迎え撃つ。
「ナイフ……そちらが本命でしょうか」
「気づくのが遅ぇんだよッ!」
刃が風を切る。目にも留まらぬ速さの連撃。やはり何か格闘術をやっていたようだ。五発、六発、七発。間合いを保ちながら、その全てを紙一重で回避するも、八発目――
頬に鋭い痛みが走った。
「っ……」
マスクがずれ、布が裂ける音がした。頬を伝うのは、自分の血。
晴黒は口角を吊り上げる。
「隠してたツラ、見せてくれんじゃねぇか。あぁ?そのツラどっかで見たな……まぁいい。俺が覚えてないってことはどうでもいい人間だってことだな!」
あの物言いと勝ち誇ったような表情が気に入らねぇ。
「攻守交代だ」
刹那、晴黒との距離を詰める。反応が遅れた隙を突きナイフをまたも蹴り飛ばす。体勢を崩した晴黒に2発目、3発目と畳み掛ける。大きく体が開いたところで足元に重心を溜める。回転と同時に腰を走らせ、左足を軸に、一気にひねり上げるように右足を振り抜いた。
「素人が」
回し蹴りが晴黒の腹を捉える。勢いそのままに晴黒は吹き飛んだ。息を吐く。敵は全員沈黙。会場は凍りついていた。周りを見ればこれだけ大立ち回りをしたのだ。かなりの野次馬が集まっていた。既に顔を隠す必要もない。いつも通りにいこう。
「なぁ。もういいだろ?悪事は全部バラされたし、部下は全滅。これ以上恥を上塗りする前にとっとと帰れ」
その静寂の中、床に転がった晴黒が呻きながら吠える。
「思い出したぞそのツラ!テメェ神崎と一緒にいた庶民だな!」
そう、俺は一度晴黒と会っている。会っていると言うか呼び出されたと言うか。雅が自分の事をどう思ってるか知っているかと聞かれたので"自分で本人に聞けばいいのでは?"的な事を言ったのだ。実際、雅に聞きに来た時もいたし、真正面から"貴方のような人は嫌いです"と言われたのも聞いていた。
「あの時もそうだった……!見下してたんだろ?庶民のクセに、こっちを“哀れだ"って目で見てたよな!?」
「アンタの思い過ごしだ。被害妄想もほどほどにしろ」
「ふざけてんじゃねぇぞ!神崎本人に言われたんだよ……“貴方のような人は嫌いです”ってな!」
「そりゃ……アンタみたいな人種はアイツが1番嫌いなタイプだ」
「俺はずっと……忘れられなかった!あの目も、あのセリフも!テメェさえいなけりゃ、全部……俺のモノだったのによぉ!!いいよな!テメェは!何もせずとも隣に美人を侍らせることができてよぉ!」
「思い上がりもいいとこだ。見た目に金をかける前に中身に金をかけるべきだったな。それから、アイツのことを努力も知らねぇクセにモノみたいに言うんじゃねぇ。それがわかったらもう帰れ。これ以上ここにいても、いいことないぞ」
その言葉が逆鱗に触れたのか晴黒は、懐に手を伸ばす。おそらく銃だ。ここで、ヤケを起こす気か。
「あぁ……そうかよ……!だったら……テメェも!宗森も神崎も!全員俺がこの手で殺してやるよ!」
状況は、次のステージへと突入しようとしていた。




