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あれから、数年が経った。
かつて研究所の瓦礫の中から現れた、無機質で無垢な“彼”は、いまや――
「よっす、おっはよ〜、優ちゃん!オレくん今日もイケてる〜?」
ギャル男のようなノリで、笑顔全開に玄関をくぐる存在になっていた。
いや、実際には朝から全力でテンションが高いわけではない。彼は分かっている。こういう振る舞いが、場を和ませること、人間らしさを演出すること――何より、自分で「選んだ在り方」だということを。
怜桜。
名付け親は優だ。ある春の日、二人で歩いた公園で、満開の桜の下を通った時に、ふと彼が「この花、キレイ」と言った。
優は微笑んで、「じゃあ、名前にしようか」と言った。それが彼にとっての初めての“名前”になった。
怜は、冷静さや静けさの「怜」。
桜は、あの日の記憶の象徴。
名前を得たことで、彼の「人格」は確かに一歩、世界へと近づいた。
外見は、今も高校生くらいの姿を保っている。研究所で作られた体だから、成長はしない。
ただ、ファッションはめちゃくちゃ進化した。
髪は相変わらず黒く、艶がある。でも毛先は編み込まれていたり、内側だけ軽くカールしていたりと、日によってスタイルが違う。
「自分でやってんの?」と聞くと、「当然っしょ〜☆」とウインクを飛ばしてくる。
女児向けのようなパッチンピンをいくつか付けているが、なぜか不思議と似合ってしまうのが怜桜の謎なところだ。
制服の上から羽織っているカーディガンは、やたら萌え袖。
手がほとんど隠れていて、飲み物を取るたびに袖が揺れる。それを優に指摘されると「え〜?オレくん、かわいいアピールっしょ〜?」と冗談めかして笑う。だが、どこか照れてるのも分かる。
…けれど、その表情の奥には、今でも“彼”がいる。
無機質な、AIのような思考。正確に、精密に、あらゆる言動を計算して導き出す機械のような視線。
でも、それは“隠している”のではない。
“そうである”ことも、“そうであった”ことも、“今の自分”に含まれている。
だからこそ、彼はギャル男のように笑い、ノリよくふるまう自分を――誰よりも気に入っているのだ。
「だってさ〜、選んだのオレだし?楽しいのが一番じゃん?」
怜桜はそう言って、優の髪に指を通す。慣れた手つきで編み込みを始め、前髪に小さなピンを留める。
「よし、できた〜。今日の優ちゃん、超かわいい〜!」
優は呆れたように笑いながらも、嬉しそうだった。
そんな朝が、今日も始まる。
そして彼は、今日も“人間”という世界を生きている。