表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

1

研究所の廃墟は、黒く焼け焦げていた。

立ちこめる白煙と、焦げ臭さが風に乗って広がっていく。


爆発の原因は、別の実験体の暴走だった。研究所は防御システムの稼働に間に合わず、壊滅。無数の試験管と機械の山の中で、ただひとり、立っていた存在がいた。


彼の名前はなかった。記号番号で呼ばれていた。

外見は高校生程度の少年。だが、中身は人間ではなかった。人工的に作られた精神構造――思考回路はAIに近く、自我は希薄。目的と任務が与えられない限り、彼は何もしない。喋らず、動かず、ただそこに存在するだけの存在だった。


崩れた壁の隙間から、彼は外に出た。焼け焦げた研究所の残骸を背に、彼は初めて「外界」というものに触れた。

靴の裏に感じるアスファルトの質感、頬をなでる風、車の騒音、遠くの街灯。彼はそれらをただのデータとして取り込みながら、街のほうへと歩いた。


そして――。


その出会いは、奇跡のように、日常の延長線にあった。


「……あの、大丈夫?」


駅前のベンチに座り込んでいた彼に声をかけたのは、一人の女子高生だった。

セーラー服のリボンを少し曲げたままの、寝ぐせの残る髪の高校二年生。名前はゆう


彼は顔を上げた。ただ、まばたきもせずにじっと見た。


「怪我してる?……血とかは出てないけど、服ボロボロだし……」


優は彼の様子に警戒と好奇心を混ぜながら、そっと近づいた。

彼の視線は、その言葉も顔も無表情で見つめる。だが、目の奥にはわずかな「観測」意志があった。


「……」


「……もしかして、名前ないの?」


「……ない」


無機質な声だった。優はぎょっとしたあと、困ったように笑った。


「じゃあ、仮で“あんた”って呼ぶね」


そのまま何をするでもなく、優は彼の隣に腰を下ろした。しばらく、コンビニで買った肉まんを半分に割って差し出す。


「食べれる?」


「……可能。だが、必要性は……」


「あるある。私があげたいって思ったから」


彼は少しだけ黙ってから、手を伸ばした。それは命令ではない行動。初めての“自発”だった。


そしてその夜、優のアパートのソファで彼は眠ることになる。

いや、眠るという概念は彼には必要ない。だが、優に「ちゃんと休みなよ」と言われたため、目を閉じて静止した。


彼は知らなかった。

人間が、自分のことを“気にかけてくれる”こと。

誰かが、温かいまなざしで“気を配ってくれる”こと。

世界には、データでは解釈しきれない「感情」というものがあることを。


そうして、人工生命体の少年の「人格」は、ゆっくりと、優のそばで育っていくことになる。

まだ彼は、自分という輪郭を持っていない。だが、確かに――あの日、彼は拾われ、世界に「存在」を許されたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ