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2話 桜の木の下の少女

桜の花びらが風に乗って流れていく。


地面に落ちることなく、ふわり、ふわりと漂いながら、まるでどこか遠くへ帰っていくようだった。


ナギもまた、そんな風に見えた。


「……君は、この森にずっといるのか?」


ヨハンが問いかけると、ナギは小さく微笑んだ。


「春の間だけね」


「春の間だけ?」


「桜が咲くと、私はここに生まれるの」


どこか詩のような響きだった。

しかし、その言葉が比喩ではないことを、ヨハンは直感的に理解した。


彼女はここに「現れる」のではなく、「生まれる」のだ。

 

この森と、この桜とともに。


「なら、桜が散ったら?」


ナギは少しだけ視線を遠くに向けた。

桜の枝を見上げる。その細い指が、風に揺れる花びらに触れる。


「……消えるわ」


それは、あまりに静かな声だった。


「消えるって……どこかに行くって意味か?」


ヨハンは思わず問い詰めるような口調になった。

しかし、ナギはただ微笑むだけだった。


「あなたは、どうしてここに来たの?」


話を逸らすように、彼女はそう尋ねた。


ヨハンは短く息を吐いた。


「……何かを探してる」


「何を?」


「それが分かれば苦労しない」


ナギはくすりと笑った。

その笑顔は、どこか懐かしい気がした。


「でも、探してるんでしょう?」


「……そうだな」


「なら、きっとここにあるわ」


「ここに?」


ナギは静かに頷いた。


「だって、ここには、忘れられたものがたくさんあるもの」


そう言って、彼女は泉の方へ歩いていく。

ヨハンもそれに続いた。


泉は、森の奥にひっそりと存在していた。

水面は鏡のように澄んでいて、空を映している。


ナギはしゃがみ込み、指先を水に触れた。

その瞬間、水面が波紋のように揺れた。


ヨハンは思わず息をのんだ。


水の中に——雪が降っていた。


それは、あり得ない光景だった。

春の泉の中に、冬の景色が映っている。

雪が降り積もり、白い庭園が広がっていた。


ヨハンは思わず手を伸ばした。


だが、指が触れた瞬間、それは崩れ、溶けるように消えていった。


「あ……」


消えてしまった。

何かを思い出せるかもしれなかったのに。

けれど、もう何もない。ただ、春の泉があるだけだった。


「ここにはね」


ナギが静かに言った。


「冬の記憶が残ってるの」


ヨハンは彼女を見た。


「……君は、何者なんだ?」


ナギは、ほんの少しだけ寂しそうな目をして、言った。


「ただの春の幻よ」


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