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恋を知らぬ魔女は、物語を紡ぐ  作者: かに玉
恋を知った魔女は、物語を解く
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1話 終焉の書庫

夜のような静寂の中で、ペンの先が紙の上を走る音だけが響いていた。

淡い蝋燭の光が揺らめき、古びた書物の背表紙にぼんやりと影を落とす。


ここは 「終焉の書庫」


世界のすべての物語が集積される場所。

誰にも読まれぬまま積み重なる書物の山は、かつて語られたはずの物語たちの亡骸だった。


——そして、その物語を紡ぐ魔女が一人。


アメリアは、静かにペンを持ち上げた。

開いた本のページには、誰かの恋の物語が綴られている。


幾千幾万の物語を記してきた彼女は、それがどのように始まり、どのように終わるのかを知っている。


 春の約束。

 夏の熱情。

 秋の静寂。

 冬の別れ。


幾度も繰り返されるそのパターンは、まるで 季節が巡るように変わることのない法則 のようだった。


だが——


なぜ、私はこれほどまでに「恋の物語」ばかりを書いているのだろう?


その疑問が、彼女の胸に霧のように立ち込めていた。


恋を知らぬはずの彼女が、なぜ 「失われることの美しさ」 にここまで惹かれるのか。

なぜ、彼女の綴る物語の登場人物は、皆 「忘却」 を宿命づけられているのか。


答えは、どこにもなかった。


彼女が紡ぐ物語の中には、彼女自身の姿はなかったのだから。

蝋燭の火が揺れ、微かな足音が書庫の奥から聞こえた。


誰かがこの場所に足を踏み入れた。


この書庫には、彼女しかいないはずだった。

ゆっくりと顔を上げる。


薄闇の向こうから、一人の旅人が現れる。


漆黒の外套を羽織り、月の光を映したような瞳を持つ男。

どこから来たのかも、なぜここに現れたのかも分からない。

けれど、彼は静かに微笑んで、まるで昔から知っていたかのように言った。


「君が書いてきた物語、それはすべて『君が忘れたもの』ではないのか?」


その言葉が、書庫の中に響く。


アメリアの指が震え、ペンの先からインクが零れ落ちた。

ゆっくりと、彼女の視界の端で、世界がわずかに色を取り戻す。


それは、モノクロの夢の中に差し込む一筋の光。

それは、閉ざされた物語の頁が開かれる瞬間。


「君は、この物語を紡いでいたんじゃない。君は——この物語の中にいたんだ」


旅人の言葉とともに、書庫の中の空気が変わる。


アメリアは気づく。

これは「終焉の書庫」の話ではない。

これは「物語のはじまり」の話なのだと。


ペンを置く。

立ち上がる。


そして、旅人とともに「物語の記憶」を巡る旅が始まる——。


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