6話 陽炎の舞(前編)
踊りが始まる。
足音が静かに夜の大地を刻む。
月光に照らされた影が絡み合い、解け、また交わる。
——まるで、剣を交えるようなステップ。
エドワルドは、彼女の手を取ったまま動いた。
リュシアの体温が指先を通じて伝わってくる。
軽やかに踏み出す足。
舞い上がる紅のヴェール。
まるで、風が火を煽るように、二人のダンスは加速する。
王は彼女を引き寄せる。
その瞬間、リュシアは王の腕をすり抜けるように回転し、ひらりと距離を取る。
——挑発だ。
「……これはお前がリードするはずのダンスだったのでは?」
リュシアが、くすくすと笑う。
「ふふ、王様のダンス、少しも強引じゃないのね?」
王は薄く笑う。
「今夜は、お前を壊さないようにしているだけだ」
その言葉に、彼女はわずかに目を細める。
「まあ、それは光栄だわ」
彼女は、軽やかにステップを踏み、王へと近づいた。紅の衣が舞い、金の鈴がかすかに音を鳴らす。
——そして、次の瞬間、王の腕の中に飛び込んだ。
彼の胸に、リュシアの指先が触れる。
王は瞬時に彼女を抱き寄せる。
近い。
今までで、一番。
王は、彼女の瞳をじっと見つめる。
リュシアは、何も言わない。
ただ、すぐに体を翻し、彼の腕を抜けた。
「……リードが甘いわね?」
「ふん」
王は微かに笑い、再びステップを踏む。
リュシアの腰に手を添え、体を回転させる。
彼女は、流れるような動きでそれに従う。
——だが、それは従順さとは違う。
彼女は、王のリードを受け入れながらも、自分のペースを崩さない。
まるで、二匹の獣が、互いに間合いを測るように。
彼の腕の中で踊るのではない。
彼の腕の中にいながらも、彼女は自由だった。
——そのことが、王を苛立たせると同時に、さらに熱くさせた。
エドワルドは、力を込めて彼女の腰を引き寄せる。
リュシアの足が、彼の動きに完全に合わせられる。
「……これでどうだ?」
「ふふ、まあまあね」
彼女は、挑発的に笑う。
ダンスは加速する。
影が交差し、足音が大地を刻む。
互いの体温が交じり合うほどの距離。
そして、互いに主導権を奪い合うかのような駆け引き。
——これは、ただのダンスではない。
征服でもなく、服従でもない。
対等な者同士の戦い。
風が吹く。
熱が揺れる。
王と踊り子のダンスは、さらに激しさを増していく。
——そして、ついに最高潮へ。
彼の手が、彼女の肩を掴む。
リュシアの踊りが、わずかに乱れる。
「……私を捕まえたつもり?」
王は微笑む。
「どうかな?」
風が止まる。
世界が静寂に包まれる。
次の瞬間——
彼女は、王の腕をすり抜け、まるで炎が跳ねるように跳んだ。
——ダンスは、まだ終わらない。