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4話 陽炎のように消える女、焦る王

夜の熱気は、まるで逃げ場のない檻のように王を囲っていた。


それでも、彼は逃げようとは思わなかった。

むしろ、その熱の中心へと歩みを進めていた。


彼女は、そこにいる。

月の下、紅い衣をまとい、風のように舞い踊る。


何度見ても、何度向き合っても、彼女は変わらない。そして、何度手を伸ばしても、彼女は手に入らない。


だが、今夜は違う。

今度こそ——捕まえる。


エドワルドは、ゆっくりと彼女へ歩み寄る。


リュシアは彼の気配を感じながらも、すぐに視線を向けはしなかった。

まるで、それすらも踊りの一部のように、軽やかに流れる動きの中で彼を受け入れていた。


——彼女は、まるで逃げる気がないように見えた。


しかし、それが幻であることは王自身がよく知っている。彼女は、目の前にいるようで、決して捕まらない。


掴めば消え、近づけば遠のく。


それでも、王はもう追うだけの存在ではない。


「……俺は、お前を捕まえに来たわけじゃない」


エドワルドが低く言う。

リュシアは舞いながら、ちらりと彼を見上げた。


「……まあ、ずいぶんと変わった言葉ね」


王は薄く笑う。


「お前が俺を踊らせるなら——俺もお前を踊らせる」


リュシアの足が、一瞬止まる。


それはほんの刹那の出来事だった。

しかし、王は見逃さなかった。


「……ふふ、いいわ。」


彼女は静かに微笑み、足を踏み鳴らした。


踊りが始まる。


王は、リュシアの手を取ろうとした。

しかし、その瞬間——彼女の身体がかすかに揺らめいた。


——まるで、消えてしまうかのように。


エドワルドの指先が、ほんの少し、空を掴む。

リュシアは微笑む。


「……惜しいわね」


「……貴様……」


王は、目を細めた。


——また、消えるのか?


「陛下」


彼女は、月明かりの中で微笑んだ。


「夜が更けましたわ」


そして、その瞬間。


彼女の姿が、夜の闇に溶け込むようにかすかに消えていく。


エドワルドの手は、またも何も掴めなかった。


風が吹く。

リュシアの影が淡く揺らぎ、彼の目の前で消える。


——王の胸には、かつてない焦燥が広がっていた。


またしても、何も残らなかった。

彼は、拳を強く握る。


「……また、か。」


次こそは、消させはしない。


エドワルドは、月を見上げ、低く呟いた。


「……明日も来る」


風が吹き、夜が静かに更けていった。


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