3話 追い求める王、翻弄する踊り子
風が吹くたび、紅の衣が揺れた。
月の光を受け、砂に混じった熱が揺らめく。
桜の森の跡には静寂が広がり、ただ 彼女の舞だけがそこにあった。
エドワルドは、その姿をじっと見つめていた。
まるで、何かを探るように。
それとも、何かを確かめるように。
昨日も彼はここにいた。
だが、手を伸ばせば、彼女は陽炎のように消えた。
今夜も、彼女は変わらず舞い続けている。
しかし、エドワルドの中には、昨日とは異なる感情の焦燥があった。
「……お前は、何のために踊る?」
彼の問いに、リュシアは微笑みながら足を踏み鳴らした。
「あなたは、何のために征服するの?」
「……」
「それがあなたの生き方なら、これは私の生き方よ」
彼女の踊りは止まらない。
まるで、それが彼女そのものであるかのように。
エドワルドは、彼女の紅い衣が月光を反射して輝くのを見つめた。
夜風に揺れる黒髪。
細い指が舞い、足が砂をかすめるたびに、光と影が踊るように交錯する。
「俺のものにならないのか?」
唐突な問いに、リュシアはくすりと笑った。
「……王様はずいぶんと欲張りね」
彼女は回転し、ふわりと距離を取る。
紅いヴェールが宙を舞い、王の指先をかすめた。
エドワルドは、その布を掴もうとした。
だが、その瞬間、彼女の指が軽やかに王の手をはたき、さらりとすり抜ける。
——まただ。
王は、再び 彼女を捕らえ損ねた。
リュシアは挑発するように微笑む。
「私は陽炎よ。捕まえようとすれば、指の間をすり抜けるわ」
エドワルドは唇を噛む。
「……お前は、ただ踊るだけの存在なのか?」
「ええ、そうよ」
「それだけか?」
リュシアは、一瞬だけ笑みを消した。
だが、次の瞬間、再び微笑む。
「……あなたには、それ以上の理由が必要?」
彼女の踊りが、一層激しくなる。
まるで、王の言葉を振り払うように。
エドワルドは、彼女の瞳の奥にある何かを見ようとした。しかし、彼女は目を合わせようとせず、踊り続ける。
——本当に、それだけなのか?
エドワルドは静かに息を吐き、足を踏み出した。
彼女との距離を詰める。
「ならば、試してみよう」
リュシアは、ほんのわずかに目を見開いた。
王が今までと違う雰囲気を纏っていることに気づいたからだ。
「……私を捕まえにきたの?」
「いや」
エドワルドは静かに微笑む。
「俺が、お前を踊らせる」
リュシアの瞳が、一瞬揺れる。
だが、それも束の間。
彼女はくるりと踊りながら、王のすぐそばへと近づいた。
「……ふふ、それは面白そうね」
風が吹く。
熱が揺れる。
だが、この夜はまだ終わらない。