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7話 朝露に濡れる森

朝が来た。


夜の冷たさをまだ微かに残しながら、柔らかな光が桜の森を包み込んでいた。

空は淡い橙色に染まり、風が吹くたびに、桜の花びらが静かに揺れた。


ヨハンは森の奥に立っていた。


目を覚ますと、そこにいた。

なぜここにいるのか、理由は思い出せなかった。


ただ、何かを探しているような気がした。

何か、大切なものを。


風が吹く。

桜の花が舞う。


ヨハンは、森の奥にある一本の桜の木を見上げた。

他の木と変わらない、薄桃色の花を咲かせた桜。


その根元に、彼は手を伸ばす。


指先が、草をかき分ける。

朝露がひんやりと肌を濡らす。


——そこに、何かがあった気がする。


けれど、何を探していたのか分からない。


「……」


ヨハンは、胸の奥に奇妙な感覚を覚えた。


何かを忘れている。

何かを失っている。


それは、取り戻せないものなのか?


思い出そうとするたびに、指の隙間からこぼれ落ちる。夢を見たような、そんな気がした。


けれど、それがどんな夢だったのか——思い出せない。


風が吹く。

桜の花びらが舞い、彼の頬を掠める。


その瞬間、彼はふと、指先を見つめた。


一枚の桜の花びらが、そこに乗っていた。


「……」


ヨハンは、それをそっと掬い上げる。

指の間に挟み、目を細めて眺める。


なぜだろう。


この花びらを、ずっと見ていたい気がする。

この花びらが、何かを思い出させる気がする。


けれど、何を思い出せばいいのか分からない。


花びらが風に乗る。

ヨハンの指を離れ、ゆっくりと空へと舞い上がる。


彼は、花びらが飛んでいくのを黙って見つめた。

胸の奥が、静かに痛んだ。


何かが、そこにある気がした。

何かを、失った気がした。


けれど、それが何なのか——やはり、思い出せなかった。


「……何を、探しているんだろうな」


ヨハンは呟いた。


誰に向けた言葉でもなかった。

ただ、風に紛れて消えていく。

彼は、桜の森を後にした。


もう何もない場所。

——そんな気がした。

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