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恋を知らぬ魔女は、物語を紡ぐ  作者: かに玉
始まりの物語
1/37

プロローグ

世界の終わりには、書庫がある。


風も光も届かないその場所に、積み重なった本が無数に並んでいる。

棚はどこまでも続き、古びた紙の匂いが満ちている。


ここは、すべての物語が眠る場所。

生まれ、語られ、忘れられた数えきれない物語たちが、ただ静かに横たわっている。


——けれど、それらの物語のほとんどは、色を持たない。


かつて春に咲いたはずの桜は白く、

夏の炎は灰色にくすみ、

秋の黄昏は影となり、

冬の雪は、ただの静寂になった。


すべての色を失った物語たちは、モノクロの世界に取り込まれ、誰の目にも触れないまま、ただそこにある。


この場所には、一人の魔女がいる。

彼女の名は、アメリア 。

彼女は、「紡ぎ手」として、この書庫で物語を書き続けている。


——けれど、彼女は、時折ふと思うことがある。


「なぜ私は、こんなにも『恋』の物語を書いているのだろう?」


彼女の筆先から生まれるのは、決まって同じような話だ。


——冬、氷の庭園で、最後の雪の花を手向けて消えた二人の話。

——春、桜の森で出会い、ひとひらの花とともに別れた二人の話。

——夏、桜の森の跡で、陽炎のように揺れる踊り子と踊った二人の話。

——秋、湖に映る月の影となって、静かに遠ざかる恋の話。


彼女は、何度も何度も、それらの物語を記している。

それなのに、物語を紡ぎ終えた瞬間、いつも何かを忘れてしまう。


まるで、物語の先にある「本当の結末」を書いてはいけないとでもいうように——。


その日、彼女の前に「旅人」が現れた。


彼は、どこか懐かしい顔をしていた。

けれど、彼女は彼を知らない。


——知らないはずなのに、なぜか彼の瞳の色だけが鮮明だった。


「君が書いてきた物語、それはすべて『君が忘れたもの』ではないのか?」


彼の言葉とともに、魔女の世界がわずかに揺らぐ。

モノクロだったはずの書庫の空間が、どこか霞んで見える。


書庫の床に、一片の桜の花びらが舞い落ちた。

それは、かすかに淡い色を帯びているような気がした。


「……あなたは、誰?」


彼女の問いに、旅人は微笑む。


「君がずっと探していた人だよ」


彼がそう言った瞬間、書庫の空間が揺れる。

無数の本が静かに震え、ページがめくれる音が響く。


魔女の足元に、白い雪の欠片が舞い落ちた。

それは、どこか冷たく、儚く光を宿している。


「……これは?」


魔女が手を伸ばすと、指先がかすかに冷たい。

気づけば、書庫の棚の隙間から、淡く白い霧が広がっていた。


——春の記憶。

——夏の残響。

——秋の影。

——冬の終焉。


彼女が紡いできた物語は、いつも「喪失」で終わっていた。

けれど、その先には何があったのか。


旅人は優しく告げる。


「さあ、最初の物語を見に行こう」


彼の言葉とともに、世界が静かに溶けていく。

色のない書庫は、いつの間にか白銀の庭園へと姿を変えていた。


——こうして、彼女の「失われた物語」を巡る旅が始まる。

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