第7話
そんな折、村のど真ん中にある空き物件が売りに出ている事を知った。その物件は僕が常々「立地も雰囲気も良いしもったいない。誰かあそこで何かやれば、やり方次第で流行りそうなんだけど」と言っていた物件だった。それに加えて自分が勤めている会社がもう何年も赤字続きであると知った。それですっかり弁えなく使命感みたいなものを持ってしまった。いや、ただ単に、理想に逃げ込みたかったのかもしれない。
僕は村に育児世帯を呼び込み、また人口の流失を防ぐ為に魅力的な事業を興そうと、宿泊施設の運営を差し当たりの目標にした事業を構想した。その手始めにあの物件での飲食事業はうってつけと考え、物件の購入を検討した。その頃には子供は3人、妻の腹には4人目が入っていた。整理して以来借金は無かった。けれど、貯金も無かった。しかし幾ばくかの退職金は出る。それを物件購入費用に充て、あとは金をかけずに小さく小さく転がして行こう。質が良いものさえ出して行けばきっとうまく行く。
周囲には反対された。妻も反対した。しかし僕は今しか無いと思った。子供たちに金が掛からないうちになんとか軌道に乗せるつもりだった。4人目の出産を控え、妻は顔面麻痺を起こした。あの時の顔の歪みは、見た目に治った今でも変わらない。彼女は今だにあの醜い顔で、僕を見ている。その事を言うと彼女は怒るけれど、外傷でない限り人の外見が歪むのは内面の表出だと思っている。これを記す今の僕は醜い。しかしこの頃の僕は、とても美しかった。皮肉にも妻の、いや、元妻のSNSに残されていた、まだ幼い末娘を膝に乗せて写った一枚の画像がその事実を僕に教えた。
反対する妻を説伏せ切れないままに物件を購入し会社を辞めて友人の手を借りて開店準備を進めながら、妻と繁盛店の視察がてらにあちこち食事に出掛けたり、リサイクルショップを廻ってあれこれ買い揃えた。結果論で言えば妻はこの頃から、いや、結婚してから純粋に僕との何かを楽しんだ事は無いのだと思う。けれど、この頃から店を初めてほんの少しの間は本当に楽しかった。
僕は気付いて無かった。既に世間の白眼視は始まっていた事。彼らの瞳はもし成功すれば、その瞬間オセロみたいに白から黒に容易くひっくり返える事。それは特別だと思っていた妻でさえ、例外とはならない事に。