第6話
ともあれ僕らは妻の実家を出て人口500人程の山間過疎地に移住する事になった。まだ自然を残した環境、コンビニ等の利便からの隔離、少人数の教育。それらの魅力に加え、妻の実家との程よい距離、暮らしやすさ、街までのアクセスなどを考えてこの地を選んだ。幼子ふたり連れた育児世帯の移住は歓迎されたが、移住相談の担当者は僕の履歴書を見ながら「あちこち転居されてるんですね。せっかく来てくれても出て行っちゃう方が多くて…」と心配を口にした。もともといくつか候補を挙げた中でもこの村をいちばんに希望していたし、何よりここに家族で一泊旅行に来た事が移住を考えるきっかけとなっていた。せっかく妻に報いる為に入った妻の実家から出て暮らす場所が、そんな理想的な場所なのだから、僕らの家族の始まりの地に、また僕ら夫婦の終の棲家にしようとかたく決意を固めた。
移住してしばらくは妻は育児に専念し、僕は役場に紹介してもらった村内の職場で働いた。生活に不便を感じる事なく、ゆったりと暮らせていた様に思う。しかし2人の幼子を抱え、頼る母親を失った妻は軽い育児ノイローゼの様になってしまった。貧乏な家庭に育った僕と違って、彼女はなんでもしてやりたがり、「過保護さはその子の能力を奪い成長を阻害する」などと持論を振りかざしてまったくあてにならない僕に苛立った。それでも2~3年の間は僕の仕事の休みにはみんなで出掛けて、年に数回は旅行に行ったり楽しみで相殺出来ていたと思う。しかし僕はそのささやかな幸せに欲を出し、張り切り過ぎてしまった。年々減って行く人口、隣村に統合されてしまった中学校。育児世帯を増やさなければ村が消えてしまう。そんな危機感に、職場のサービス内容やスタッフのモチベーションに不満を抱える様になっていた。僕は自分が見本になろうと頑張って動いたつもりだったが、周囲からは白眼視されるだけで、時に直接「そんな事お前がやったらみんなやらなきゃならなくなるからやめてくれ」とか「出来ると思われたらかなわんでやらんで」などと咎められた。僕はそんな日々の鬱憤に、晩酌しながら妻に愚痴る様になって行った。