第4話
そんなに美人じゃないけど、とっても可愛く笑ってみせる。
いや、僕にはもったいないくらいに美人だったし、今も。
そんなに賢くないけど、色んな事がわかってる。
いや、僕には不釣り合いに賢かったし、今だって。そんな妻。今にして思えば彼女との日々、4人の子供たちとの家族は僕には出来すぎた良い夢だったのだろう。曲がりなりにもそれが傍らにあった間、悪夢なんて一度も見なかった。
音楽を志し夢破れ敗走しての帰郷。ちょうどその頃一度目の結婚に失望していた彼女と知り合った。運命の悪戯。二人はすぐに惹かれ合った。
借金まみれの僕。ロックバンドに執心して仕事は食い繋ぐ為の手段、しかし十年やっても単なるアマチュアバンド。それすらひとつ若さを失う毎に活動が鈍り、ついには誰も、何も残らなかった。女たちともロクな事にはならない。世間の白眼視には慣れていたし、気にしてないつもりだった。まだほんの少しの若さがまるで線香花火みたいにちりちりと燻っていた。
けれども正直キツかった。虚勢を張ってもいよいよ受け入れるしかない現実に打ちのめされ、無力感の中、何一つ良くなる兆しの無い毎日。やたらと寂しくて、出会い系の様なもので出会った女にすら見定められて余計に沈んだ。
画像のやり取り、電話。膨らんだ相手の期待は、会って話すうちにどんどん萎んで遂には不快感へと転換を遂げた。可愛い女だった。ロックが好きだった。僕の顔を、声を好きと言っていた。それなのに、その真っ黒い黒目がちなきれいな瞳が、みるみる白くなって行った。ああ今の僕に関わりたい人など居ない。もう死んでしまっても良い気がした。しかしまだ30。漠然とした先への期待や微かな自信の様なものも、あの頃はまだあった様に思う。
そんな頃に出会った彼女は、その少し茶色っぽい黒目をくるくるさせて僕を見つめた。身動き取れない僕のもとに来て、貯金を使って部屋を借りて働いてくれた。僕はこのひとだけは、幸せにしなきゃいけない、と、強く思った。