第98話 巻き添え
しばらくもしないうちに、とびすけは浜に沿って北方向に飛び去った空から戻ってきました。バタバタと桃太郎たちの所に着地すると、
(ここから見えるあの山を二つ三つ越えた所に別の浜がある。そこは人の棲家もなさそうな、がらんとした砂浜だ。見たところ、人っ子ひとり見当たらなかった。そこらあたりなら、埋めてしまうにはいい場所だろう)
とびすけが口ばしを向けて示す山々は、山というより小高い丘とでも言えそうな、すぐにも越えられそうな山々でした。
(よし、出発しようか。この惨状を京へ伝えにゃならんしな)
桃太郎は皆に伝えました。ふうたが遠慮がちに言いました。
「あのう・・・口で喋ってもらえますかね? もう、通訳せんでもしろにもとびすけにも伝わるんで」
生き残った老婆が一人、戻ってきた桃太郎のことを血まみれのままわずかに身を起こして見つめていました。ああ、逃げ切れたんじゃな・・・と。しかし、何で戻ってきたのか。様子を見に来てくれたのか・・・?
とりあえず、本当に京へ行ってくれることを願いながら、息子たちが漁から戻ってくるのをひたすら待ちました。自分しか事の顛末を伝えられるのはいなさそうなのですから。それまで命を保っていなければなりません。桃太郎にそれを頼むわけにもいかないのです。見た者が、見た通りに伝えないと・・・
老婆はぐったりと頭を落としました。早く戻ってこい・・・と祈りながら。
桃太郎たちは白浜と村に別れを告げ、またとびすけを先頭に山を越えていきました。
大した山並みではありませんでした。二刻ほどもしないうちにとびすけの言う浜にたどり着いていました。白浜よりも細長く続いている浜です。本当に人けがなく、松林が思うがままに連なり、砂浜の幅を狭めています。
そしてここにも同じように立ち上がった岩壁がありました。それは岩山と呼べそうなもので、三角の形をしており、そのてっぺんで暴れられそうな場所があるようには見えません。
しろがその岩山の方に走っていきました。そして、その周辺をクンクンと嗅ぎながらウロウロしたあと、一つの場所を前足で掘り始めました。岩の根もとの砂地です。みんなそこへ走って行きました。
(ここ掘れ)「ワンワン」 しろは顔を上げて桃太郎たちに向かって吠えました。
こういうことは犬より人の方が器用なので、桃太郎がしろに代わってそこを掘り始めます。ここに埋めるなら箱が入るくらい深く大きく掘らねばなりません。桃太郎は適当な石ころを見つけ出して掘り進めました。
「?」
掘っていると、そこから色のついた珍しげな石ころだの貝殻だの器のかけらのようなものだの、ガラクタのようなものがかたまって次々出てきました。
「なんじゃこりゃあ」 桃太郎はそれらを放り出しながら、どんどん掘っていきました。ふうたととびすけもそばで見守っています。
ようやく箱を入れるのにいい感じの穴が掘り上がりました。
ふうたが大事そうに抱えていた玉手箱を桃太郎に渡します。桃太郎は箱を受け取ると、穴の中にしっかりと納めました。ついでに掘り出した訳のわからないガラクタも隙間に入れ込むと砂を戻し、余った砂は山にならないようにまわりに均しました。
桃太郎は立ち上がりました。
「これで何とか元通りじゃろ」 掘ったあたりを見ながら言います。
「では、旅に戻りますかね。だいぶ寄り道しちまいました」 ふうたがしれっと言います。
桃太郎は歩き出しました。
「ところで、何でオレ、海に落ちるようなことになったんじゃ? よーわからんのじゃが」 砂浜を歩きながら思い出したように言います。ふうたに突き飛ばされたことは、ふうたにはもう隠し立てできなくなっています。もっとも、突き飛ばさなかったら桃太郎はここにはいないでしょう。
「・・・当たりどころが悪かったんでしょうな」
ふうたはそう応えました。お互い、バレバレで何でこんなこと喋るんだろう? と思いながら。
桃太郎は『もも』だった頃、洗濯場の祠にガラクタを入れていたことなどすっかり忘れていました。
桃太郎の一行が松林の中へと入って行ってしばらくすると、反対の方角からまだ小さな男の子たちが四、五人、ワーワー言いながら砂浜にやってきました。
それぞれ手に何やら持っています。
「どこに隠したんじゃ?」
「あの岩の根っこんとこじゃて」
そんなことを言いながら、岩山まで走って行きます。
「ここじゃここじゃ」
言いながら、しゃがみ込んで手に持っているものをそこらに置くと、砂を掘り始めました。
「あた!?」 すぐに誰かが声を上げました。
「何じゃこれ?」
「なんか変なもんがあるぞ」
「こんなもん埋めたか?」
ワイワイ言いながら四角い箱を取り出します。
「何じゃこれ?」 皆口々に言いました。
「誰が埋めたんじゃこんなもん。オレらの宝もんの隠し場所に」
一人がそれを面倒くさそうに後ろの方に投げ出しました。その箱は子供たちから逃げるようにコロコロと転がって行きました。
「よかった、あるある!」 穴の中にすでにあるものを見て一人が安心したように言いました。みんな顔を見合わせます。
「ここが誰かにバレたんか?」
「場所、変えるか?」
「そうじゃな」
子供たちは中のものを全部取り出して穴を埋めると、少しだけ離れた、同じように岩の根元に新しい穴を掘り始めました。十分な穴が出来上がると、
「よし、これも全部埋めようぜ」
子供たちは持ってきたものも全部そこに入れ込み、砂で埋めました。そして元の場所とも合わせて、怪しまれないように自然な形に砂を均しました。
羅仙は波打ち際から離れた浅瀬で、砂浜の様子を伺っていました。桃太郎たちが玉手箱でどうなったか気になったのです。それに、乙姫たちと顔を合わせればどうだったとか聞かれないとも限りません。
羅仙は海に戻ったふりをして一行の後を追い、隣の砂浜にいるのを見つけました。羅仙が見つからないようにその浜にゆっくりと辿り着いたとき、ちょうど子供たちが玉手箱を放り出したところでした。桃太郎たちの姿は見えません。
(何だ? 置いていったのか?)
ここから探るに、箱は開けられてはいないようです。しかしこれではまるで関係ない人らにさわられてしまいそうな・・・
(開けるなよ。天然の『人』にはどんな結果を招くかわかったもんじゃないんだからな)
玉手箱には桃太郎を昇天させて地上の生活から引き剥がす物質が仕込まれているのです。それほど乙姫たちの地上へのやっかみは物凄いのです。
羅仙は焦り始めました。こうなったからには安全のためにも取り返さなければなりません。
・・・はて? 亀の自分がどうやって・・・?
それでも思わずどんどん砂浜へと上がって行きます。
大きな海亀が一匹、子供たちの方に向かってきます。誰かがそれに気がつきました。
「あー! でっかい亀が来よるぞ!」
「ほんまじゃ!」
ちょうど宝隠しが片づいた子供たちは一斉に亀の方に走って行きました。新しいおもちゃを見つけたかのようです。海亀など見慣れたものですが、こんなにでっかいのは初めてでした。寄ってたかってそこらに落ちている棒切れで叩いて甲羅の頑丈さを試したり、上に乗っかったりします。
(うわ! 何をする! やめてくれ!)
羅仙はびっくりして頭も手足も引っ込めました。天然の人の子というのはこんなにも乱暴なのか?
「引っ込めよった!」
子供たちは余計に喜んで今度はみんなで甲羅だけになった亀の端っこを持ち上げると「せえのお!」で裏向けにひっくり返してしまいました。
(驚天動地!)
「こらー! 何しとるか!」
突然、大きな怒鳴り声がしました。子供たちは大笑いしようと構えていた顔を一瞬に引き攣らせ、釣りの道具やびくを携えて腰蓑をつけた漁師風の若者が砂浜を走ってくるのを見てとると、四方八方散り散りになって逃げて行きました。変な箱のことなどすっかり忘れ去っていました。
若者は散っていく子供たちの方にいくらか走りましたが、じきに諦めて悲惨なことになっている亀のそばに戻ってきました。
「かわいそうにのう、無茶しよるのう」
若者は言うと、道具を置いて甲羅の下に手を差し込み、起こし始めました。救助者が現れたと思った羅仙は、頭と両手足を出し、バタバタしながら頭を砂につっかえて自分でも起き直ろうとします。
「よっしゃあ! がんばれ!」
若者が何を言っているのかはわかりませんが、助けを受けて、地上に出て重くなった体を、どうやらこうやら、ドサリ! と元に返しました。
(ふわあ〜〜、ありがとうな) 羅仙は若者を見上げて言いました。通じるはずもないのはわかっていますが。
「気ぃつけて帰れよ。この辺は人があんまり来んだけに悪ガキの溜まり場じゃで、あんまり出て来ん方がええ」
そう言いながら若者は道具を持つと、歩き始めました。
「ん?」
若者は少し先に転がっている箱に気がつきました。見慣れないものです。そこへと近づいて行きます。
(・・・・) 羅仙は、まずい! と思いました。
「何だ、これは。珍しげなもんが落ちとるぞ」
若者はそこに膝をつくと、箱を拾い上げました。くるくるとあちこち見回した後、案の定、砂の上に置いて、十字に掛けられた紐を解き始めました。
(あ・・・あ・・・開けるな! 開けるな!) 羅仙は今までにないほど焦りました。手足をバタバタさせながら若者の方へ行こうとします。
が、間に合いませんでした。間に合っても説得することなどできないのです。
若者は両手で蓋を取り上げていました。
中から白い煙がもうもうと立ち昇っています。上から箱の中を覗き込むようにしていた若者は、まともに煙をかぶっていました。
若者はしばらくその格好のまま動きませんでした。
羅仙はヒヤヒヤしながら見つめています。
やがて、べたり、と若者は砂の上に座り込みました。
煙が薄くなり、消えると、箱の中には何もありません。
それを見やることもなく、若者は呆然と前を見たままです。
そこにいるのは白髪の老人でした。若者は一瞬にして何十年も歳をとってしまったのです。
(ああ・・・天然はこうなるのか)
羅仙は妙な納得の仕方をしました。早めに箱が開けられることになって良かったのかもしれません。この人には悪いのですが・・・。
元はと言えば、桃太郎がほったらかして行ったのが一番悪いのだ・・・
羅仙はそう思いました。
元若者はふっと気がついたようになると、皺だらけに肉の落ちた自分の手足を見、頬をさわってガタガタ震え出しました。
「わあー!」 しわがれた声を上げ、天を仰いで泣き出しました。全く何が起こったのかわかりません。
羅仙にはどうすることもできませんでした。これを治す物質など連中は持たないのです。
(すまないな・・・) 羅仙はつぶやきましたが、何でオレが謝らねばならん? とも思いました。結局、
(おら、知らね)
羅仙はそう決めると、方向を変えて、亀なりにそそくさと海へ帰って行きました。
その青年が何という名なのか、その後どうなったのか、現場を誰一人として目撃した者もいないのですから、桃太郎たちも決して知ることはないのです───。




